現代版 落語 『芝浜 202X』/『芝浜202X 美香篇』
落語咄
(登場人物:3人/夫・妻・交番の警官 ※ほぼ夫婦二人芝居)
⸻
【登場人物】
•島崎 健太(40代):元・漁港勤め。酒癖悪く現在無職。実直だがダメ男。
•島崎 美香(30代後半):健太の妻。気丈でしっかり者。スーパーのパート勤務。
•交番の警官(音声のみ)
⸻
【第一場:早朝の家】
(暗転ののち、薄暗い部屋。健太が布団の中でうだうだ寝ている)
美香(台所から怒鳴る)
「ちょっと! 今日、ハローワーク行くって言ってたでしょ! 起きなさい!」
健太(布団から頭だけ出して)
「うーん……今日は、足がだるいんだよ……雨降るかもしんねえし……」
美香
「晴れてるわよ!! 雨が降るのは、あんたの未来でしょ!!」
(無理やり起こされ、コンビニのパンをもらって出ていく)
⸻
【第二場:浜辺(芝浦埠頭近く)】
(健太が缶コーヒーを飲みながらぼんやり海を眺めている)
健太
「はぁ……働かなくても、誰か金くれねえかな……」
(ふと足元を見ると、ブランド物の財布)
健太
「おっ?……な、なんだこれ……えっ、札束……え?マジで?……100万以上あるぞ、これ……!」
(少し周囲を見回し、急いで家へ戻る)
⸻
【第三場:帰宅・興奮】
健太(玄関をガラガラと開け)
「なあ、美香ァ! すげぇもん拾った!! これ見てくれ、札束!!」
美香(絶句)
「……なにこれ? え、どこで?」
健太
「芝浦のあたり。誰もいなかったし、ラッキーだろ?」
美香
「ちょ、待って。交番に届けないと――」
健太
「ばっかお前、これでようやくうまいもん食えるんだぞ? 明日から人生変わる!」
⸻
(※場面転換:健太は酒を買って飲みまくるシーンを早回し的に)
⸻
【第四場:朝の衝撃】
(朝。健太はソファで寝ている。美香が背中越しに語りかける)
美香(静かに)
「ねえ、昨日のこと……覚えてる?」
健太(寝ぼけながら)
「へ? あぁ、あの財布のことか? あれ、最高だったな……」
美香
「財布なんて……拾ってないよ。夢見てたんだと思う。
昨日も一日中寝てて、どこにも出かけてない」
健太
「……え?」
美香
「酒も買ってない。何もなかったの。
あんた、また夢の中で人生変えようとしてたのよ」
(沈黙)
健太
「……そうか……そうだよな……全部、夢だったんだよな……」
⸻
【第五場:3年後の夜】
(小さな食卓。夫婦並んで静かにおでんを食べている)
健太
「はー、あったまるな。こんな日が来るとはな……まさか、正社員になれるとは」
美香
「ちゃんと、起きて仕事行くようになったもんね」
健太
「なあ……あのときさ、本当に夢だったのかな」
(美香が箸を置いて、少しだけ笑う)
美香
「……夢じゃ、なかったよ。財布、本当に拾ってた。
中に名刺が入ってたから、あたしが交番に届けに行ったの。
あのままだと、あんたまた酒に溺れると思って――」
(健太、手が止まる)
健太
「……知ってたのか……
なんで……なんであのとき、ウソついた?」
美香
「だって……“夢だった”って言ったら、
本当に“夢のまま”にしてくれる気がしたんだもん。
あのときのあんたなら、やり直せるって」
(沈黙)
健太
「……ありがとな。
俺が変われたのは、夢の中でお前に叱られたからかもな」
(美香、小さく笑う)
美香
「なら、また夢見なさいよ。今度は、もっといい夢を」
⸻
(照明がゆっくり落ちる)
ナレーション(または字幕)
「――夢か、現か。
人が変わるのに必要なのは、ほんのひとつの“目覚め”だけ」
⸻
【終】
⸻
(朗読劇・一人芝居用脚本)
登場人物:美香(語り手/30代後半・夫を支えるしっかり者)
形式:モノローグ/回想形式/シンプルな舞台で演じられる構成
⸻
【舞台:小さな台所とちゃぶ台、冬の夜】
(スポットライト。美香が一人、湯気の立つ鍋を見つめながら語り出す)
⸻
美香
……うちの人ね、飲むとすぐ寝ちゃうのよ。
ぐでんぐでんに酔って、朝になっても起きない。
「もう辞める」って、何度言ったかねえ。
言っても無駄。怒鳴っても泣いても、
あの人の耳には届かないの。……酔ってるとね。
だけどある日、
――芝浦の浜辺で、財布拾ってきたのよ。
ピカピカのブランド物。中には、現金で百万円。
「おい、美香ァ! 大金だ、人生変わった!」って……
もうね、目がギラギラしてた。
私、最初は警察に届けようって言ったの。
でも、あの人、聞かない。
……こっそり、私が持ってったのよ、交番に。
交番の人が言ったわ。
「名前も連絡先も入ってるし、よく届けてくれました」って。
(少し沈黙)
それからのことは、
――私が“夢だった”ってことにしたの。
だって、あの人ね、夢の中では、ちゃんとしてたのよ。
夢の中で「酒やめる」って言って、目を覚まして……
それから三年、ほんとに酒、やめたのよ。
最初はびっくりしたけど……
人って、本当に変わるときってさ、
誰かに信じてもらったときなのかもね。
(ちゃぶ台に向かって、おでんをよそう)
今夜は、久しぶりに一緒にお酒。
三年ぶりだって、うれしそうにしてた。
……でも、私はもうわかってた。
あの人、もう酒がなくても、
生きていける人になってたのよ。
(ふと笑って)
財布のこと、今夜話すわ。
「夢じゃなかったのよ」って。
どんな顔するかしらね。
怒るかもね、笑うかな、泣くかな……
でも、きっと言うわ。
「――ありがとう。あれが“目覚め”だった」って。
(湯気の立つ鍋を見つめながら)
夢の中で変わったあの人が、
今こうして目の前で、おでん食べて笑ってる。
……それが、私の現実。
(静かに)
芝浜の噺って、あれね、
「夢で変わって、現実が救われる」話なのよ。
――うちの人もそうだった。
あの“夢”が、うちの家族を、救ったの。
(ちゃぶ台の前に座り、湯呑を置いて)
さ、あったまったら、帰ってくる頃だわ。
おかえりって、ちゃんと言おう。
夢じゃなくて、今日のあの人に。
(照明、ゆっくり暗転)
⸻
【終】
⸻
落語咄