Scene2:止める者たち ――「伝統の粘度」
洞窟の入り口――
そこには、夜明け前の湿った闇と、外の乾いた気配の境界があった。
ピュレはその狭間に立っていた。
体の奥で、小さな光がぽうっと灯り、
まるで「外」という未知の風を呼吸しようとしているようだった。
だが、その前に――
ぬるり、と何かが広がる。
ミュコ。
古いスライムのひとりで、色は灰と苔のあいだ。
彼の体は時間そのもののように重く、
動くたびに過去の記憶が波紋のように滲み出る。
「外は乾いとる。出たら、戻れん。」
その声はまるで、洞窟の壁が語るようだった。
湿った忠告。
乾きを知ることを、まるで禁忌のように扱う。
ピュレは震えながら、それでも前へとにじる。
「それでも……確かめたいんだ。
外が、ほんとうに乾いてるのかどうかを。」
ミュコは長い沈黙ののち、ため息のように泡を吐いた。
「確かめるも何も、わしらはここでぬめっておればええ。
湿りがある。それで充分じゃ。」
その声に、他の古スライムたちが呼応する。
どろり、どろりと体を伸ばし、道を塞ぐ。
ピュレの前には、厚い“ぬめりの壁”。
それは攻撃ではない――
伝統そのものの形だった。
彼らの体が、ピュレに微かに触れる。
温度も、感触も、優しい。
けれどその優しさは、
まるで「同じであれ」と命じるように重い。
じわり、とピュレの輪郭が溶ける。
同化の圧力。
ひとつの世界に戻そうとする、無言の引力。
ピュレ:「……でも、ぼく、まだ柔らかいから。
きっと、まだ変われると思うんだ。」
声は小さく、それでも確かに響いた。
古スライムたちは何も言わなかった。
ただその言葉が触れた部分が、かすかに泡立ち――
消えていった。
洞窟の奥で、水音が一つ。
それはまるで、遠い昔のスライムたちのため息のようだった。




