第一幕:集結 ――「最弱たちの声」Scene1:開会前のざわめき ――「ぬめる集合」
洞窟の奥。
ぽちゃん、ぽちゃん、と水滴の音が一定のリズムで響く。
世界でいちばんゆっくりした鼓動みたいだ。
暗闇の中に、もぞ……と光がにじむ。
青く、灰色に、黄緑に。
それはスライムたちの身体。
彼らは今日も、地面をぬるぬると滑りながら集まってくる。
壁の一角では、半透明のアメーバがうねうねと腕を伸ばしていた。
その動きに合わせて、粘液の跡が壁に浮かび上がる。
《会議:第1278回 議題「我々はいつまで踏まれ続けるのか?」》
そう、これは“スライム会議”。
1278回目――つまり、1277回は何も決まらなかったということだ。
「ふぁぁぁぁ……」
とろとろとした声が聞こえる。
古スライムのミュコだ。
身体の表面はひび割れ気味で、動くたびにゼラチン質の音がする。
「あの頃はもっと湿ってたなあ……。
今の洞窟は乾いてる、文明の終わりだよ。」
到着早々、湿度への不満である。
「湿度より革命をだな!」
と、赤みがかったスライムがぷるんと弾ける。
熱血スライム・バーン。
温度が高すぎて、周囲の空気が少し湯気を立てている。
「今日こそ変えるぞ! このぬるい現状をっ!!」
「うるさい、蒸発するぞ」と誰かの声。
そこへ、ぺらぺらと紙のように薄いスライムが滑り込む。
ロジ=スラだ。
半分だけ固体化した身体に、手書きのメモ(※粘液製)を貼りつけている。
「議題は確認済み。議論の前提条件を定義しておこうと思ってね。」
「おまえ、それ溶けてるぞ」
「理論は、形より中身が大事なんだ。」
メモの半分はすでに読めなくなっていた。
最後に、小さなスライムがとことこと転がってくる。
透明に近い身体が、洞窟の光を反射してきらりと光った。
若スライム・ピュレだ。
「あ、あの……これ、初めてなんです。会議。」
「おお、新入りか。気をつけろよ、しゃべりすぎると溶けるぞ。」
バーンが威勢よく言う。
ピュレはびくっと震え、さらに透明になる。
静かな時間が流れる。
誰もが少しずつ“形を整え”、呼吸のように体表を波打たせている。
この時間が好きな者もいる。
変わらない湿度、変わらない仲間、変わらない不満。
――ここには、安心と諦めがぬるく共存していた。
アメーバが壁の最後の一筆を描き終える。
《全員集合確認。議長到着待ち。》
その文字が光る。
洞窟の空気が、わずかに重たく沈む。
バーン:「よし、ついに始まるな!」
ミュコ:「始まっても終わらんさ。いつものことだ。」
ロジ=スラ:「終わらない会議こそ、我々の伝統だ。」
ピュレ:「……ぼく、ちょっと緊張してきた。」
――そのとき、洞窟の奥から柔らかい足音が響く。
「ぴちゃ……ぴちゃ……」
灰色の影が現れる。
議長スラ・グレイの到着だ。
スラ・グレイ:「諸君、定刻になった。……たぶん。」
その瞬間、会議が静かに始まった。
革命にならない革命の、最初の一滴が、音を立てた。




