Scene3:各自の主張 ――「ぬめる意見交換」
洞窟の中央では、スラ・グレイが静かに波打ち、
「それでは……各自の意見を聞こうか」と一言。
音もなく、粘度の高い空気が広がる。
――スライムたちの会議、それは“沈黙から始まる対話”である。
最初にぺらりと手(?)を上げたのはロジ=スラだった。
体の端が紙のようにめくれ、粘液メモがぱさっと垂れる。
ロジ=スラ:「まず、“最弱”という言葉の定義を明確にしよう。」
バーン:「お、出たな理屈スライム。」
ロジ=スラ:「我々が“生物的に”最弱なのか、“社会的に”最弱なのか――この違いは大きい。」
「……」
空気が止まる。
洞窟の水滴すら、落ちるのをためらっているようだった。
ロジ=スラ:「例えば、物理的な強度なら岩スライムが上だ。
だが社会的階層では……」
ミュコ:「わし、もう固まってきたわ。」
バーン:「おれも……熱で蒸発しそう……」
ロジ=スラ:「話を最後まで――」
スラ・グレイ:「落ち着けロジ=スラ、議論はゆっくり煮込むものだ。」
ロジ=スラ:「今、比喩的にも物理的にも煮詰まりつつあるんだが。」
次に、古スライムのミュコがとろりと声を上げた。
ミュコ:「昔はよかった。勇者もまだ柔らかかった。
あいつら、攻撃するときもちゃんと“手加減”してくれたもんだ。」
バーン:「いや、それただのチュートリアル時代の話じゃ――」
ミュコ:「湿度も安定してた。今は乾燥しすぎだ。
まったく、これじゃ若いスライムが育たん。」
ロジ=スラ:「話が気象に逸脱した。」
ミュコ:「気象が心を作るんだよ、理屈スライム。」
スラ・グレイは静かにうなずく。
「確かに、乾燥は敵だ。あらゆる議論をカサカサにする。」
次に前へと跳ね出たのはバーンだった。
体温が上昇し、辺りの空気が一気に熱を帯びる。
バーン:「俺はもう決めてる! 踏まれたら、跳ね返すんだ!!」
ミュコ:「湯気が目にしみる……」
ロジ=スラ:「物理反射理論か。だが我々に“弾性”は――」
バーン:「理屈はいい! 熱だ! 魂だ!」
洞窟の壁がじゅっと音を立てて溶ける。
水蒸気が上がり、スライムたちが一斉に後退した。
スラ・グレイ:「バーン、落ち着け。おまえ、今沸騰してる。」
議長は体の一部をちぎり取り、ぴちゃっとバーンに投げた。
水飛沫のように当たり、じゅっと音を立てて冷える。
バーン:「……すまん。少し熱くなった。」
スラ・グレイ:「スライムの本分だ。だが焦げるな。」
静まり返った中、ぽつりと小さな声が響いた。
ピュレだ。
透明に近い身体を、かすかに震わせながら。
ピュレ:「ぼく、まだ柔らかいけど……
変わってみたいんだ。」
空気が――変わった。
洞窟の中の光が、ほんの一瞬、澄んだように見えた。
誰も、すぐには何も言えなかった。
ミュコ:「……柔らかいってのは、いいもんだな。」
ロジ=スラ:「定義不能だが、興味深い発言だ。」
バーン:「お、おう……なんか……熱くなった。」
スラ・グレイは静かに頷く。
「柔らかい心ほど、形を変えやすい。
だが、形を変える勇気は……誰よりも強い。」
再び、洞窟に水滴の音が落ちる。
その一滴が、まるで“革命の音”のように響いた。
《議事進行:全員発言完了。理解率――たぶん30%。》
アメーバの記録が壁に光る。
誰も正確には理解していない。
けれど、ピュレの言葉だけが、どこか胸(という器官があるなら)に残っていた。




