2・恋の心音はまだ遠く
結局、昨日は一睡もできなかった。ネットで調べても死んだ人が蘇るなんて架空の話で、生きているのに心臓が動いていないのは前代未聞だ。
朝はそのせいで電車で寝過ごし、授業は居眠りで再三注意された。あいつには決して言わないが、こういう時に雅がいればとつい思ってしまう。
「ごちそうさまでした」
俺は食べ終えた弁当を片付けて机に突っ伏す。眠気も限界でせめて昼休みに寝ないと午後は起きていられない。もし寝ようものなら……あまり考えたくもない。
体の力が抜けて、ぼんやりとした暗闇に意識が溶ける間際、俺の耳に聞き覚えのある声が響いた。
「みんなおっはよー!」
意識が無理やり体へ戻されて肩がはねる。俺が顔を上げて教室の出入り口を見れば雅がいた。雅は俺と目が合うと、同級生の間を申し訳なさそうにすり抜けて一直線に俺のとこへ来る。
「えい」
「な、なんだよ」
「なんとなく?」
なんの前ぶれもなく手を握られて俺はたじろぐ。そもそも、人目のつくとこでは好意を隠してくれと頼んでいたのだが今日の雅は隠す気がない。
「雅、場所を変えよう」
「わかった」
「……手は離してくれるか。恥ずかしいから」
「だめ?」
「いや、やっぱりこのままでいい」
クラスメイトから向けられた非難の目に思わず否定の言葉をのみこむ。否定したら烈火のごとく非難され、後ろから刺されそうな気がして冷汗が流れる。こうなった以上はもう隠す必要もないのだろう。
――――――――――――――――――――
屋上と4階の踊り場は思った通り誰もいなかった。人が通る心配もなければ人の目につく心配もない。
俺が階段に座ると雅はチョコンと横に座る。やけに距離が近い。
「病院はどうだったんだ」
「んー異常なしだったよ」
「心臓が止まってるのに?」
「経過観察だって。お医者さんに診てもらって、心電図使ったけど動いてはいるみたい。ただすごく弱くて生きてるのが不思議だって言われたかな」
「そうか」
俺は窓越しの空を見て考える。生きているのが不思議――それは死んでいるに近い状態ということだろう。あの時に吐いた虚言通り雅は生きる死体になってしまった。雅は、死ぬ可能性があるのだろうか。病院で分からないのに今の俺が原因を特定できるのだろうか。俺の頭はいろんな考えでぐちゃぐちゃになって思考がまとまらない。
「聖、ひーじーり」
「どうした」
「空見てどうしたの?」
「お前はお気楽だな。俺はお前のことを考えていたってのによ」
「それって……」
「心配のほうだ」
ときめいたのか胸を押さえる雅のおでこをつつく。すると雅は不満そうに口を尖らせた。
「そこはキスじゃない」
「そういう雰囲気でも流れもないだろ。だいたいお前は怖くないのか?」
「んー、べつに。だって聖の好きな人になれたんだもん。あ、そういえば聞いてなかった!」
「なんのことだ」
告白の答えだろう。俺は白々しくするが雅は忘れていないようだ。
「イエスか、はいか。どっち?」
「……」
どう転んでも肯定だ。ノーといいえはどこに行ったのだろうか。こうなった以上は俺も腹をくくっているが、パッチリとした目が震える姿が面白くてつい意地悪をする。
「んー、どうしようかな」
「ほら、答えは1つだよ」
俺がじらせばじらすほど雅の目が潤み始める。これ以上は雅を泣かせてしまいそうで、意地悪もここまでだ。
「じゃあイエスで」
「はいじゃなくていい?」
「どういう質問だよ。はいがいいのか?」
「深い意味はないよ。なんとなく?」
「そうか、じゃあはいで」
「やったあ!」
「おいっ!」
雅に抱き着かれて転倒しかけるも、右手をのついて頭部の強打だけはなんとか防ぐ。
雅は「ごめん!」と慌てて離れるが申し訳なさより嬉しさが勝っているのだろう。頬に当てた両手からのぞく口角がヒクヒクと吊り上がっているのが見える。
今のハグといい昼に手を握ってきたことといい、今日はやけにスキンシップが多い。
「雅、今日はどうしてそんなくっつくんだ」
「えー、そうかなー」
「しっかりと答えてくれないか。別に怒っているわけじゃないんだ」
「本当に?」
「本当だ」
「聖に触れるとね、意識がしっかりするの。聖に触れてないと眠くなってね、意識が消えちゃいそうになるの」
雅の神妙な顔つきからして嘘はついてない。俺に触れてないと意識が消えそうになる。医者の言った「生きているのが不思議」それから連想できるのは……死だろうか。
「……死にかけてるわけじゃないよな」
「ちょっと怖いこと言わないでよ! そ、そんなことないと……思いたい……」
空気が凍り俺も雅も沈黙する。違うとは思いたいのに、そんな気がしてつい口に出てしまった。違うというには根拠もなく、そうだという確証もない。
だが、意識が消えそうになるのはまずい状況だということだけは俺でもわかる。
「雅、原因を探して治そう」
「医者にも分からないことだよ。だったらさ、聖とずっーとくっついてればいいんじゃない?」
「雅、俺のせいでお前にもしものことがあったら嫌なんだ。これは俺だけじゃなくてお前のためでもあるんだ」
雅の肩をつかんで真っすぐに見つめれば、雅は顔を真っ赤にして視線を泳がせる。なかなかキザな発言だが伝わっただろう。俺の建前が。
本心は俺の発言を撤回するため。雅の好意を信じられない俺がこいつと一生を添い遂げるのはまず無理だ。雅がもとの状態になれば別れることもできる。
悪い雅、お前のためじゃなくて十中八九おれのためだ。




