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ボストンの人食鮫 世界ヘビー級王者 ジャック・シャーキー(1902-94)

作者: 滝 城太郎
掲載日:2025/12/23

シャーキーは今日では忘れられたチャンプの一人かもしれないが、ちょうど時代の過渡期とはいえデンプシーをかなり際どいところまで追い詰め、ハリー・ウィルスに八年ぶりに黒星をつけた実績は大きい。デンプシーがダーティータクティクスを封印したまま敗れ、ウィルスも捨て鉢の反則をせずに完敗していたとすれば、シャーキーのボクシング史における評価はガラリと変わっていたことだろう。

 ジャック・シャーキーは鮫に似ている。シャーキーは本名ではないが、「シャークボーイ」と呼ばれていたことがあるのは、その容貌と無関係ではあるまい。リングの上では獰猛なファイターというタイプではなかったが、大物食いという意外性が、貪婪な鮫というイメージと繋がったのかもしれない。

 ジャック・シャーキーはニューヨーク州ビンガムストンで生まれた。国籍はアメリカだが、両親ともにリトアニア移民のため、生粋のリトアニア人で、本名はヨセフ・ポール・ズカウスカイという。

 東欧民主化の影響で、わが国でも御馴染みのユーリ・アルバチャコフやグッシー・ナザロフ以降、スラブ系の世界チャンピオンが続々と誕生したが、ヘビー級チャンピオンはシャーキーが最初である。


 ヨセフが最初に目指したのは水兵だった。ハイスクールを卒業後、ボストンで海軍入隊を志願したが、この時は年齢制限に引っかかって希望は叶わなかった。ようやく海軍に入れたのが一九二〇年の春で、すでに第一次世界大戦は終わっていた。

 合衆国北部にあるロード島のニューポートに駐留していた時のこと。兵営内にアイスクリームを売りに来る先住民の子たちが水兵に難癖をつけられているのを目撃したヨセフは、そこに仲介に入ったところ数名の水兵たちと乱闘になり全員をのしてしまった。

 「ヨセフ、お前は素晴らしく強い。こんな海軍に置いておくのはもったいないくらいだ。ちょっと練習を積めばヘビー級の一流ボクサーになれるぞ」

 鮮やかな喧嘩っぷりを見て感心した仲間たちからヤンヤの喝采を浴びせられたヨセフの勇名はたちまち海軍内に広まっていった。ところがこれが災いしたか、ノルウェーまでの遠洋航海の最中に、腕自慢の上官からボクシングの試合を持ちかけられてしまう。

 ヨセフはグローブを握るのは初めてだったが、上官と互角の打ち合いを演じたことでさらに男をあげた。そしてこの試合を観戦していた元ヘビー級ボクサーのビフ・クローリー(後にアラバマでプロモーターとして活躍)からボクシングの指導を受けるようになったことが彼の人生の進路を大きく変えることになった。

 一九二四年に海軍を除隊したヨセフは、プロボクサーとしてデビューするにあたって、当時東欧系のボクサーの間で流行していたアメリカ風のリングネームを用いることにした。そこで彼が考えたのは、尊敬する二人のボクサーの名前をミックスすることだった。

 ジャック・シャーキーの「ジャック」は時の世界ヘビー級ジャック・デンプシーから、そして「シャーキー」は「船乗りトム」の愛称で親しまれた元ヘビー級トップランカーのトム・シャーキーから拝借したものだ。


 デビュー戦こそ一ラウンドKO勝ちと華々しかったものの、経験が浅いにもかかわらず格上選手との対戦が多かったシャーキーは最初の二年間で十六勝五敗(三KO)と、あまりぱっとした活躍は出来なかった。それでも強い相手と戦うことで、実戦形式で技術を学べたことは大きな財産となった。

 根が起用でクレバーなシャーキーは見る見るうちに腕を上げ、プロ入り三年目の一九二六年は九勝〇敗(三KO)と大躍進を遂げた。中でも十月十二日にブルックリン・ドジャースの本拠地、エベッツフィールドで行われたハリー・ウィルス戦は、シャーキーの名を全国区にするきっかけとなった。

 「ブラウンパンサー」の異名を取る黒人強豪ハリー・ウィルスは、デンプシーの最大のライバルと言われ続けながら、人種の壁に阻まれ対戦の機会を逃してきた悲運のボクサーだった。すでに三十八歳とピークを過ぎた感があるものの、過去七年間敗北の味を知らず、体格も一八三センチ八十五キロのシャーキーと比べると二周りほども大きい。

 ところが「老いた黒豹」はフットワークのいいシャーキーを捉え切れなかった。序盤からシャーキーの左ジャブと右ストレートに苦しめられたウィルスは劣勢が続き、もはや誰の目にも勝ち目がないとわかった十三ラウンド、捨て鉢になって振るったバックハンドブローで反則を取られ、あえなく失格負けとなった。

 この勝利によって、一躍シャーキーの名は新チャンピオンであるジーン・タニーの対戦者候補として浮上した。


 シャーキーが打撃戦重視のヘビー級にあってフットワークに主眼を置いたのは、ライト級の名チャンピオン、ジョー・ガンスの代名詞だった「ロング・ジョルト」と称される左ジャブに魅せられていたからである。

 通常のジャブでは蹴り足はキャンバスに触れたままだが、ガンスは短距離のスタートのようにキャンバスを蹴った勢いで滑るように相手に向かって飛び込んでゆくため、射程距離が長く拳に全体重がかかっているぶん、威力も大きかった。

 ヘビー級としては非力な部類に入るシャーキーは、このジャブをマスターすることでパワーのハンデを補い、この階級にしては珍しいボクサーファイターとして独自の地位を築いていったのだ。

 ガンスほどのシャープさはなかったものの、ロングレンジからも打てる速く強いジャブは鈍重なヘビー級ボクサーには非常に有効だった。

 ウィルス戦の後、元世界ライトヘビー級チャンピオン、マイク・ミクティーグ戦を含む三試合を全てKOで片付けたシャーキーは、いよいよタニーへの挑戦権を賭けて憧れのジャック・デンプシーとヤンキースタジアムで対戦することになった(一九二七年七月二十一日)。

 ファイトマネーはノンタイトル戦にもかかわらず自身最高の二十一万一千ドル。これはヘビー級チャンピオンクラスの報酬である。やはりデンプシーのネームバリューは絶対的なものがあった。

 デンプシーにとってはタニーとのリターンマッチに備えてのチューンナップのつもりだったこの試合、進境著しいシャーキーのフットワークに苦しめられ、六ラウンドまでは全く手も足も出なかった。しかし、デンプシーには奥の手があった。七ラウンドからはクリンチの間隙を縫って執拗なローブローでシャーキーの足を止める作戦に出たのだ。

 反則の名手でもあるデンプシーはレフェリーの死角から巧みに打ってくるため、たまりかねたシャーキーがレフェリーに抗議しようと視線を逸らした瞬間、デンプシーの左フックが顎を直撃。シャーキーは前のめりに倒れてそのままカウントアウトされてしまった。

 正義感が強く真面目なシャーキーに対して、酒場での命を張った喧嘩ファイトを勝ち抜いてきたデンプシーには勝つためには手段を選ばない非情さがあった。


 大金星は逃したものの、元世界ライトヘビー級チャンピオン、ジャック・デラニーを一ラウンドでKOしたのをはじめ、史上第二位の通算KO記録を持つヤング・ストリブリングにも判定勝ちと順調に勝ち星を重ねたシャーキーは一九二九年九月二十六日、世界への前哨戦としてトミー・ラグランの持つ全米ヘビー級タイトルに挑戦することとなった。

 元世界ライトヘビー級チャンピオンのトミー・ラグランは「フィラデルフィアの幽霊」の異名を取るこの時代随一のテクニシャンで、相手にほとんど打たせないことからこう呼ばれるようになった。

 ラグランの犠牲者の中には、ミッキー・ウォーカー、ハリー・グレブ、マイク・ミクティーグ、ジョルジュ・カルパンティエ、ジム・ブラドックといったチャンピオンクラスがずらりと並んでいるが、現役ヘビー級チャンピオンのジーン・タニーとも引き分けていることから、現在のところ最もヘビー級王座に近い男と目されていた。

 ヘビー級の中でもスピードにかけてはトップクラスのシャーキーといえども、“幽霊”を捉えるのは容易なことではなかった。

 ダブル、トリプルとジャブを放っては左右に回り込んでくるラグランの前に、得意の右は空を切り続ける。バックステップ、スウエーバック、ダッキングと全ての動作が実に優雅なラグランは、まるでディフェンスの模範演技を見せているようだった。

 ラグランのワンサイドで進んだ第三ラウンド、ラグランがロープを背負った瞬間、大きなストライドで踏み込んだシャーキーが身体ごと飛び込むように放った右ストレートがスウェーで避けようとしたラグランのがら空きの顎に突き刺さった。

 これまで紙一重でシャーキーのパンチを見切っていたラグランは、拳一つ深く食い込んできたストレートをまともに浴び、驚愕の表情を浮かべたままキャンバスに崩れ落ちた。一度は立ち上がったものの、リングに背を向けコーナーにもたれかかったところで、レフェリーストップ。「ロング・ジョルト」の右ストレート版ともいえる見事なワンパンチKOだった。

 アップライトスタイルのラグランのディフェンスは、フットワークと卓越した動体視力に依存しているためアームブロックはさほど堅固ではない。クレバーなシャーキーはラグランがスウェーでしか逃げられないコーナーに追い込んでから、射程を修正した右をガードの隙間に叩き込み、ディフェンスの達人を仕留めたのだ。

 過去、肋骨を痛めて途中棄権した以外にKO負けのないラグランにとって、これが実質的に初のKO負けだった。

 

 一九三〇年六月十二日、MSGでタニー引退のために空位となった世界ヘビー級王座の決定戦が行われた。この試合、欧州ヘビー級チャンピオン、マックス・シュメリングの強打を封じ、シャーキーが着々とポイントを重ねていたが、四ラウンドにシャーキーのローブローを受けたシュメリングがしゃがみこんだまま戦闘を再開しなかったため、シュメリングがたなぼたの反則勝ちで世界チャンピオンになるという椿事となった。

 デンプシー戦に続いて大魚を逃したシャーキーは、再起をかけた一年後のミッキー・ウォーカー戦でも二階級下の小兵にかき回され、分の悪い引き分けという失態を演じてしまった。

 このようにシャーキーは非常に試合ムラの多いボクサーだった。理詰めのアウトボクシングが身上の彼は、ヘビー級にしては迫力不足は否めないものの、安全運転に徹すればジーン・タニーのように確実性が高かった。一方でデンプシーやウォーカーのようなラフファイターに変則的なボクシングをされると意外なもろさを見せた。

 ウォーカー戦から三ヶ月後のプリモ・カルネラ戦は、アメリカのリングでは三十一勝一敗(二十八KO)と驚異的な戦績を誇る「動くアルプス」を自慢のアウトボクシングで翻弄し、四ラウンドには三十キロ近く体重の違う巨人からダウンまで奪う会心の勝利だった。

 これでスター戦線に返り咲いたシャーキーは、一九三二年六月十二日、宿敵シュメリングとのリターンマッチにこぎつけた。

 これが二度目の防衛戦となるシュメリングは、王者の貫禄もつき二年前とは違っていた。前回の対戦ではシャーキーのジャブと右ストレートに苦しめられたが、二度目の対戦ではジャブをヘッドスリップでかわしながら左を合わせることでシャーキーの踏み込みを抑え、右ストレートを上手く回避していた。

 最終ラウンドを除いてはあまり派手な打ち合いもなく、ややシュメリング優勢のまま試合は終了したが、結果は意外にも二対一のスプリットでシャーキーに上がった。

 もし、シャーキーに八対七とつけた副審のジョージ・ケリーがシャーキーに与えたラウンドの一つでもイーブンにしていれば、シュメリングの引き分け防衛となっていたほど際どい判定だったが、客観的に見て、悪くても引き分けが妥当な線で、シャーキーはチャレンジャーにしては全体を通じて消極的だったように思う。

 待望の世界チャンピオンの座に就きながら、今ひとつ人気が出なかったのも、ホームタウンデシジョンの恩恵と見る向きが多かったからだ。そのせいか、シャーキーは生涯デンプシー戦以上の報酬を手にすることが出来なかった。


 一年後、かつて一蹴したプリモ・カルネラとの防衛戦で、優勢に進めながら六ラウンドに右アッパー一発で逆転KO負けしてからというもの、シャーキーのボクシングは急にキレを失い、負けが込み始めた。

 ラストファイトとなった一九三六年八月十六日のジョー・ルイス戦では、ジャブもフットワークも別人のようになったシャーキーが「褐色の爆撃機」の猛爆を浴び続け、四ラウンドで撃沈されてゆく姿は、ジェス・ウイラード以降、約二十年にわたって白人王者が君臨し続けてきたヘビー級という聖域の門番が力尽きて倒れこんだ象徴的なシーンだった。

 勝つことはできなかったが、デンプシー、ルイスという一時代を築いたスーパースターとグローブを交えたのはシャーキーだけである。伝説的な強打者と本気で殴り合えたことは彼のボクシング人生の中では宝だったに違いない。


 引退後はボストンでバーを経営するかたわら、レフェリーや公式行事の参加などで時折、人々の前に顔を見せていたが、一九六〇年代には趣味の釣りが高じて、釣り番組の講師として人気を博するようになった。手先が器用だったシャーキーはルアーフィッシングの世界ではひとかどの人物になっていたのだ。

 同時代の世界チャンピオンの中では地味な存在に甘んじていたが、引退後も多忙な日々を送ったシャーキーは九十一歳で大往生を遂げている。これは歴代ヘビー級チャンピオンの中では、シュメリングの九十九歳につぐ史上二番目の高齢である。十一年後に天に召されたシュメリングは、シャーキーにこう言ったことだろう。

「ジャック、やっぱり俺の勝ちだったろ」

 生涯戦績37勝13敗(13KO)3分

シャーキーはボビングやローリングを交えながら足を使ってジャブで突破口を見出そうとする堅実なボクシングが身上だったが、彼の時代のヘビー級でここまでジャブを効果的に使えたボクサーはいなかった。唯一の難点は打ち終わった後のガードが甘いことだろう。そこを狡猾なデンプシーにつかれ、カルネラのアッパーを不用意にもらったのは残念だった。

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