第2話・BGMと不協和音
本日更新2話目です。
1度スマホを耳から離し、スピーカーに切り替えてキッチンに向かう。
適当な場所に置いてグラスを手に取り、水を入れながら口を開いた。
「それで祭莉、こんな朝早くに何?」
「えーとね、今日って体育あったっけ?」
グラスを滑り落としそうになる。
しっかりと掴み直して、祭莉に再び問いかける。
「……だけ?」
「うん、それが聞きたくて」
肺に溜まった空気を、長々と吐き出す。
そんな事のためにわざわざ電話を掛けるなんて。
この女はメールという概念を知らないのか。
「ないない、今日は体育無いから。私、ご飯食べてるからもう切るね」
「無いんだね、ありがとう! じゃあまた、学校でね!」
ツーツーと電話の切れた音がキッチンに響く。
水がいっぱいに入ったグラスをテーブルまで運び、スマホをソファに放り投げる。
椅子に座りながらテレビに視線をやれば、今日1日の星座占いのコーナーが流れていた。
『今日の12位はごめんなさい、蠍座のあなた。周囲から厄介ごとに巻き込まれるかも。普段とは違う行動を取ると、運気が上がりそうです。ラッキーアイテムは――』
(私、蠍座なんだけど……)
水が半分ほどのコップを、テーブルに勢いよく置く。
反動で揺れた水面から滴が飛んで、自分の右手を湿らせた。
なんとも不吉なものだ。
左手でパッと水を払い、朝食の続きを食べ進める。
味噌汁は冷めてしまっており、気が付けば米の1粒1粒も固い。
乙女は小さくため息を吐きながらも、黙々と箸を動かした。
これ以上、不安を積らせることがないように。
半年も経てば、新品だった靴も履き心地が良くなっていく。
毎日毎日鏡に映る、自分の制服姿にも見慣れたものだ。
補強されたコンクリートの道路を歩いて行くと、視界の端に人間たちがちらつく。
制服のデザインが似ているので、同じ学校の生徒だろう。
「え、お前昨日の動画見た? アダミス・スターの最新戦闘記録」
「当たり前だろ。やっぱりカッコいいよなぁ……能力【無敵】とか、文字通り敵無しだわ!」
「ねぇねぇ天音ちゃん、姫ちゃんと騎士様の配信どうだった? やっぱりあの2人、最高だよね! 強くて可愛くて、ほんと推せるっていうか」
「う、うん。もちろん見たよ! あの2人はとっても強くて、憧れちゃうよね」
誰も彼もが、魔法少女の話をしている。
まるで違う世界の存在のように、傍観者として話をしている。
(私なんて、いつまでも被害者から抜け出せないのに……)
勝手な感情なのは知っているが、もう消えたはずの傷跡が痛む気がしてくる。
カバンの持ち手を握りしめ、足早に学校への道のりを進んでいく。
速度を落とさずに数分も歩けば、すぐに正門が見えてきた。
そんなときだった。
「おっはよう乙女ちゃん! さっきはありがとね!」
軽快な声と一緒に、背中をぱんっと叩かれる。
振り返るとそこにいたのは、茶色い髪をボブカットにしている友人、遊善 祭莉の姿だった。
「はいはい、どういたしまして。おはよ、祭莉」
乙女が適当に挨拶を返すと、祭莉は嬉しそうな表情で首を縦に振る。
そのまま前に出て乙女の横に並ぶと、尋ねるような口調で口を開いた。
「そういえば知ってる? つい昨日、新人が増えたんだよ。今度はなんと、【太陽】の魔法少女!」
「私、別に興味ないって。だから知ってるわけないでしょ」
「太陽だって太陽、もう能力名が最強だよね! しかもしかも、どっかの華族のご令嬢らしいよ? そんなのもう主人公じゃん!」
ワーワーキャキャーと1人で騒ぐ祭莉を置いて、スタスタと校舎内へと入って行く。
興味がないと言っているのに、いつも魔法少女の話をしてくる。
それに魔法少女が主人公だなんて、この世界ならダークファンタジーだ。
しょうもないことを考えながら、乙女は早々と階段を登っていった。
終業のチャイムが鳴り響くと同時に、乙女はカバンを手に取り立ち上がった。
離れた席に座る祭莉がそのことに気付き、近寄って話掛けてくる。
「あれ乙女ちゃん、もう帰るの? 今日は早いね」
「うん、今日はスーパーで割引セールやってるから。早めに買い行かないと」
買いたいものがすぐに無くなっちゃうでしょ。
そう言葉を続けようとしたのも束の間、
「確かに! それじゃあまた明日ね!」
と言って祭莉は席から離れていった。
あまりにも忙しい女だ。
普段はうざったいのに、こういう時は素直に引いて行く。
彼女のことを嫌いになれない理由だ。
教室の出入り口まで素早く歩き、目立たぬように扉をゆっくりと開ける。
そのまま抜けてから静かに扉を閉めて、1度背伸びをしてから玄関へと向かった。
歩きながらスマホを取り出し、電源を付ける。
現在時刻は4時16分なので、割引セールの開始までは余裕がある。
(わざわざ疲れるのもあれだし、ゆっくり歩いてこ)
歩く速度を少し落として、乙女はカバンを軽く漁る。
中からワイヤレスイヤホンを取り出すと、両耳に着けてからスマホを操作し出した。
数秒もすれば、ピアノの主旋律と多種多様の楽器の演奏が聞こえ始める。
流しているのは動画サイトに投稿された、ファンタジーチックな作業用BGM。
いくつもあるBGMの中でも、乙女が気に入っているものだ。
小さく鼻歌を口ずさみながら、帰り道をゆっくりと進んでいく。
気が付けば、帰り道の途中にある大きな公園の前まで差し掛かった。
そんな時、何かが砕けたような衝撃音が、イヤホン越しに耳を貫いた。
意識が音楽から浮上して、乙女は視線を公園へと向ける。
腰まで伸びた黄金の髪。
白を基調とする大人びたワンピース。
その手に握られているのは、光り輝く細長い剣。
何度か画面越しに見たことのある魔法少女だった。
彼女の視線の先には、液体を無理やり人型にしたような、真っ黒い魔物の姿が見える。
(こんなとこで魔物が……!? 案外、占いも当たるみたい……だね)
予想外の出来事に目を丸くしながら、そんなことをふと考える。
乙女は1度状況を把握しようと、ひとまず周囲を見渡した。
怯える者とそれを宥める者、スマホを魔法少女に向ける者に、叫び声を上げる者。
何人もの野次馬が、彼女へと視線を集中させていた。
死ぬ可能性があるのに、怖くないのだろうか。
そんな疑問をふと抱きながら、外しかけたイヤホンを付け直す。
もう1度視線を魔法少女に向けてから、心の中で義務的に勝利を願い、再び歩き始めた。
「でも、これだけで良かった。ほんとに」
流れるBGMに日常を覚えながら、安堵の溜め息を吐く。
その瞬間、眼前を黒い影が通り過ぎたように感じた。




