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9・濡れたベンチ

「ここかな」


 雅に聞かれても俺は分からないから答えに困る。ベンチは乾いているし、桜はもう緑になっている。端のベンチだけが完全一致だった。


「たぶんな」


 俺はベンチに腰かけて雅には1番端を譲る。雅のひざの上には大きめのお弁当袋があり、ここに俺たちで作った弁当が入っている。


 俺が作ったから安全のはずだ。変に雅が手をくわえていなければ。にはなるが。雅も自分の腕前を理解しているから恐らく大丈夫だろう。


「じゃあこれが聖のぶんね。足りなかったらボクのも食べていいよ」


「そこまではいいよ」


 手渡された青色のお弁当箱をひざに乗せて雅を見る。雅のひざにはピンク色のお弁当箱が乗っていて準備は整った。


「こう、いつもと違うと調子くるっちゃうね」


「だな」


 雅が照れくさそうに笑うのに、俺は緊張のあまりぶっきらぼうになってしまう。


 雅と毎日のように昼飯は食べているのに、手作りで、場所が違うというだけで変に緊張する。


「ねえ聖、お弁当開けてみて」


「そ、そうだな」


 俺がお弁当のふたを取ると、ケチャップでハートが描かれたハンバーグと卵焼きが入っていた。卵焼きは雅のお母さんからだろうか。


「開けてびっくり卵焼き。ねね、これ誰が作ったと思う?」


「誰って……雅のお母さん?」


 雅がムスッとしたから不正解。となると――。


「雅?」


「せいかーい。ボクが作りました」


「大丈夫……だよな……」


「お母さんに見てもらってたから大丈夫だよ。ね、食べてみて」


 雅に期待の眼差しを向けられて、俺は勇気を振り絞って口に運ぶ。


 ほんのり……いや、かなり甘い。そしてパリパリと卵の殻が食感にアクセントを加えている。


「どう?」


「甘党なら大満足の味に仕上がってるな」


「やっぱり甘すぎた? 大さじ1杯の時に山盛りにしたからかな」


「まさか1杯をたくさんの意味の()()()()にとらえたわけじゃないよな」


 雅はあからさまに視線をそらして俺はうなだれる。雅のお母さんは比喩なしに見ていただけなのだろう。


 それでも、小学校の時に比べたら成長している。あの時は1口で未知の味に本能的な危険を覚えたほどだ。


「まあでも、悪くないんじゃない」


「やった! ボクも食べちゃお」


「自分で作ったら一段とうまいだろ」


「……男の子がそれだけじゃ足りないよね。はい卵焼き」


「押しつけんなよ」


 雅が俺の弁当に移すも俺も負けじと移し返す。2つならまだしも3つは糖分過多で絶対に気持ち悪くなる。


「往生際が悪いよ」


「自己責任だろ」


「かくなるうえは……はい、あーん♡」


「なにがあーんだ。絶対に開け……おいそこは鼻だ。バカバカ、目に入る。殻入りの卵焼きが目に刺さる。分かった、食べてやるからその見返りは要求していいだろ」


「これじゃダメ?」


「これがご褒美だと思うなら俺もしてやろうか?」


「ちょ、調子に乗りました」


「ったく……」


 さて、見返りと言ったがこれと言って求めるものがない。勉強は俺のほうがちょいできる。雅にできること、できること……。


 俺の頭に昨日の薄着が浮かび上がり、耳元で偽物の雅が甘い声で名前を呼ぶ。ダメだ、そういうのは好き同士ですることだ。


「決まらないならチューとかでも、ハグでもいいよ」


「お前がしたいだけだろ。決めた、ジュース」


「あ、あのーただいまお金なくてですねー。そのー、できればお金はよしていただけると……」


「なにに使ったんだよ」


「今月はお昼にパンを買いすぎちゃいました……」


「よく食ってるもんだからあると思ってた……」


 お金があるから買っている。わけではなくいつも通りの無計画だった。となると求めるものがなにもない。


「マッサージはだめ?」


「いいよそれで。じゃあほら、俺の弁当に移してくれ」


「あーんは?」


「断る。人に見られたくないし」


「はい、あーん♡」


「おい、聞け。おい、グリグリすんな。分かった、食べる。食べるから」


 結局おれは雅のペースに乗せられてしまう。バリバリの甘すぎる卵焼きはやっぱりキツイ。


「ありがと聖」


「へいへい。そうだ、ついでにハンバーグもしてくれよ」


「それはやだ」


「なんでだよ」


「聖と作ったハンバーグだから」


「なんだそれ」


 俺は思いもよらない答えに思わず笑ってしまう。もちろん本気で食べさせて欲しいわけじゃない。ちょっとしたいたずら心だ。


「ん~やっぱり美味しい」


「そうだな」


 頬に手を当て、表情をとろけさせる雅の今を奪わないように俺は適当な相槌を返す。


 可もなく不可もなく無難な味。特別おいしいわけでもないのに、こんなに美味しそうな顔をされると照れくさい。


「あーあ、聖がいれば毎日おいしいご飯が食べられるのになー」


「どういう意味だよ」


「分かってるくせに」


 俺がとぼけると雅が肘で小突いてくる。いたずらに笑う瞳の奥は少し輝いていて声のトーンを少し落とす。


「俺たちの関係はまだそうじゃないだろ」


「いつかさ、お嫁さんになってよ」


「それを言うならお婿さんな」


「横島聖になるんだね。じゃあ私がお嫁さんになったら波田雅だね。どっちもいい響き……」


 雅が未来に思いを馳せていると、校内に響くチャイムの音。慌ててスマホを見ると昼休みが終わっていた。


 まずいことに次の授業は移動教室だ。

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