第二話
王宮の経理部屋に通された優子は、三秒で状況を把握した。
ひどい。ひどすぎる。
帳簿は手書き、記録方式は単式で収入と支出を別々に書くだけ、科目分類は担当者の気分次第、棚卸しの概念はなし。
そして謎の『その他』勘定が全体の三割を占めている。
「これ……いつ頃からこの形式で?」
「先々代の頃から、でしょうか」
「毎年、決算のたびに数字が合わなくて、上席が怒鳴り散らして……」
「わかりました。まず全部、見せてください」
優子はリュックから逃げる時に持ってきた方眼ノートを取り出した。
そして仕事を始めた。
三日で全体像を把握。
一週間で問題点のリストアップ。
二週間で改善案の提出。
最初に説明をしてくれたエルウィンも半信半疑だったが、優子が『複式簿記』の概念を説明し始めたあたりから、全員が前のめりになった。
「借方と貸方を同時に記録することで、自動的に検算ができるんです。数字が合わなくなった時点で、どこかに間違いがあるとすぐわかる」
「なんと……」
「さらに、月次で残高試算表を出せば、毎月の財政状況が一目瞭然になります。決算で慌てることもなくなります」
「それは……革命では……?」
「経理の基本です」
優子には、仕事をするうえで、絶対に曲げないルールが一つあった。
定時に帰る。
午後五時になると、彼女は必ず机を片付け、書類を所定の場所に戻し、立ち上がった。
「えっ、スズキさん?これ、今日中に……」
「そちらもう終わっています。子どものお迎えがあるので」
「えっ……もう!?」
「エルウィンさん、何か不備がありましたら、私が作ったチェックリストの三番に沿って進めれば、あなたにもできます。わからなかったら付箋を貼っておいてください。明朝確認します。お疲れ様でした」
颯爽と帰る優子。
残された経理部員たちは、チェックリストを恐る恐る開いた。
……完璧すぎた。本当に、付箋を貼った部分以外は全部自分たちでできた。
「スズキさん、すごすぎる……」
「定時で帰るのに、なぜ私たちより仕事が進んでいるんだ……?」
答えは単純だった。
優子は集中していた。育児と家事を抱えた五年間の経理生活で、ぼんやりしている暇は一秒もなかったのだ。
問題が起きたのは、三ヶ月目のことだった。
扉が勢いよく開いたかと思うと、見たことのない男が入ってきた。
背が高く、金色の髪で、顔が恐ろしく整っている。
服が妙に豪華だな、と思ったら、周囲の文官たちが一斉に膝をついた。
「——陛下!?」
王様だった。
ヴィクトル・アルノー・フォン・グリゼア。この国の現国王、二十七歳。
彼は部屋をぐるりと見回し、帳簿の山を眺め、それから優子を見た。
「噂の異世界人か」
「はい。鈴木優子と申します」
優子は立ち上がり、この国の礼儀に倣って一礼した。
「今よろしいでしょうか。少し立て込んでいまして」
「構わん。仕事を続けろ」
「ありがとうございます」
優子はすぐ座って仕事を再開した。
ヴィクトルは少し目を丸くした。
謁見の間では誰もが緊張してうまく話せないのに、この女は三秒で仕事に戻った。
彼は優子の手元を覗き込んだ。
「それは何の計算だ」
「先月の騎士団の馬の飼育費です。どうも例月より多いので、内訳を確認しています」
「ほう」
「一頭あたりの飼料費が増えているのか、頭数が増えたのか、あるいは計上ミスか。どれかによって対応が変わります」
「……賢いな」
「経理の基本です」
「教えろ。その計算とやらを」
ヴィクトルは椅子を引き、どかりと座った。
エルウィンたちは息を呑んだ。
王様が経理の説明を聞くなど、前代未聞だ。
優子は手を止めず、手元の計算を見せながら説明した。
ヴィクトルは思ったより熱心に聞いた。
そして翌日も来た。
翌々日も来た。
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