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温かい箱  作者: 安永吉花
3/3

へなちょこカメラマンに桃尻の癒しを

ゴールデンウイークの昼下がり、リビングにクッキーの缶の箱を持って行くと母とコタロウが飛んできた。

「ママにも一個ちょうだい。コタはダメよ。」

芳美は娘にクッキーをねだるが、愛犬の柴犬コタロウには釘を刺す。

「クッキー入ってないよ。空き箱に写真入れてるの。コタロウの写真だけ。この缶に入れててさ。」

咲恵子の言葉に芳美はがっかりしたが、コタロウはまだ興味津々でにじり寄ってくる。

「オヤツじゃないよ!写真!しゃ・し・ん!食べられないから!ほらっ!」

リビングのテーブルに置いたクッキー詰め合わせの空き箱を勢いよく咲恵子が開けると、コタロウもずずいと箱の中身の匂いを嗅ごうと鼻先を近づけた。

クンクンクンクン!と激しく箱の中身を確認したコタロウ。

中身が食べ物ではないことを知ると、「フンッ!」と派手に鼻を鳴らしてお気に入りのソファーの上へ去って行った。

「だから言ったじゃん。もう!」

口ではそう言いながらも、内心では我がままで頑固なコタロウの柴犬らしさを可愛く思う咲恵子であった。


「ママー!午前中に荷物届かなかった?」

「玄関にあるわよ。何買ったの?」

「写真の整理しようと思ってアルバム買ったの。」

玄関から荷物を取ってリビングへ戻る咲恵子を、コタロウはソファーで寝ながら横目で見ていた。

省エネモードのコタロウを、咲恵子もまた横目でチラ見しながら、届いた荷物を開封した。

バリバリとガムテープを段ボール箱から剥がす音に、コタロウは一瞬驚いて顔だけ少し上げたが、どうせ食べ物じゃないだろうとでも言いたげに、またすぐにリラックスした寝姿に戻った。

「どんなの買ったの?」

芳美は覗き込むと驚いた。

「こんなに大きいの、三冊も買ったの?!」

「一冊に360枚入るから、三冊で千枚強!」

咲恵子は鼻息荒く答えた。

「そんなにポラロイドカメラで写真撮るの?そのアルバム、専用のでしょう?」

母は少し呆れ気味だった。

「そう!二冊はコタ専用!一冊はその他!」

「うわぁ、コタへの愛が暴走してるわね!」

母は微笑ましく思いながらも、娘の酔狂な振る舞いをからかった。

「何とでも言ってちょうだい!趣味なんだからいいでしょ!あ、ほら。洗濯機が呼んでるよ~。」

はいはい、と言いながら芳美は洗濯終了のメロディーが鳴る脱衣所へと向かった。


気を取り直して箱の中の写真を整理し始める咲恵子。

夏の青空を思わせる水色の缶の箱には向日葵があしらわれている。

箱にはちょうど50枚の写真。5パック分のフィルムでコタロウばかり撮った。

朝夕の散歩の時には、必ずポラロイドカメラを首から下げて行く。

咲恵子にとって三か月前に買ったポラロイドカメラは、お水やオヤツと並ぶ、お散歩セットの一つになっている。


「あ、これは今朝のか。日付忘れてる。」

写真の下の空白に「2025年5月4日 カフェの前で全力拒否柴」と書いた。

そこには、前足を突っ張って無理に伏せをしようとして、リードに引っ張られた首輪で、顔が潰されたおまんじゅうのようになったコタロウが写っていた。

今朝の散歩で、コタロウは家族でよく行く近所のカフェに自分の意志で向かった。

もちろんコタロウも一緒に行ったことがある。オープンテラスは愛犬同伴可の店である。

「今日はパン食べに行かないよ?もう帰ろうよ。お家帰ってゴハン食べよう?」という咲恵子の言葉も無視して、コタロウはカフェのオープンテラスにいつも通りスムーズに入ろうとした。

そこで二人の攻防が始まった。

入りたいコタロウ、帰りたい咲恵子。

膠着状態は十分を越え、結局最後は根負けした咲恵子が折れて、二人でモーニングを食べた。

望み通りオープンテラスに入れたコタロウは口角を上げてご満悦の笑顔。

咲恵子はその表情を見て、脱力しながらの苦笑いだった。

この写真は撮りやすかった。

なんせ十分以上膠着状態だったので、印刷し終わるまでコタロウはじっとしていてくれた。

普段はじっとはしていてくれないので、歩くコタロウの安全を確保しながら、カメラも気にしなければいけないのでバタバタである。

しかし、そのバタバタ感も楽しい咲恵子だった。


咲恵子は悩んだ。

上手く撮れた写真だけ残してブレた写真は処分するか、全て時系列でアルバムに入れるか。

ゴールデンウイーク中で時間はある。

咲恵子は、いい写真を選別すると決断して、ブレた写真を空色の箱からはじいていった。

「残ったの、4枚?今朝の合わせて5枚って。私下手過ぎじゃん!!」

テーブルに突っ伏した咲恵子。ソファーに横たわるコタロウのシッポとお尻が目に入る。

「もう!コタが悪いんだからねっ!ゆっくり写真撮らせてくれないからなんだから!もう!もう!!」

そう言いながら咲恵子はコタロウのお尻をモフモフした。

コタロウは微動だにせず、咲恵子のお触りを受け入れていたが、盛大なため息をつくことは我慢しなかった。


コタロウの桃尻を思う存分触った咲恵子は、再びテーブルに戻った。

箱に残った写真は4枚。

整理するというほどの枚数ではないので、サクサクとアルバムに入れてしまう。

「720枚どころか360枚もほど遠いなぁ。」

そう言いながら5枚だけ入ったアルバムを眺めた。


一枚目には、自転車の前カゴに乗るコタロウが写っている。

前カゴの淵に片方の前足をだらんとかけて、まるで肘を付きながら立派な椅子に座る会社の重役のオジサマかのように態度がデカい。

写真の余白には「2月22日 態度Lサイズ」と書いてある。

遠い目をしているところが可愛くも小憎たらしい。


二枚目には、お座りしたまま目を閉じて寝そうなコタロウ。

この時、コタロウの頭はこっくりこっくり舟をこいでいた。

「3月14日 寝たらいいのに…」とメモ書き。

写真じゃなくて動画で撮ればよかったと後悔した。


三枚目、あくびして口を開けた瞬間のコタロウ。

タイミングよく撮れた一枚だ。

普段見えない牙がはっきり見えてるのに何だか可愛い。

日常のありふれた瞬間だけれども、切り取ると思い出深く感じるものがある。


四枚目は、小首をかしげるコタロウ。

家の中でポラロイドカメラを構えながら、必死に変な声を出して気を引いたら、小首を傾げたのでシャッターを切った写真。

これが唯一、目を普通に開けているので、一番顔が可愛く写っている。

キラキラの瞳で小首をかしげているので、あざとくも見える。

普段はだいたい可愛い表情をしているのに、それを写真に残すのはとても難しい。

50枚撮って可愛い顔が写ったのは一枚だけってレアにも程がある。


そして最後は今日の写真。

よく考えれば、オープンテラスに入った後に写真を撮れば良かった。

ご満悦の笑顔は可愛かった。

可愛かった。が、我がままを意地でも聞いてもらおうというコタロウの頑固さに負けた敗北感で脱力して、力なくアイスコーヒーをすすることしかできなかった。


ひと段落した咲恵子は、テーブルに頬杖をついて、ぼーっとコタロウを眺める。

「コタロー。コータ、コタってば。」

咲恵子の優しい声にコタロウは寝たまま耳だけ動かす。

「聞こえてるくせに。まったく!」

そういって咲恵子は微笑みながら、コタロウの額の匂いを嗅ぎに行く。

相変わらず、コタロウの額からは昆布だしの香りがした。

肉球は茹でた枝豆の匂いなのに、なんで昆布だしの匂いなんだろう?

そんなことを思いながら咲恵子はコタロウの桃尻を無言でモフモフするのだった。

またか、と言わんばかりのため息を聞きながら、咲恵子は、コタロウの存在に感謝した。

愛おしさと優しい気持ちと幸福感が入り混じった感情を、言葉にしないで、ただ感じる昼下がりだった。


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