1・身から出た錆
校舎を真っ赤に燃やす夕日が俺の学ランまで燃やそうとする。春だというのにこうも暑いと地球温暖化を感じてしまう。
俺は教室に入るとドアを閉めて西日をシャットダウンする。これで少しは涼しくなると思えば閉めきられていた教室には熱がこもっていた。
とっとと用事を済ませて帰ろう。俺は教室を見渡して俺をこの場所に呼んだあいつを探す。青い髪を短く結ったツーサイトアップに、パッチリとしたオレンジの瞳。学校どころか地域にすら唯一のそいつは探すまでもなく窓際に立っていた。
「待ってたよ聖」
「悪い雅。遅れた」
無邪気でおてんば、天真爛漫な雅にしてはシュンとしてあらたまった顔をする。これが1回ではないのにいつまでも初々しいのはなんでだろうか。俺はそんなことを思いながらも答えは変わらない。
雅はカーテンをいじる手を放して覚悟を決めたのだろう。俺を真っすぐにとらえて深呼吸をはさみ、ついに口を開いた。
「ボクとつきあってください」
「……ごめん。前と気持ちは変わらない」
「ねぇぇぇえええ。どうしてぇぇええぇ!」
「言っただろ。俺はお前とは友達にしか思えないんだ」
「でもさ、付き合うだけだよ。軽くてもいいからお試しにさ」
「お試しってなんだよ。そんな軽い気持ちで付き合えるかよ」
「じゃあさ、ステータスでもいいから。彼女いるんだアピのためでもいいから」
「アホ。そんな軽く自分を売るんじゃない。だいたい俺はそういう類に興味がない」
張りつめていた糸が切れたと思えばいつもこれだ。あの手この手と俺と付き合おうとする。まるで在庫処分をするかごとく、自分の値打ちを下げてでも俺の彼女になろうとする。もちろん俺はそれでいいと認めない。俺にその気がないのは前提として、未だに雅の好意を信じることができずにいた。
「もしかして他に好きな女がいるんだろ! 相原さんか! 武雄君か!」
「相原さんは違うし武雄にいたっては男だ。落ち着け、そういうのじゃない」
「あ、もしかして年下ラブ? それともケモノ……ガチケモノとか?」
「どうしてそっちに飛躍したんだよ……」
俺はため息をついて頭を抱える。雅もあきらめずによくもまあ繰り返せるものだ。二桁を超えてから数えてないが軽く30回は達しているだろう。
このままではらちが明かない。どうしたら諦めてくれるか俺は必死に考える。いっそロリコン宣言をするか……いや、雅はすでに幼い顔でおまけに精神面でも幼さが残る。じゃあケモノか。最悪は明日から雅が二足をやめて四足になってしまう。彼女が衣を捨てて法と道徳をかなぐり捨てた本能の塊になるのはごめんだ。一生の責任を負わなければならない。
雅ができない、それでいて諦めてくれる方法……。あるな、さすがに雅もこれならできないはずだ。これは俺と二度と会えなくなるのだから。
「俺さ、死体性愛者なんだ。ほら、死体の冷たさが人肌を冷やすのにちょうどよくて、物言わぬ姿とかまさに理想。おまけに穴あるし。どことは言わないけど」
俺がよどみなく言い終えると雅はうつむいてしまう。さすがに百年の恋もさめただろう。今はきっと俺に持っていた理想が音をたてて崩れて、修復不可になっている頃だ。これなら諦めもつくはずだ。
俺は放心状態の雅に背を向けて立ち去ろうとすると「待って」と声が聞こえる。まさかとは思いつつも、内心に不安がひしめく俺の背中は暑さと別の汗でダラダラだ。
「なんだよ」
「ボク決めたよ」
凛々しいオレンジの瞳は澄み渡り、雲1つない晴天のようだった。
俺があっけにとられていると雅は走り出す。「待て!」その言葉がようやく口に来る頃には手遅れだった。大きく開け離れた窓の向こうに雅は消えた。一寸の迷いなく、止まることなく消えていった。
「雅……」
俺は後悔した。絶対にないと思っていた浅はかさより、雅の恋心を試すような真似をしたことを。
俺は足から力が抜けてその場に崩れ落ちた。頭には雅との思い出が駆け巡り、悲しみがあふれる。雅とは小学校から隣近所になりそれからだった。よく公園で遊んだり,いたずらしたりガキ相応のことをして。中学生になって遠出を覚えて背伸びしてカフェやゲーセンに行って。高校で無限に好意をぶつけられた。
遠くで雅が俺を呼ぶ声がする。恨まれてもしかたない。それだけ俺は愚かなことをしたのだ。
「ごめん雅、本当に……」
謝れるなら会って謝りたい。今はそれが叶わない。俺はこの後悔を一生を――。
「聖!」
「え!?」
教室のドアが勢いよく開けば聞き馴染みのある声で名前を呼ばれる。
俺はその瞬間すべてを理解した。これは、雅が化けてでたのだと。
「雅、本当にごめん。本当の本当にごめん。俺は、取り返しのつかないことを言ってしまったんだ」
「なんで泣いてるの? 言ってることもよくわかんないし……まあいいや。ボクね理想の子になれたよ」
「そうじゃ……冷たっ!」
「ヒンヤリしてるでしょー。でね、もっとすごいのあってね。ここ触ってみて」
雅につかまれた俺の手はそのまま雅の胸に招かれる。小ぶりで発育途上のそれは揉むほどはなくても確かな柔らかさがあった。
「ない……?」
俺がいぶかしみながら胸を堪能していると雅はジトっとした目を向けてきた。どうやら胸の話ではないようだ。
「なくて悪かったですね。て、そうじゃなくて、もっとこう押し当てて」
俺がおそるおそる雅の胸に手をキュッと押し当てると、俺は思わず目を見開く。ないように思えた雅の胸に柔らかさがあったこと以上の驚きで、雅はどこか嬉しそうだった。
「心音がない……」
「でしょでしょ! 聖の理想の女の子が爆誕しましたよー。冷たくてー、穴もあってー。あ、物言わぬことはないかもだけどさ、2つクリアでオーケーでしょ?」
雅の底抜けに明るい笑顔に今さら嘘でしたとは言える雰囲気じゃない。軽率な発言、ではないにしろ全ては雅を甘く見すぎていた。これだけの好意なら信じてもいいのに、過去のトラウマが前に踏み出す勇気の邪魔をする。
「さあさあ答えたまえよー。理想の女の子の告白だぞー?」
「それは明日な。まずは病院、行こうな?」




