Scene3:波紋 ――「希望という異物」
洞窟の空気が、少しだけ動いた。
リム=ブルーの言葉が消えても、
その残響はまだ、どこかで震えている。
ピュレが、小さく声を漏らした。
「ぼくも……見てみたい。
外の光も、“本”ってやつも。」
その瞳(核)は、淡い青で揺れていた。
まるで洞窟の天井に映る反射光を、心の中に閉じ込めたように。
ロジ=スラの声が、静かに響く。
乾いた論理が、冷たい水のように流れた。
「それは“外のスライム”の話だ。
我々ではない。
他者の物語を羨んでも、自分は変わらない。」
その言葉は正しい。
洞窟で生き延びるための、
“生存の理屈”としては。
だが、ピュレの核はそれを拒まなかった。
ただ、少しだけ震えていた。
ミュコが、長い沈黙ののちに呟く。
「……だが、夢を見るのはええことじゃ。」
その声は、湿った苔のようにやさしく響いた。
リム=ブルーが微笑む。
「夢を見られる奴は、まだ湿ってる証拠さ。」
沈黙。
洞窟の天井から、水滴が一つ、落ちる。
その音が、不思議とやわらかく聞こえた。
誰もそれを破らなかった。
ロジ=スラ:「……湿り、か。」
ミュコ:「忘れとったんじゃろうな。夢も、湿りも。」
スラ・グレイ:「……そうだな。だが、忘れたものは、思い出せる。」
ほんのわずかに、空気が軽くなった。
洞窟の奥の水面が、光を受けて揺れる。
その揺らぎが――まるで、希望の形をしているように見えた。
それはまだ脆く、曖昧で、
触れれば壊れてしまう泡のような“希望”。
だが確かに、そこに湿度の変化が生まれていた。




