表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落語咄  作者: 櫻井 蒼士
9/12

現代版 落語 『芝浜 202X』/『芝浜202X 美香篇』

落語咄

(登場人物:3人/夫・妻・交番の警官 ※ほぼ夫婦二人芝居)



【登場人物】

•島崎 健太(40代):元・漁港勤め。酒癖悪く現在無職。実直だがダメ男。

•島崎 美香(30代後半):健太の妻。気丈でしっかり者。スーパーのパート勤務。

•交番の警官(音声のみ)



【第一場:早朝の家】


(暗転ののち、薄暗い部屋。健太が布団の中でうだうだ寝ている)


美香(台所から怒鳴る)

「ちょっと! 今日、ハローワーク行くって言ってたでしょ! 起きなさい!」


健太(布団から頭だけ出して)

「うーん……今日は、足がだるいんだよ……雨降るかもしんねえし……」


美香

「晴れてるわよ!! 雨が降るのは、あんたの未来でしょ!!」


(無理やり起こされ、コンビニのパンをもらって出ていく)



【第二場:浜辺(芝浦埠頭近く)】


(健太が缶コーヒーを飲みながらぼんやり海を眺めている)


健太

「はぁ……働かなくても、誰か金くれねえかな……」


(ふと足元を見ると、ブランド物の財布)


健太

「おっ?……な、なんだこれ……えっ、札束……え?マジで?……100万以上あるぞ、これ……!」


(少し周囲を見回し、急いで家へ戻る)



【第三場:帰宅・興奮】


健太(玄関をガラガラと開け)

「なあ、美香ァ! すげぇもん拾った!! これ見てくれ、札束!!」


美香(絶句)

「……なにこれ? え、どこで?」


健太

「芝浦のあたり。誰もいなかったし、ラッキーだろ?」


美香

「ちょ、待って。交番に届けないと――」


健太

「ばっかお前、これでようやくうまいもん食えるんだぞ? 明日から人生変わる!」



(※場面転換:健太は酒を買って飲みまくるシーンを早回し的に)



【第四場:朝の衝撃】


(朝。健太はソファで寝ている。美香が背中越しに語りかける)


美香(静かに)

「ねえ、昨日のこと……覚えてる?」


健太(寝ぼけながら)

「へ? あぁ、あの財布のことか? あれ、最高だったな……」


美香

「財布なんて……拾ってないよ。夢見てたんだと思う。

 昨日も一日中寝てて、どこにも出かけてない」


健太フリーズ

「……え?」


美香

「酒も買ってない。何もなかったの。

 あんた、また夢の中で人生変えようとしてたのよ」


(沈黙)


健太

「……そうか……そうだよな……全部、夢だったんだよな……」



【第五場:3年後の夜】


(小さな食卓。夫婦並んで静かにおでんを食べている)


健太にこやかに

「はー、あったまるな。こんな日が来るとはな……まさか、正社員になれるとは」


美香

「ちゃんと、起きて仕事行くようになったもんね」


健太

「なあ……あのときさ、本当に夢だったのかな」


(美香が箸を置いて、少しだけ笑う)


美香

「……夢じゃ、なかったよ。財布、本当に拾ってた。

 中に名刺が入ってたから、あたしが交番に届けに行ったの。

 あのままだと、あんたまた酒に溺れると思って――」


(健太、手が止まる)


健太

「……知ってたのか……

 なんで……なんであのとき、ウソついた?」


美香

「だって……“夢だった”って言ったら、

 本当に“夢のまま”にしてくれる気がしたんだもん。

 あのときのあんたなら、やり直せるって」


(沈黙)


健太

「……ありがとな。

 俺が変われたのは、夢の中でお前に叱られたからかもな」


(美香、小さく笑う)


美香

「なら、また夢見なさいよ。今度は、もっといい夢を」



(照明がゆっくり落ちる)


ナレーション(または字幕)

「――夢か、うつつか。

 人が変わるのに必要なのは、ほんのひとつの“目覚め”だけ」



【終】




(朗読劇・一人芝居用脚本)

登場人物:美香(語り手/30代後半・夫を支えるしっかり者)

形式:モノローグ/回想形式/シンプルな舞台で演じられる構成



【舞台:小さな台所とちゃぶ台、冬の夜】


(スポットライト。美香が一人、湯気の立つ鍋を見つめながら語り出す)



美香ゆっくりと


……うちの人ね、飲むとすぐ寝ちゃうのよ。

ぐでんぐでんに酔って、朝になっても起きない。

「もう辞める」って、何度言ったかねえ。


言っても無駄。怒鳴っても泣いても、

あの人の耳には届かないの。……酔ってるとね。


だけどある日、

――芝浦の浜辺で、財布拾ってきたのよ。

ピカピカのブランド物。中には、現金で百万円。


「おい、美香ァ! 大金だ、人生変わった!」って……

もうね、目がギラギラしてた。


私、最初は警察に届けようって言ったの。

でも、あの人、聞かない。

……こっそり、私が持ってったのよ、交番に。


交番の人が言ったわ。

「名前も連絡先も入ってるし、よく届けてくれました」って。


(少し沈黙)


それからのことは、

――私が“夢だった”ってことにしたの。


だって、あの人ね、夢の中では、ちゃんとしてたのよ。

夢の中で「酒やめる」って言って、目を覚まして……

それから三年、ほんとに酒、やめたのよ。


最初はびっくりしたけど……

人って、本当に変わるときってさ、

誰かに信じてもらったときなのかもね。


(ちゃぶ台に向かって、おでんをよそう)


今夜は、久しぶりに一緒にお酒。

三年ぶりだって、うれしそうにしてた。

……でも、私はもうわかってた。


あの人、もう酒がなくても、

生きていける人になってたのよ。


(ふと笑って)


財布のこと、今夜話すわ。

「夢じゃなかったのよ」って。


どんな顔するかしらね。

怒るかもね、笑うかな、泣くかな……

でも、きっと言うわ。


「――ありがとう。あれが“目覚め”だった」って。


(湯気の立つ鍋を見つめながら)


夢の中で変わったあの人が、

今こうして目の前で、おでん食べて笑ってる。

……それが、私の現実。


(静かに)


芝浜の噺って、あれね、

「夢で変わって、現実が救われる」話なのよ。


――うちの人もそうだった。

あの“夢”が、うちの家族を、救ったの。


(ちゃぶ台の前に座り、湯呑を置いて)


さ、あったまったら、帰ってくる頃だわ。


おかえりって、ちゃんと言おう。

夢じゃなくて、今日のあの人に。


(照明、ゆっくり暗転)



【終】



落語咄

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ