Scene2:語られる“もう一つの世界” ――「物語のスライム」
洞窟の奥。
水滴が一つ、静かに落ちる。
その音の余韻の中で、リム=ブルーの声が響いた。
「人間の世界では、“スライム”が主人公の物語があるんだ。」
スライムたちは、ぴたりと動きを止めた。
ミュコの触手がぴくりと震え、ロジ=スラの核がわずかに光る。
リム=ブルーは、乾きかけた身体を揺らしながら、続けた。
「倒される側じゃなく、始まりの存在として描かれてる。
“弱いままでも、笑っていられるスライム”が、そこにはいた。」
その言葉は、
まるで洞窟の奥の水面に投げ込まれた光の滴のように、
ゆっくりと波紋を広げていく。
ピュレが、声を上げた。
「ほんとに? そんなスライムが……!」
彼の体が、ふわりと透き通る。
感情がそのまま体の輝きになる。
ロジ=スラが、理知的な声で割り込んだ。
「情報源は信頼できるのか?
具体的な一次資料を提示してほしい。」
リム=ブルー:「“本”っていうんだ。乾いた紙の塊。
人間はそれに物語を詰める。」
ロジ=スラ:「乾いた……紙に? 湿度のない物質に言葉を?」
ミュコ:「紙……乾いとるのに、湿った話とはのう。」
ミュコの呟きに、誰も笑わなかった。
ただ、その言葉が、洞窟の中で柔らかく溶けていく。
リム=ブルーは静かに目を閉じる。
「あの世界では、スライムが笑ってる。
踏まれても、干からびても、また形を取り戻して生きるんだ。
人間たちは、それを“勇気”と呼んでいた。」
ピュレ:「……ぼくたちのこと、勇気って呼ぶんだ……」
スラ・グレイが微かに息を漏らす。
「勇気、か。
ここじゃ“危険行為”って呼ばれるな。」
淡い笑いが起きた。
けれどその笑いには、どこか温かい湿り気があった。
洞窟の天井に反射する光が、
水面を通して揺れる。
その光の波が、まるで“言葉”のように、
一匹一匹の身体に映りこむ。
外界の存在――人間の言葉――が、
初めてこの場所に現実の影を落とした瞬間だった。




