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3・放課後の図書室

 放課後の図書室は閑散としていた。見渡す限りに人はいないし、これなら雅と手を繋いだままでもよさそうだ。


「やっぱり人いないね。これならハグもできるんじゃない?」


「するわけないだろ恥ずかしい」


 ドヤ顔でしてきた雅の提案を即座に却下する。雅は俺とくっついていたくても俺はそうじゃない。最小限のスキンシップで済むならそれがいいし、なにより人が来たときに見られるリスクは減らしたい。ならとっさに誤魔化せる手を繋ぐが合理的だ。


「でもですよー、お手てを繋いで本は読めないんですよー。片手じゃめくれないなー」


「まさか2人で一冊を共有とか言わないよな」


「いいねそれ」


「よくねえよ非効率だ。だいたい読むときは離れても問題ないだろ。現に昨日は放課後から昼までスキンシップないわけだし」


「乙女心を傷つけられちゃったなー。あー、聖がハグしてくれないならボク消えちゃうかもー」


 雅にいたずらな笑みを見せられて俺はため息をつく。雅にとって冗談でもこっちからすれば冗談で済まない。嘘だとか、問題ないだろとか、軽率に言えるはずもなく答えにあぐねる。


「で、どうする?」


「あーもう分かった。そうしてやるよちくしょう」


 こうなったらやけだ。どうせ放課後の図書室なんて人は来ないだろう。部活に遊びにバイトに各々の青春を謳歌しているに違いない。そうだ、この知識の源泉に来ることを青春という人は稀有だ。半ば自暴自棄な結論だがそうしよう。それでいい。そう思おう。


「じゃあ探すぞ」


「どうやって?」


「……医学か」


「でも病院の先生もお手上げだよ」


「オカルト?」


「どうなんだろ」


「じゃあ俺が医学を探すから雅はオカルトを探してくれ。どうせ雅に医学は小難しくて読めないだろ」


「むぅ、一言よけいだなぁ。でもいいよそれで」


「本を取ってきたら……そこだ、そこの角で落ち合おう。あそこなら入り口から見えない」


「じゃあいってきまーす」


「ああ」


 雅と別れて俺は反対のほうへ足を進める。図書室なんて初めてで、どこになにがあるのか分からない。地理、歴史……ここではなさそうだ。


 化学、宇宙……サイエンスなら近そうだ。


「あ、懐かしい」


 探し回っていると小学生の頃に読んだ本と出会う。俺は目的をそっちのけで目が移り、ついでに足も吸いこまれていった。


「懐かしいなぁ七不思議。このせいで登れない階段とか使えないトイレとかあったな」


 東にある階段を4時44分に上がると異世界に繋がるとか、3階のトイレの奥の和式でお尻を触る手があるとか。なによりも7つ全てを知ると消えてしまうというのが子供の頃は恐ろしかった。知りたいという好奇心、消えてしまうという恐怖。結果、俺が知っているのは4つでそれから先は怖くて知ることを避けていた。


「探してる?」


「まあぼちぼちとかな」


「こっちは海外の本とか小説でなかったんだよねー。あ、オカルトだ。ここならあるかな?」


「あるだろ。これとか読んでみたらどうだ」


 昔読んだ本を雅に渡すとムスッとした態度をとる。小学生向けにテイストされた内容と文章の本ということが、遠回しに幼いとバカにされたと感じたのだろう。


「あのさあ、ボクのことなんだと思ってるのさ。ボクだってもっと大人な文章を読めるんだよ」


「じゃあ、あれとか読めるか」


「それは……無理かな……。ていうか大人関係なくない?」


「そうだな、あれはもう専門家のための本だな」


 まるで見たことのない漢字で構成されたタイトルは、高校の図書室にあっていい代物じゃない。いったい誰の要望で並んだのか……この学校には後世に名を遺す偉人に匹敵する天才がいるようだ。そのレベルしかあんな本は読まないだろう。


「じゃあボクはこれを読むから聖も探してきてよ」


「はいはい」


――――――――


「ねえ、思ってたのと違う」


「今さらなんだよ。お望み通りバックハグしてるだろ」


 左手は雅のお腹、右手は雅の頭に置いた本をめくる。雅の要望に応えつつ、自分の快適性も叶えた最強の布陣は雅のお気に召さないようだ。


「ボクの頭じゃなくてボクの前で読んでよ!」


「諦めてくれ、俺はこっちのほうが楽だ」


「これじゃあ図書室に来た意味がないよ」


「情報集めのためだろ。目的変わってないか?」


 こっちは真面目に的外れな本を読んでいるというのに、雅の目的は別にあって怒りがメラメラとたぎってくる。いったい誰のために調べているんだと考えたら自分のためでしかなく、怒りの炎はあっさりと鎮火した。


「か、変わってないよ。ちゃんと調べてるもん」


「そう言うわりにはさっきから同じページだな」


 俺が読み終わりそうなのに雅は本の半分も読めていない。雅のことだから拾う必要のない情報もしっかりと拾っているのだろう。俺みたいに不必要なら読み飛ばしてしまえばいいのに真面目なやつだ。


「いやー、実は面白くて……」


 前言撤回、読書にハマっていた。


「面白いのは認める。けどな、今はお前の情報を集めてくれ」


「んー、七不思議とか関係しそうじゃない」


「その心は?」


「なんとなく」


 ダメだこりゃ。俺は内心で悪態をついて本を閉じる。このまま医学の本を読むのも退屈だし、そもそも医者に分からないことを素人が調べるのは無駄足もいいところだ。


「俺もオカルト読むわ」


「じゃあ一緒に読まない」


「そうする」


 俺は雅の肩越しに本をのぞきこむ。「見える?」と雅に心配されるも心配無用だ。俺は「見えるよ」と答える。本の文字は大きめでとても見やすいからだ。


 ずいぶんと前に読んだはずなのに内容は薄っすらと覚えている。恐らくこれは、告白が絶対に成功する桜の木の秘密だ。


 ここで告白されたら絶対に成功するのに、断った主人公のせいで振られた女の子と一緒に怖い思いをする話だ。


 いささか今の境遇と似ている気がする。いや、気のせいだろう。


「お前ら、図書室でなにしてんだ」


「なっ」


 俺はとっさに雅から離れる。図書室のドアが開いた音はしない。静かに開けたとしても物音がしないのは変だ。


 俺が慌てて声の方向を見ると白衣を身に着した男の先生がいた。保険の先生ではないから科学の先生だろう。黒メガネの奥には生気のない瞳が見えて、そこから先生の感情がよめず不気味さだけが強調される。


「えっと……先生?」


生田目(なばため)だ。お前たちは1年か」


 生田目先生はくせ毛の強いボサボサな頭をかきむしる。視線が足元に落ちたことから、靴の色で俺たちの学年を判断したようだ。


「それで、どういうつもりで何をしている」


 これは怒っている。生田目先生のドスが効いた声からして間違いない。冗談めかしてこの場をやり過ごすのは間違いなく悪手だ。いっそ本当のことを……それも悪手か。


 俺が悩み答えずにいると空気がどんどんと重くなっていく。しびれを切らして開口したのは雅だった。


「生田目先生、だれにも言わないって約束してくれますか?」


「お前らの交際か? それなら言うわけないだろ」


「違います。秘密です」


「秘密? なにか知らない以上は口外しない約束はできない。俺はこれでも先生だ。親御さんにいう必要があるならそうさせてもらう」


「そ、それは……」


「親にも言えないことなのか」


 生田目先生にすごまれて雅は消沈する。きっと雅は本当のことを言おうと思ったのだろう。ならばもうここは俺がそのバトンを受け取るしかない。


「実は……」


 俺は昨日のこと、そして昼に雅が言っていたことを生田目先生に話した。生田目先生は終始無言でつどつど相槌を挟むだけだった。


 言い終えると生田目先生は黙ってしまう。科学の先生ならバカらしいと一蹴されると思っていたため意外だ。もしかしたら、俺の言ったことを信じてくれるのだろうかと淡い期待を抱いてしまう。


「それは災難だったな」


「それだけですか」


「他に言って欲しいことでもあるのか」


「バカらしいとか思わないのかなって」


「確かに非化学的な話だしそもそも飛び降りるのも正気の沙汰じゃない」


「お、おっしゃる通りです……」


「とはいえ、それと似たことがあることにはある」


「えっ!」


「誰もいないが図書室は静かにしてくれ」


 生田目先生が人差し指を口に当てて俺は口を押える。まさか科学の先生である生田目先生が知っていて、しかも運よく今日出会えたのは奇跡に近い。驚かないでいるほうが無理というものだ。


「先生、それってどういうことですか」


「俺も詳しくは知らない。オカルト部で話題に上がっている話を小耳にはさんだだけだ」


「先生、俺たちオカルト部行っていいですか」


「好きにしたらいい。場所は知ってるのか?」


「あ……」


「案内してやる。俺が本を借りてからな」

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