Scene4:報告と分析 ――「ぬめる弔い」
数日後。
洞窟の空気は、少しだけ乾いていた。
いつもよりも水滴の音が軽い。
湿度のどこかに、誰かがいなくなった痕があった。
スライム会議、第1279回。
入口のそばに、黒く乾いた薄膜が残っている。
それは、バーンの“跡”だった。
スラ・グレイは、その薄膜の前で立ち止まった。
正確には――“立ち止まる”というより、
体の底をそっと平らにして、見つめるように。
スラ・グレイ:「……諸君。バーンは、外へ出た。」
ぴちゃり、と音が返る。
空気の中に、ほんの少し沈黙が混じった。
ミュコ:「無謀じゃ。外は湿っておらん。
あやつのような若造が乾くのも、時間の問題じゃった。」
ロジ=スラ:「彼の行為を“反乱”と定義するには根拠が足りない。
個体的衝動にすぎない。組織的意図も、成果もない。」
ミュコ:「ほれみい、定義すら残らん。」
その言葉の合間に、ピュレが小さく震えた。
透明な体の奥で、微かな光が滲む。
ピュレ:「でも……バーンさん、かっこよかった。
ぼくたちができなかったことを、やろうとしたんだ。」
静かに波紋が広がる。
誰もすぐには、言葉を返せなかった。
スラ・グレイはゆっくりと、乾いた膜を見つめる。
それは、まるで薄いガラス片のように透けていた。
触れれば、粉になって消えてしまいそうだった。
スラ・グレイ:「……そうか。
たぶん、あいつは“間違って”いなかったのかもしれない。」
洞窟の空気が、わずかに湿った。
それは、涙のようで、結露のようで、
誰のものともわからない“感情の湿度”だった。
ロジ=スラが、淡々とまとめようとする。
「議事録にはどう記録すべきか。“行動的逸脱”か、“独立的変化”か。」
スラ・グレイ:「……記録しなくていい。
たぶん、こういうのは、湿度が覚えてくれる。」
ピュレは黙ってうなずいた。
洞窟の壁のしずくが、一粒、静かに落ちる。
その音が、まるで弔鐘のように響いた。




