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7 医師と権力

 先ほどの修道女が連れてきたのは、白衣に身を包んだ小太りの男。


「これはこれは、教皇様。再びお目にかかれて嬉しい限りです。見目麗しく、お元気なようでなにより。……おい女、早く患者の所へ案内をしろ」

「は、はいっ……」


「こちらですよ、エイゴン先生。あなたも、先生を呼んできて下さってありがとう」


 グラシア様は修道女にねぎらいをの声をかけると、修道女は怯えたように小走りに去っていった。


 医師か。ようやく使えそうな奴が来たな。

 少し態度は荒いが……状況が状況だ。

 能力さえ良ければ使ってやらんこともないが。


 心の中でふんぞり返りながら俺はふかぶかと頭を下げ、エイゴン先生の歩く道をおとなしく開ける。


「これは……ニーア様ですな。ふむ……」


 俺の方には一瞥もせずにエイゴンはベッドの横に屈みこむと、手を出して脈を取り始めた。

 

「つい先ほど、教皇室でお茶を淹れて貰っている時に、急に倒れてしまって……一度嘔吐してから、ずっと昏睡している状態です」

「そうですかぁ……。なるほど、少し呼吸音も聞いておきましょうかな」


 診察を続けるエイゴンに、手持無沙汰になったグラシア様は再び口を開く。


「ちょうど教会にいらしていたのですね、本当に助かりました」


「疫病対策の検討会に顔を出さねばならなかったのでね。いつもは手紙でお伝えしているのですがな……」

「医師会からの情報は、たいへん参考にさせていただいております。やはり最近は……伝染病のせいで、お忙しいのですか?」

「そうですな、寝る間もありませんよ。この状況じゃ人手も時間もなくてですな」


 この状況じゃ、医師は相当大変だろう。

 ため息交じりにエイゴンは言い、そして一度手を止めてグラシア様を見上げた。


「そういえば教皇殿、医者会への税制優遇の法案の件はまだなのですかな? これ以上長引くようなら、献金も控えざるを得ないという声が上がっているのですぞ」


 少しとげのある声に、グラシア様は顔を引きつらせる。

 なんか面白そうな話をしているな。

 金がなくて人が死んでるってのに、医師会への税制優遇?


「そ、それは……なにぶん、財政が厳しいもので」 


「貧乏人共へのむだな金のばらまきを辞めてくれと、常々言っているはずなのですがなぁ」

「え、えぇ……しかし……」

「先週の予算会議でも、貧困街への医療支援を打ち切りにするところを教皇権限で半分も残したとか。こうして効率の悪い金の使い方をするから伝染病が収まらないのですよ」

「……はい。税制優遇の話は、きちんと検討しておきますので……」


 小さく縮こまるグラシア様。

 教皇様が一介の医師なんかに主導権を握られている。


 何か歪な力関係を感じざるを得ない。

 やはり金なんだろうか。


「なるほど。嘔吐の症状があったという事は……これも流行りの疫病ですな。薬を出しておきますが……それに加えて、瀉血をしておきましょうかな」


 一度ニーアさんから目を離し、エイゴンはそんなことを……

 ……瀉血⁉


 瀉血って、あれか?

 既に弱ってる病人から血を抜いてさらに苦しめるだけなのに、昔からなぜか医療行為と信じられてきた、あの瀉血?


 実際には、重病に苦しむ人から血を抜くことで苦しむ体力すら無くして、おとなしくなるから治ったように見える、で有名な瀉血を……?


「分かりました。瀉血に必要なものがあれば用意させますので――」


 薬品室に目を向けるグラシア様。

 でも、このままじゃまずい。

 それは医療行為どころか、殺人に繋がりかねない。


「そ、その! ちょっと、いいですか?」

「……なんだ?」


 俺が意を決して声を上げるも、エイゴンはこちらを睨みつけて来る。

 大丈夫だ。すげー不機嫌そうだけど、相手はただの下界のタンパク質。


「その……ニーア様は、本当に伝染病だったのかな……と。今流行っている疫病は確か、嘔吐もそうですが、下痢が主な病状って聞いたのですが……。それに、瀉血以外の治療法の方を検討するというのは――」

「黙れ! 神聖な医療に、女が口を出すな!」


 ……びっくりした。

 言葉を遮るようにエイゴンは、顔を真っ赤にして怒鳴りつけて来る。

 顎の肉を揺らしながら、エイゴンはこちらを睨みつけ。


「これだから素人は困る……。瀉血に関しても、おおかた何処かの素人に影響されたのだろう。適当なことを言いおって……我々はプロだ。お前らと違って、経験と実績を持って治療を行っているのだぞ」

「そ、そうですよ。ここは先生に任せましょう?」


 俺はグラシア様に宥められて、渋々口を噤む。


 しかし……冷静に考えればそうだな。

 お医者さんが医療と迷信を区別できてないなら、疫病で死者もごろごろでるわけだ。


 それにこいつを説得するのは時間の無駄だろう。

 彼にとってはそれが由緒正しい医療なんだし。

 

 などと考えていると、ふたたび医務室の扉ががらりと開いた。

 その勢いに皆が扉を振り返る。


「グ、グラシア教皇! 協議会のお時間です……!」


 扉から入って来た修道士が息せき切って告げる。

 すると、グラシア様は弾かれたように立ち上がった。


「あ、あ……! ご、ごめんなさい、忘れておりました! 今行きます、これで私は失礼致します……」

 

 うっかり予定を忘れていたらしい。……なにやってんだよグラシア様。

 グラシア様はぱたぱたと医務室を出て行き……残されたのは俺とエイゴンだけになった。


 これはこれで気まずい。今しがた怒鳴られたばっかりだし。


「ニーア殿は確か……財務の担当をされているのだったかな?」


 どうやってここを離れようか考えていると、ねっとりとエイゴンは切り出した。

 浅い呼吸を繰り返すニーアさんの胸に手を当てながら。


 なんだ急に、そんなの知らねーよ。といいたいところだが……

 修道女に変装してるんだし、知らないのもおかしな話か。

 ここは適当に話を合わせておこう。


「はい、ええ。そう、聞いておりますが」

「ふむ……なるほど。ならば彼女が倒れれば、財務のポストは――」


 作り笑いをしながらそう答えると、エイゴンは口の端を吊り上げて小声で呟く。


「……? いま、なんと……?」

「何でもない。もういい、お前はもう下がれ。あとはこちらで医療を行う」


 思わず聞き返すも、エイゴンは蠅を追い払うように腕を振る。

 逆らう事も出来ず、俺は渋々廊下へ出る。

 確かに今、ヤバそうなことを――


「くっ……」


 胸が痛む。すこし、息苦しさも感じる。

 せっかく得た信仰が、徐々に尽き欠けてる……のか?

 そう言えば、変身の奇跡に力を使い続けてるのか。

 とりあえず信仰を節約しないと。

 変身の奇跡は解除しておいて……っと。


 教会内では騒がれるだろうが、仕方ない。

 髪の毛は元に戻ったので、かるく羽織った服を脱ぐ。

 変身なんかするより、適当に服装を変えて変装した方が、コスパが良いだろう。

 今後はあんまりばんばん奇跡は使えなさそうだ。

 

 しかし……これからどうすれば良い?

 疫病を抑えるには何かしら優秀な人材を抑えてやればいいと軽々しく思っていたが……どうやらこの世界の医療レベルを過信していたらしい。


 医師会の偉い立場にいるであろうエイゴンでさえあの調子なら、他に誰を動かせばいい?

 むしろ俺自身がこの疫病の原因を研究して、対処法を見つけるか?


 いやしかし、俺自身が何か直接働きかけるのは封じられている。

 その対処法を行政に導入することもできない。


 それにもう、寿命は数時間もなさそうだ。

 だからこそ優秀な人材を見つけて、自分の代わりに動かすべきなのだが……


「おい邪魔だ、そこをどけ」


 と、今しがた出てきたドアからエイゴンの声がして、後ろから突き飛ばされる。

 なんだよ、出てけって行ったのはおまえだろ。


 体をさすりながら振り返ると、不機嫌そうなエイゴンの顔がこちらを見下ろしていた。

 ……のだが、その顔はみるみるうちに青ざめて。

 

「ゼ、ゼゼゼ、ゼヘタ様……⁉ た、たいへん申し訳ございません、ご無礼を働き……! い、今のは主に対してではなく、これは、か、勘違いで……!」


 エイゴンは、ぶるぶるとぜい肉を揺らしながら狼狽し出した。

 ぺこぺこと頭を下げながら、謝罪の言葉を延々と繰り返している。


 相手が神だと分かった瞬間に態度を変えやがって。

 今すぐにさっきの姿に戻って、先ほどの対応について激詰めしてやろうか。

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