Scene3:議会の崩壊 ――「定義の熱」
洞窟の中央。
光苔のかすかな明滅の下、
スライムたちが半円状に集まっていた。
その中央で、議長スラ・グレイが静かに跳ねる。
「……諸君、議会を始めよう。」
彼の声は、いつものように穏やかで湿っていた。
だがその湿りには、どこかひび割れが混じっている。
アメーバ書記がぬるりと壁に文字を描く。
《臨時会議:議題「外への出発について」》
その粘液の線が揺れ終わる前に――
ロジ=スラが、前へとにじり出た。
体の内側から紙のような膜を取り出す。
それは溶けかけた文字で満たされていた。
「議長、発言を許可してほしい。」
「許可する。」
ロジ=スラはわずかに核を光らせ、声を強める。
「外への出発は、規約第七条における“集合粘性”の維持義務に反する。
つまり、群体としての同一性を損なう行為だ。
よって、これは明確な規約違反だ。」
静寂。
洞窟の壁が、その論理をゆっくりと吸い込んでいく。
湿った空気が、急に冷たく感じられた。
ピュレが小さく光る。
声は震えていたが、確かな温度を持っていた。
「じゃあ、ぼくたちは永遠にここにいろっていうの?」
ロジ=スラの核がぴくりと動く。
「“永遠”という語の定義を――」
「やめろ。」
スラ・グレイの声が、空気を切った。
その音は、いつものぬめりを欠いていた。
乾いていた。
まるで、洞窟の中に“外の風”が一瞬吹き込んだように。
スライムたちが凍る。
その静寂の中で、スラ・グレイはゆっくりと続けた。
「……この件は、保留とする。
議会は続行しない。」
アメーバが壁に書く。
《議題:外界とスライム。結論:保留。》
その文字の線がわずかに乾いて、
光を反射した。
“検討中”が、“拒否”へ変わる瞬間。
湿度がひとつ、洞窟から逃げていった。
そして――
その乾きを、誰も取り戻そうとしなかった。




