第1話・ありふれた食卓
連載開始記念、本日2話更新です。
住宅街の片隅、制服を身にまとった1人の少女が、綺麗な映像として映っている。
水色の長髪を風になびかせ、コンクリートの上を優雅に歩く。
そんな時だった。
雑音が少女のポケットから聞こえ始める。
「わっ、今日もやってきましたね!」
どこか弾む声を上げた少女が、小さく揺れるスマホを取り出した。
『討伐任務、討伐任務。清水市桜魔区、傘崎地区にて魔物の発生予兆を確認、推定ランクはE。魔法少女【衣装】は、速やかに現場に向かい、魔物を討伐せよ』
クリアな機械音声が、1台のスマホから淡々と発せられる。
少女は音声を最後まで聞くと、1度画面を確認してから一目散に駆け出した。
モザイクの掛かった通行人の間を走り抜け、背景はみるみると流れていく。
次の瞬間、少女が公園の前で足を止める場面に切り替わった。
少女の視界の映ったものは、今まさに壊されようとしている公園。
そして、産声を上げた鳥型の怪物の姿だった。
「現れたな魔物め! この私が来たからには、お前の好きにはさせないぞ!」
可愛らしい声でそう宣言した少女を、怪物は視界に捉えて黒色の羽をバタつかせる。
少女は怪物の威圧に怯むことなくスマホを仕舞い、更に言葉を続けた。
「私はアイドル。アイドルは最強。つまり、私は最強アイドル! 私に力を、『ドレスアーーーップ!』」
そう声を上げた瞬間、少女を輝かしい光が包み込んだ。
忽然と現れた水色のリボンが、何本も体に巻き付いていく。
パッと光が弾けて、手足を柔らかな布が覆う。
巻かれたリボンが解かれれば、そこには燦々と眩しいほどのドレス。
ふわふわふわと真っ白なフリルが踊り、風に吹かれて水色のリボンが揺れる。
全身を包み込んだ光が放たれたとき、そこには魔法少女の姿となった少女が立っていた。
「魔法少女アクアマリア、変身完了! 魔物なんて、この私が退治してあげるんだから!」
ビシッと指を突き付ける少女を睨み、怪鳥は唸り声を上げる。
そして翼を暴れさせ、勢いよく迫り始めた。
「喰らえ! リボンパンチ!」
そんな言葉と共に少女が右腕を突き出すと、手首に巻き付くリボンが揺れ動く。
リボンはそのまま勢いを付け、とんでもない速さで怪物目掛けて飛び出した。
跳ねる水色が怪鳥の顔面にめり込み、後方へと吹き飛んでいく。
抉れた部分から粘性の黒い液体が滴り、血溜まりのように地面を黒く染める。
怪鳥は金切り声を発すると、羽をバタつかせて勢いよく空中に浮かび上がる。
そして今から突撃でもするかのように、真っ黒な目線を下に落とした。
「まずいっ! えーと、こうなったらこうなったら……」
怪物の突然の行動に驚いたのか、少女はあわあわと足踏みをする。
「あ、そうだっ!」
パッと足元を揃え、少女は何かを思い付いたかのように手を売った。
そしてキメ顔を浮かべながら、腕を動かしポーズを取って大きく口を開く。
「アイドルに衣装替えは付きもの! フォルムチェ――」
ピッ
「はぁ……なんで魔法少女の特集しかないの? 興味ないんだけど」
呆れた物言いで吐き捨てて、テレビのリモコンをクッションに投げる。
滑るようにソファから立ち上がると、ふらついた足取りでキッチンへと向かう。
「さて、今日はなにを食べるかな」
切り替わった番組の音声を背中に、冷蔵庫の中身を漁る。
シーチキンの缶詰を1つと冷蔵した白米、あとは昨日作った味噌汁の鍋を順番に取り出す。
『ここ数年、新人の魔法少女の勢いが凄まじいですね』
『ええ。特に最近だと、現役でアイドル活動をしている【衣装】の魔法少女、彼女なんかは優秀な戦績を収めています』
賢人ぶった自称専門家の声が、嫌に耳に聞こえてくる。
彼らなんて口だけの一般人だ。
もちろん、私も。
白米を電子レンジに突っ込んで、鍋をIHコンロで温める。
缶詰の蓋を開け、油を切ってからマヨネーズと和える。
『ですがやはり、昨今の魔女問題は大きく波紋を広げています』
『敢えて申しましょう。これは、協会の怠慢が原因です』
『なるほど、そういった意見も――』
電子レンジから機械的な音楽が流れてくる。
チンしたご飯を茶碗に盛り付け、ツナマヨを大胆に乗っける。
温めた味噌汁を入れたお椀と一緒に運び、ダイニングテーブルの上に適当に並べた。
「……いただきます」
椅子に座ってから手を合わせ、朝食を食べ始める。
ここ1ヶ月は、毎日同じ献立だ。
『それでは、こちらのグラフをご覧ください。近年の、魔女による犯罪件数の推移を表したものとなっています』
耳に入ってきた言葉に釣られて、視線をテレビへと向けた。
真っ赤な折れ線グラフは、右に行くほどに大きく上昇している。
どうして手に入れた力をそんな風に使うのか。
はっきり言って、理解が出来ない。
「ほんとに……」
乾いた喉を潤そうと右手を伸ばし、空振ったところである事に気が付く。
「あ、水忘れてた。めんどくさいな」
脱力したまま席を立ち、ふらふらとキッチンに向かっていく。
そんなときだった。
prrrrr……prrrrr……
視界の端に、震えながら光を放つ液晶が見える。
方向を変えてのそのそと歩き、ソファに転がるスマホを手に取った。
「はい、もしも――」
「おはよう乙女ちゃん!!!」
あまりの声量に、思わずスマホをぶん投げた。
ソファの上を滑っていくのを眺めながら、痛めた耳をそっと押さえる。
ガチャン
スマホはそのまま床に落ちた。
小さく声が聞こえるスマホを、仕方なく拾いもう1度耳に当てる。
「なんか凄い音がしたよ!? 乙女ちゃん大丈夫!?」
「……おはよう」
朝から迷惑電話を掛けてきたのは、高校で唯一出来た友人だった。




