Scene6:結論なき閉会 ――「次回に持ち越し」
洞窟の空気が、静かに冷えていく。
先ほどまでの議論の熱――いや、ぬるさ――が
少しずつ石の壁に吸い込まれていった。
アメーバが、ぬめる体を伸ばし、壁に粘液で記す。
《議題:変化について。》
《結論:未定。》
《次回検討。》
淡い光の文字が、ゆっくりと滲みながら沈んでいく。
議題は溶け、記録は湿り、そして意味は曖昧に残った。
スラ・グレイが、洞窟の中央で小さく跳ねた。
スラ・グレイ:「今日も、有意義な議論だった。……たぶん。」
ロジ=スラ:「“有意義”の定義が不明だ。」
ミュコ:「まあまあ、湿ってたし、悪くはない。」
バーン:「次こそ、ちゃんと変えるぞ!」
スラ・グレイ:「その意気は……いつまでも大事だ。」
そして、誰もが少しずつ形を崩しはじめた。
体をゆるめ、溶けるように床へ沈み、
やがて洞窟の湿度の一部へと還っていく。
《退席記録:スラ・グレイ、ロジ=スラ、ミュコ、バーン → 消散確認》
音は少なく、動きは穏やか。
ぬるい秩序の終わり方だった。
そして、ただ一匹――
ピュレだけが、まだ溶けずに残っていた。
小さな体が、洞窟の出口のほうへ向く。
そこには、外の光。
まだ遠く、まだ淡く、
けれど確かに“外”の光だった。
ピュレは、その光をじっと見つめた。
身体がわずかに透けて、光を受け取る。
柔らかい輪郭が、ゆらりと震えた。
ピュレ(小声で):「……たぶん、また、来よう。」
洞窟の中に、静寂だけが残る。
水滴がひとつ、ぽちゃんと落ちた。
その音が、まるで議事録の最後の一行のように響く。
《第1278回スライム会議、閉会。》
《結論:なし。》
《波紋:微弱。》
外の光が、ゆっくりと差し込んだ。
その光は、ピュレの残したぬめりを淡く照らしていた。
ナレーション(エピローグ調)
「こうして、スライムたちの会議はまた“次回に持ち越し”となった。
けれど――
もし、変化というものが一滴の波紋から始まるのだとしたら。
その波紋は、今も洞窟のどこかで揺れている。
とても、ぬるく。
とても、やさしく。」




