9 偽薬の薬屋
西区の端へ歩いてゆくと、中央広場が見えて来る。
あれは……処刑台か?
すごいな、国の中央に処刑台なんて置くかね、普通。
しかしあれが中央広場ってことは、その奥が北区という事になるんだろうか。
処刑台の傍には、教会の周りにいたのとおなじく病人が座り込んでいるのが見える。
西区ではほとんど見なかった病人や死体が、他の区に近づくにつれて顕著に増えてくる。
「あれ、ここ……」
と、草と粉の絵の書かれた看板を見つけた。
これが先ほど話に上がった薬屋か。
普通に考えれば、ここのお薬が実は物凄く優秀で……みたいなシナリオが浮かぶが。
二階建てのこじんまりとした建物で、外装は古く今にも倒れそうだ。
とりあえずここで薬とやらを貰ってみて、これが本当に利くものかどうかを見極めるとするか。
もし薬が良いものだったらニーアさんは助かるだろうし……
何なら薬を大量生産してゲティア中にその薬を安く普及して、疫病を抑えることが出来るかもしれない。
「ごめんくださーい……」
扉を開けて足を踏み入れると、室内に満ちる木草の香りに圧倒される。
壁際にぎっしり並んだ瓶の中には、色とりどりの薬草が詰まっている。
両手を広げれば両壁を触れるほど幅は狭く、その奥に受付があるだけの簡素な構造。
気だるげな表情で肘をついて座っている受付が、俺の姿に気づいて顔を上げた。
「……くすりはあつかってない、よ」
開口一番に拒絶する受付に面食らう。
さっきの話だとこの人がシャノンさんなんだろうが。
この世界の人間には珍しい、長い黒髪に綺麗な黒目がこちらを見上げている。
「はい……? すみません、ここ薬屋じゃなかったんですか? でもこれは……」
傍にある棚を指さすと、シャノンさんは露骨に顔をしかめる。
「……それは病気を治すくすり。きもちよくなる薬は出してない」
「は、はい……? 俺は一言もドラッグをくれなんて言ってないんですが……」
「……? じゃあそのふらふらした歩き方はなに」
じとっとした目で足元を見つめて来るシャノンさん。
……そんなに変か、俺の動き。
そこまで立て続けに指摘されると、何だか自信が無くなって来た。
にしてもヤク中と間違えられるほどだとは思ってなかったんだけど……
「こ、これはちょっと、足を怪我してて。それより俺が欲しいのはドラッグじゃなくて、普通の薬です」
俺の弁明にシャノンさんはうさん臭そうにじっと見つめてくるも。
「…………そう。じゃあ……患者の症状は」
すぐに興味を失ったのか、シャノンさんはカウンターに目を落とした。
人をヤク中扱いしたことについて謝る気はないらしい。
受け付けの前の木製の椅子に腰を掛けながらニーアさんのことを思い出す。
「えっと……先ほど急に倒れちゃって、ずっと呼吸が浅くて、頭も押さえてました。一応、話では流行り病ではないかとお医者さんに言われましたけど……なんですか、何やってるんですか」
シャノンさんは何の前触れもなくこちらの手を取り。
カウンターの上でにぎにぎとしだすので思わずツッコむ。
「症状はもうちょっと……抽象的、じゃなくて、その反対の……」
んーっと目を瞑りながらもにょもにょとするシャノンさんに、俺は。
「……具体的、ですか?」
言葉を引き取ると、シャノンさんは目を開いてこくりと頷いた。
そんなことよりさっきから指を絡めて来るのは何なんだ。
「えっと……患者は今日の昼過ぎに急に倒れちゃって。そこから呼吸が浅くなって、筋肉が痙攣して動けなくなって、ずっと眠り込んでます。……ちょっと? 何で匂いを嗅ぐ必要があるんですか、さっきからくすぐったいんですけど」
「……これ。銅貨六枚」
また無視か。
シャノンさんは手を握ってすんすんと鼻を鳴らしながら、もう片方の手で、カウンターに並んでいるバカでかい瓶の内の一つ、青のものをずずずと押し出してきた。
……奥に並んでる薬草とかを調合するんじゃないのか。
とツッコもうとして、言い忘れていたことに気が付く。
「あ、それと頭痛がひどいのか、頭を押さえてました。眩暈があって立ち上がろうとしても駄目で」
「……ん。ならこっち。銅貨六枚」
そう言うと、青の瓶を引っ込めて今度は赤の瓶を出してくる。
判断が早すぎる。まさか適当にやってんじゃないだろうな。
「あと、言い忘れてたんですが倒れたときに一度嘔吐してましたね」
「……そう。銅貨、六枚」
今度は黄色か。
「熱とか咳は無かったです。それと、倒れる前までは普通に元気でした」
カウンターの上にある瓶の色は三色。
これ以上出せるものが無くなった受付さんは露骨にいやそうな顔をして見上げ。
「銅貨六枚。はやく……おかね。だして」
「い、いや、その……。これがどういう効果なのか、どういう病状を根拠に選んだのか、教えて頂けません?」
「……わたしはただのバイト。よく知らない。だから説明もできない。おかね、だして」
そう言うと、握った手をぐいっと引っ張り、今度は腕の観察に乗り出してきた。
袖をまくり上げて、脈を計るようにぎゅっと握って。
なにをそんなに見たいんだこの人は。
「良く知らないのにお金出せって……そう言うマニュアルでもあるんですか?」
「そんなものない。文字なんて読めないし」
「は、はぁ……? まさか適当に薬を処方してるとか言わないですよね? 症状を聞いた意味は何なんですか」
「いみ?」
心底めんどくさそうにシャノンさんは顔を上げる。
なんだ。俺何か間違ったこと言ったか?
「ただの瓶に水を詰めただけの商品に、銅貨六枚は高いとおもう?」
「これだけデカいと分からないですけど……たぶん。瓶が相当高級じゃない限り……かなり割高なんじゃないですか」
「そう。ふつうなら、銅貨六枚じゃ水なんて買ってもらえない。でもお客さんの話を聞いて、ちょっと天井を見つめて。たまーに薬草の棚を整理してから瓶をだしたら……」
俺の首元をぎゅっと両手を掴むように握り、シャノンさんは覗きこむようにしながら続ける。
「皆喜んで買ってくれる。でしょ」
「おい。それって詐欺……」
「それはちがう、しつれいな客。これは、難病をなおした人たちが全員飲んでいた奇跡の薬だから、銅貨六枚の価値がある」
「は? そんなものがあるわけ……んんっ」
勢い込んでツッコむ俺の口を手で押さえ、至近距離でじっと見つめて来るシャノンさん。
「これを飲み続けさえすれば大抵の病気は数日で治るし、逆にこれを飲まないと数日も経たないうちに死んじゃう。まさにきせき」
「て、適当なことを……」
「うそはついてない。むずかしびょうを治したひとたちはみんなこれを飲んでた。飲んでない人はいない」
難病、のことか?
無理やり口を押さえ直して言い切るシャノンさんに、俺はもごもごと詰問を続ける。
「じゃ、じゃあ、この薬を買って患者に飲ませれば絶対に治るんですか?」
「それは約束する……の、反対」
「……保証できないと?」
「そう。世のなかにぜったいはないから」
……完全に詐欺じゃねーか。
言ってシャノンさんは体の観察に戻る。
耳を触るな耳を。くすぐったいからやめろ。
下界に来てからというもの、保身で国外逃亡を企てる教皇に、ヤク中の修道女、店を構えて堂々と詐欺を行う薬屋と……
下界というのは本当にどうしようもないやつしかいないんだな。
天界にいたころはもう少しまともな人間もいたように見えたんだけど。
などと考えていると、シャノンさんは顔から両手を離し、こちらを見上げて。
「ね、ほんとに人間?」
こてんと首を傾げながら、そんな質問を投げかけてきた。
……実に答えづらい質問だ。
「……他に何に見えるんですか? 人間に化けた魔物だとでも?」
「魔物だったらすぐわかる。というか、そもそも生き物じゃないみたいな……。首元に脈を感じないし、ふつうの人間とは違う。肌の感じも……なんかへん」
……無駄に鋭い。ずっと俺の体を観察してたのはそのせいだったのか。
神の体が下界の生物とは違う構造でできているのは確かだ。
人間にとっての脈動は酸素を運ぶための機能的なものだろうが、神にとっては違う。
「……だから何なんですか。ちゃんとした薬を出してくれないなら、俺はそろそろ帰らせてもらいます」
「もうかえるの? 時間を奪ったくせに、薬も買っていかない?」
「……ずいぶな言いぐさですね。それに今までの話を聞いて、なんで俺が買うと思ったんですか」
「そう。じゃあお茶は?」
と、シャノンさんは傍にあった小さな袋をだるそうに掲げる。
「買いませんって、そんなもの……」
「無料でもいい」
「だから……」
「もってって」
話を聞いてないのか、シャノンさんは強引にぐいと押し付けてきた。
……なに? なんなんだ……?




