帰
三題噺もどき―はっぴゃくじゅう。
「ありがとうございました」
「ありぁっした~」
「――した~」
「……、」
口々に、適当に挨拶を済ませ、席を離れる。
その瞬間、教室内はちょっとしたお祭り騒ぎになる。
机の上に鞄を置いたままどこかへ行く人や、重たそうなリュックを背負いながら歩く人、鞄を片手にそそくさと出て行く人。
「……」
学校で生活する1日というのは、不思議なものだ。
授業中は早く終われと思うくらいに長く感じるのに、こう終わってしまうとあっという間に時間が溶けてしまったように思える。
惜しんでいるわけでもないのだけど、ほんの少しもったいなく感じるのだろうか。
「……」
教師はクラスの女子に囲まれていた。何やら楽しそうにお話をしているらしい。
あのあたりはまぁ、言えば上の方の、私の苦手なタイプの人間たちだ。笑い声が特に。
……聞きたいことがあったのだが、まぁ、明日でもいいか。たいしたことではない。
「……」
机に出しておいたものを、適当に鞄に詰め込んでいく。
教科書類は基本的には持ち帰りだが、メインの5教科以外の教科書はロッカーに入っている。が、冬休み前に一度全部持って帰った上に、もうこの教室で過ごすのもあと数ヶ月なので、今は、全部の教科書を持って来たり持って帰ったりしている。
「……」
おかげで毎日鞄が重い。
ただでさえ国語や数学、英語あたりは教材が多いのに、それにプラスして今までは置いてあった教科の分まで持っているのだ。重いに決まっている。
リュックサックの方にまでいくらか入れないとそもそも入らない。鞄はなんでこんなに小さいんだろうな。
「……」
ついでに、机の中に置いてあった本を取りだし、返却期限を確認する。
……部活に行く前に図書室に寄っていくことにしよう。
まだ開いている時間のはずだから、一旦返してコレとコレの続きを借りてくるとしよう。
「……」
一度席から立ち上がり、リュックを背負う。
中身は空になった弁当と、通学用の防寒具と、何冊かのテキスト。
あぁ重いと思いながらも、机の上に置いたままの鞄を手に持つ。
肩が外れるのではないかという重さが襲い、思わず手放してしまおうかと思った。
「……」
重すぎて今すぐにでも捨て置きたい気持ちにかられながらも、未だお祭り騒ぎの収まりそうにない教室の後ろから、静かに出て行く。
彼らも彼らで部活動があるはずだが、まぁ、3年生もほとんど卒部している状態だし、今は特に何もないのだろう。たいした強豪校でもないのだ。
「……」
廊下に出ると、ヒヤリとした空気が頬を撫でた。
あぁ、寒い。その中を走る人が居れば、同じように鞄を持って歩く人も居る。元気なものだ。
……ここから図書室までは少々距離があるの。ほとんど対角にあると言ってもいいくらい。掃除の度に行くのだけど、遠いと毎回思う。
「……、」
ふと。
効き馴染みのある声が聞こえて、声のする方へと顔を向ける。
図書館へと続く廊下とは反対側。
「……」
あの子が、マフラーを巻いたまま、誰かと楽しそうに話していた。
相変わらず長く降ろした髪を巻き込んでいて、悲惨なことになっている。
私とお揃いのキーホルダーの揺れるリュックを背負い、片手に鞄を持ったまま、こちらに気づくことなく歩いていく。
「……」
隣を歩くのは、あの子と同じクラスの。
あぁ、教室に行くときによくいる子だ。
話も合うようだし、私は去年同じクラスだった。
「……」
ざわざわと、鳥肌が立つ。
首筋から何かが這いあがるような感覚が襲ってくる。
頭の中に黒い靄がかかった化け物が顔を出す。
ドロドロに溶けるナニカを纏いながら、それはズルズルと這い出てくる。
「……」
声を掛ければいいと思うだろう。
しかし、そう簡単には行かないのだ。
そう簡単に行けたら、こんな風になっていない。
「……」
視界の中から、あの子がいなくなるまで、私は動けなかった。
ほんの数秒の事が、何倍の時間にも感じられた。
「……、」
意識的に頭を振りかぶり、図書室を目指す。
明日、あの子と会えたら、うまく笑えるだろうか。
お題:挨拶・お祭り・溶ける




