Scene5:ピュレの問い ――「ぬるい衝撃」
洞窟の中に、長い沈黙があった。
それは音のない時間――
いや、スライムたちが考えようとしている時間だった。
ぴちゃん、と水滴が一つ落ちる。
その波紋の中で、ピュレの身体がふわりと光る。
青く、かすかに、息のように。
ピュレ:「ねえ……」
小さな声。
けれど、その響きは洞窟全体に広がった。
まるで、水面を撫でる風のように。
ピュレ:「どうして、ぼくらは“弱いまま”じゃいけないの?」
――波紋が広がる。
音もなく、光だけが震えた。
バーンが口を開きかけた。
「そ、それは――」
だが、言葉が出なかった。
熱だけが立ち上がり、空気をゆらした。
ロジ=スラは一瞬、思考の形を作ろうとした。
だが、理屈が粘液に溶けて消える。
“定義”の前に、心が沈黙した。
ミュコは、目を閉じたように身体をゆるめる。
「……ああ、昔も、そんな問いをしたスライムがいたな。」
「どうなったの?」ピュレが尋ねる。
「蒸発したよ。でも、綺麗だった。」
スラ・グレイは、ゆっくりと体を持ち上げる。
洞窟の光を受けて、灰色の身体が淡く揺れる。
その声は、ぬるく、やさしく、どこか頼りない。
スラ・グレイ:「弱いことにも、意味があるんだよ……たぶんね。」
ピュレ:「……たぶん、か。」
沈黙。
水滴の音が落ちるたびに、
洞窟の空気が少しずつ揺れた。
誰も何も言わない。
けれどその沈黙は、これまでのどんな叫びよりも“熱かった”。
バーンは小さく震え、
ロジ=スラはメモを取るのをやめ、
ミュコはほんの少し、笑ったように形を崩した。
スラ・グレイ:「……今日は、これくらいにしよう。」
アメーバが壁に記録する。
《第1278回スライム会議:終了》
《決議事項:なし》
《変化:……あるかもしれない》
ピュレの身体が、ほのかに光を残したまま、
静かに地面に溶けていった。
洞窟の外では、夜明けが始まっていた。
誰もそれを知らない。
けれど、確かに何かが――
ぬるく、ゆっくりと、変わりはじめていた。
エピローグ的余韻
ナレーション:
「第1279回スライム会議の議題は――
『弱さの定義について(仮)』だった。
それが進歩かどうかは、誰にもわからない。
でも、“たぶん”――それでいいのだ。」




