10・夏と言えばオカルト
「――というわけです」
「なるほど、じゃあ特に変なことはなかったんだね」
「ないですね。本当にただ弁当くって午後の授業遅れただけです」
「雅ちゃんも変わった感じはない?」
「変化なしです!」
「バカ、耳元で大きな声出すな。後、もうちょっと首よりのとこを親指で……おー、それそれ」
雅に見返りとして求めたマッサージは悪くない。雅がなぜかうまいのもそうだが、ひんやりとした手も相まって疲労に効く。
「そんなことよりハンバーグどこ?」
「水落さんたちのですよね。たぶん弁当箱にあったと思いますよ。なあ雅」
「もちのろんですよ。そうだ、ボクたちもお昼の残り食べようよ」
「そうするか。じゃあ雅、持ってきて」
「聖なんかいつもより王様っぽい」
「王様っていうより亭主関白」
「ていしゅかんぱく?」
「あーもう水落さん変なこと言わないでください!」
「威張り散らかす旦那っていう意味だよ。ていうことは雅ちゃんは奥さんだね」
ニヤリとする水落先輩は故意犯だ。奥さんと呼ばれて雅は浮かれてしまっている。
「はい、あなた」
「のらなくていい」
「水落先輩、宗先輩。いつも旦那がお世話になっております」
「いえいえ」
「う、うん……」
雅がこっちを流し目で見る仕草はかなり腹が立つな。
「なあ雅、俺が亭主関白なら手を出すのも許されるよな?」
「え、ど、どういうこと?」
「亭主関白ってのはな、横暴でわがままで家の中で誰よりも偉いからな。気に食わないのなら暴力で制裁するんだよ」
「ちょ、ストップ。やめるから落ちつこ?」
「まったく」
雅の悪ふざけが終わったところで気を取り直して弁当だ。ちょうど午後の授業も終わって空腹は限界に達している。
「じゃあ、いただきまーす」
「ねえ聖君、お弁当のそれって卵焼きだよね」
「そうですけど……ちょっと甘すぎるかもしれないですよ」
「僕あまいの大好きなんだ。もらっていい?」
「そ、そこまで言うならいいですよ」
萩田先輩は「ありがとう」と言いながら卵焼きを持っていく。流れるように口に運ばれて俺がハッとした時には遅かった。
あれには、卵の殻が入っていることを。
「こ、これ殻がはいってる……でも甘くておいしい」
「おいしい……?」
「うん、甘くておいしいよ。僕ね、甘いのに目がないんだー」
照れくさそうに笑う萩田先輩に俺は愕然とする。これが甘いの範囲で収まるのなら、萩田先輩の甘すぎるは異次元の領域だ。
「だってさ。よかったな雅」
「う、うん」
雅ですら驚いてこの反応だ。
「雅ちゃんが作ったんだー。ありがと、ごちそうさま」
「ねえ聖くん、このハンバーグは隠し味とかあるの?」
「ないですよ。豚ひき肉と豆腐で作ったくらいで後は特にって感じです」
「ふーん、なかなかおいしい」
「口に合ってなによりです」
「おいしい! これは聖君が作ったのかな」
「雅と2人で作りましたよ」
「じゃあ愛が隠し味だね」
「水落さんからかわないでください」
「あ、そうだ聖君と雅ちゃんは夏休みは長期的にいなかったりする?」
「ボクはお盆以外はすっごく暇ですよー」
「俺もないですよ。もしかして夏休みなにかするんですか?」
俺が聞くと萩田先輩はニヤリとする。これはなにかあるみたいだ。
「せっかく4人もいるから強化合宿をしようかなって」
「強化合宿ってのは建前、本当はお泊り会したいんだって」
「そ、そんな子供っぽい名前で言わないでよ。強化合宿なの」
「なるほどー、じゃあ絆を強化する合宿ですね」
「そう! 雅ちゃん大正解!」
萩田先輩は雅のアシストにドヤ顔をする。さながら水落先輩に一泡吹かせたつもりなのだろうが、見るからにノーダメだ。
「するのは俺も賛成です。でもなにします。廃墟探索とかですか?」
「それはダメだよ。怖すぎるもん」
オカルト部が怖いとはこれいかに。
「妖怪でも探します」
「妖怪も危ないよ。人に優しい妖怪ばかりじゃないの」
「そしたら……なにします」
「そ、それを今から考えよう」
「じゃあ廃墟探索と妖怪探し以外ですよね」
そうなるとオカルト部らしい活動が思いつかない。とりあえず考えながら目の前の弁当を食べる。
――そういえばツチノコとかあったな。
「ツチノコとかどうです」
「ありかも」
「それとは関係ないんですけど海に行きたいでーす」
「本当に関係ないことがあるか」
「じゃあ海でツチノコを探そうか」
「水落さん。さすがに海にはいないんじゃないですか?」
「ウミヘビがいるならいるんじゃない」
すっごい適当な理由だ。これもうオカルト部らしい活動が目的じゃない。オカルト部らしい理由で遊ぶことが目的だ。
「その後に星空見たいです!」
「それは宇宙人を見つけるってことでな」
「聖あったまいいねー。そうしましょう宗先輩」
「よし、いい感じに予定も決まってきたね。場所はどうしよ」
「海があって星空が見えて……電車とかバスで移動できる場所……あります?」
「そしたら、それは私と宗君で探すよ。聖くんと雅ちゃんは恋の七不思議をがんばって」
「よし、これで決まりだね。旅行の計画は僕ら2年生にお任せあれ!」
萩田先輩、普通に旅行って言っちゃったよ。もう突っ込まないでおこう。
「にぎやかな声がすると思えば。なんだ、また相談に来てるのか」
「あ、生田目先生! 相談じゃなくて部活動してるんです!」
「部活動……?」
「最初の相談のときに入部してくれたんですよー」
生田目先生は敷居のところで立ちつくす。表情が読めない先生なのに今だけは分かる。かなり驚いている。
「待て。入部届はもらってないぞ」
「それは、先生がいなくて紙をもらう機会がなかったので」
「そうだな、最近は来れてなかったからな。悪かった水落、明日持ってくる」
「そうだ、生田目先生にお願いがあるんですけど」
俺がニコッとすると生田目先生は身構える。ここまで警戒されると少し傷つく。
「なんだ」
「部活動で夜の学校に入らせて欲しいなぁと」
「バカ言うな。一介の先生が許可できるものじゃねえぞ。だいたいどういう魂胆だ」
「実は恋の七不思議の……」
俺は雅に起きたことの原因、解決策、この数日で知ったことを生田目先生に話した。
相変わらず生田目先生はなにも言わずに聞いてくれる。ところどころの相づちがあることで、聞き流されている感じもない。そこだけは生田目先生の好きなところだ。
「つまり、雅を助けるために恋の七不思議をする必要がある。その七不思議の魂を食べる呪いの本は夜の学校で行うものだから入れてくれと」
「はい、だいたいそれであってます。それで……」
「却下だ」
「えーでも先生は信じてくれたじゃないですかー」
「信じる? なんの話だ」
「だって図書室で言ったじゃないですか」
「あれは雅に起きている事象と、同じ事象を聞いたと言っただけだ。信じるとは言っていない」
本当に生田目先生は冷淡だ。少しくらい融通を利かせて欲しいと思うのはエゴだろうか。
「だいたい、恋の七不思議をしたところで絶対に助かるわけじゃないんだろ。他の方法は探したのか」
「それはもちろんですよ。医者はお手上げ、インターネットとか図書室でも調べました。それでもなかったからすがってるんです」
「……雅は生きているんだろ」
「は、はい」
「じゃあ、そのままでもいいんじゃないか。生きてることに変わりないんだろ」
生きている……これが?
手のぬくもりはないし生きているのが不思議と言われた微弱な心音。生きているなんて言える状態じゃない。
だんだんとイライラしてきた。俺が悪いと分かっていても、抑えられない怒りが喉を震わせる。
「違いますよ。生きてないです」
「じゃあ目の前にいる雅は息をしてないのか、動かないのか?」
「それは……」
「ねえ先生、ボクの手を握ってくれませんか」
「雅?」
おちゃらけな雅は鳴りを潜めて、真剣な眼差しで右手を伸ばす。こんな雅を見たのはいつぶりだろうか。
生田目先生は戸惑いながらもその手を取り、眉間にしわを寄せた。間違いない、困惑している。
「冷たすぎる」
「脈も測ってくれませんか」
「……ない」
「先生はこれでも生きてるって思いますか」
生田目先生は口をつぐむ。
そして、しばらくして生田目は遠くを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「そういえば、中間テストの会議が夜にあるな。たしか5月20日の21時までか。めんどうだな」
「それってつまり……」
「ひとりごとだ。5月20日の21時までか。めんどうだな」
生田目先生は俺たちに聞こえるようにわざと言っている。5月20日の21時、それまでに終わらせろということだろう。
「で、他に言いたいことはあるか」
「あ、ありがとうございます」
「聖はなにを言っているんだ。で、他はあるのか」
「生田目先生は図書室に詳しいですか?」
「詳しくはない。雅はなにを知りたい」
「韓国の歴史っていう本を探していて、それで図書室にあるかなって」
「気になるなら探せばいいだろ、すぐそこだ」
生田目先生は親指で図書室の方向を指すも、俺が求めている答えじゃない。おおよそこの感じなら知らないのだろう。
「じゃあ宗先輩、ボクたちは図書室に行ってきますね」
「いってらっしゃい」




