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6 修道女と麻薬

 割れたカップの破片を避けながら、倒れ込んだニーアさんのもとへ駆け寄る。

 耳をへたらせ、浅い呼吸を繰り返すニーアさんを抱え上げようとしたところで。


「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ。あんた、そのまま外に出る気じゃないでしょうね?」


 ぐいっ、とグラシア様に袖を掴まれて転びそうになる。


「な、何ですか急に、危ないじゃないですか」

「バカね、このままあんたがニーアをのこのこ医務室なんかに連れてったらまずいの、分かんない? 神のくせして、人ひとり治せないのかって思われるでしょ。そういう信仰が揺らぐような事だけは、絶対にしちゃいけないの!」


 ……なるほど。

 ゲティアを救うはずの神が、医者なんかを頼るのは駄目か。

 でも、こんな状態で放っておくわけにもいかないし。


「じゃあ……『変  身(トランスフォーム)』。これで、問題ないですよね」

「……え? え⁉ 今、なに、どゆこと……⁉ か、髪がにゅーって……⁉」


 何も考えずに変身をすると、グラシア様が騒ぎ出した。

 この『奇跡』は、信仰を消費することで使えるものなのだが……

 姿を完全に変えるつもりが、髪を伸ばす程度にしかならなかった。

 今は数百人程度しか俺の存在を認知していないから、信仰が足りなかったんだろうな。


「どーゆーこと⁉ なんであんた、魔法なんか使えるわけ⁉」

「そこまで驚かせるつもりは無かったんですが……とりあえず、修道服を貸していただけませんか。修道女のフリをするので」


 目元を隠すように伸びた前髪を払いながら、驚きに目を丸くするグラシア様にお伺いを立てた。


――――――――――――――――――――――――

 

「ぜー、ぜー……はぁ……つか、れた……」


 ニーアさんを療養室のベッドに転がすと、思わず俺はへたれこむ。

 下界の重力やらなんやらに慣れてないせいもあって、軽い女性を一人運ぶだけでとんでもなく疲れる。

 

「……変身は出来る癖に、体は弱いのね」

「そりゃ、そう、ですよ……この世界に、慣れてないんで……」

 

 肩で息をしながら、俺は辺りを見回す。

 療養室の部屋はぼろぼろで、どこか変なにおいが漂っている。

 ニーアさんはというと、ずっとぐったりとしていて、わずかに胸が上下する以外殆ど動かない。

 獣人のアイデンティティーである猫耳がへたれてしまっていて弱弱しい。


「こ、ここって、お医者さんは、居ないんですか?」

「教会にお医者さまが常駐してるわけないでしょ。奥の薬品室に看護をする当番の人がいるから……」


 言いながらグラシア様は療養室の奥の扉へ歩み寄る。

 優秀な医者が居れば、そいつを使ってこの疫病を止める事も出来ると思うのだが……教会には居ないのか。

 グラシア様が扉を開けると、部屋の奥からむわっと甘く焦げたような空気が漂ってきた。


「……なにこれ。臭っ……」


 顔をしかめて呟く教皇様は、煙たい部屋を覗く。

 部屋の中央に置かれた壺から細い煙が立ち上る。

 修道女たちはそれを囲み、なにやら煙を葦の茎で吸って恍惚とした表情を浮かべ――


「……きょ、教皇様っ⁉」


 ようやくこちらに気付いたのか、げほげほと修道女たちはせき込みながら立ち上がる。

 グラシア様は呆れたようにその光景を見つめてから、ため息をついた。


「……病人がいますので、お医者様の手配をと思ったのですが」

「は、はい……っ、今すぐに……!」


 壺を隠すものに換気を始めるもの、逃げるように医者を呼びに行くものと……

 先ほどまでの恍惚はどこへやら、酔いが覚めたようにきびきびと動き出した。




「悪いところを邪魔しちゃったみたいね」


 驚きで声が出なかった俺の前で、グラシア様は平然と扉を閉める。

 ようやく状態をかみ砕いてから、俺は立ち上がると。


「なんですか今のは。まさか薬物とかじゃないですよね……?」

「他に何があるのよ。ていうか一か月くらい前から、鎮痛剤の減り方がおかしいって話は聞いてたのよね……」

 

 グラシア様はそう言って、気だるそうに眉間を揉む。

 鎮痛剤として使われてる薬物って言うと……神経に効くアヘンとかそこらへんか?


「修道女さんがあんなもの濫用して……教皇として、なんとか言わないんですか」

「なーんでそんな面倒なことしなきゃいけないのよ。ここはゲティアなんだから、そんなんに突っかかってたらキリないでしょ」


「それにしたって危険なものなんですから、もっとちゃんと鍵とかつけて管理しないと……」

「金が無いの。この部屋の汚さを見てわかんない?」


 呆れたようにため息を吐くグラシア様。

 確かに言う通り、埃だらけの棚もベッドも明らかに古いものだらけだが。


「まぁ、グラシア様の寝室よりかは綺麗」

「黙って」

「……はい。にしてもあんな綺麗な大聖堂を作っておいて金がないって……。医療なんて、今一番金をかけるべきところですよね? それこそ疫病で滅びかけてるんじゃないんですか」


「そーんな常識がゲティアで通用するわけ無いじゃない。先週だって、貧困街への福祉が過剰すぎるって話で、予算が半分削られたばっかなんだし」

「は、はぁ……?」


 そんなにこの国は腐敗してるのか?

人々の命を守るための予算を反対するって……


「うちも一枚岩じゃないのよ。旧体制派……ディアロっていう奴を筆頭にディアロ派って呼ばれてる派閥があんの」

「それらが……予算に反対を? どういう意図で……」

「あいつらは私を失脚させるためなら何でもやるの。あらゆる施策を通さないようにって裏金を回して行政を麻痺させて。一応、医師会に指示を仰いで、多少の対策は経ててるフリはしてるけど……いまのとこ全く効果は出てないわね」


 グラシア様はニーアさんの傍に腰かけ、ぼろぼろのベッドを撫でる。


「じゃ、じゃあ……教皇の立場があっても、何も動かせないんですか?」

「だから言ってんでしょ。誰がトップにいようが、この国は詰んでんの。だから暴動を起こされるまえにさっさと降りてやろうと思ってたのに……」


 じろりと睨んでくるグラシア様に、俺は首を竦める。


 ……話が違う。

 人々のイメージと信仰を保つため、俺は直接何かに働きかけることはできない。

 となると、間接的な手足が必要になるのだが……行政が麻痺してるってのは聞いてない。

 これじゃあ、教皇という最強のコマが無効化されてる状態に……。


「――ど、どうぞ、こちらです」


 俺がそんなことを考えていると、入り口の方から声がした。

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