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45 非常識な提案

「協定を結びましょう。グラシア様」

「……急に何言ってんの。てかまだ一週間も経って無いでしょ、もうちょっと寝てなさいな」


 教皇室に入るなりそう提案した俺に、グラシア様は手元の書類から眼を上げることなくあしらってくる。


「協定を、結びましょう! グラシア様!」

「うるっさ……。あのねぇ、あんたは寝てて知らないかもしんないけど、エンデ王国との協定のことならもう検討はされたの。けど、それを世論が許さなかったわけ」

「それは知ってます。ですから、協定を結ぶのは魔族の方です」

「ああ、魔族のほうね。…………え?」


 流石に聞き流せなかったのか、グラシア様はペンを止めて顔を上げる。


「聞き間違い……じゃないわよね。あんたいま、魔族と手を結べって言った?」

「はい。彼らとは戦う以外の道を検討するべきです。そもそも魔族とゲティアは、利害も敵も一致していて……その、グラシア様? そんな、頭のおかしい人を見るような目でみないでください?」


 ものすごーくお疲れの様子だ。

 眉間を指で揉みながら、ため息を吐く。


「……一応話は聞いてあげるわ。利害の一致って?」

「えっと……魔族たちの目的は、『ゲティアの支配』じゃなくて『大陸侵攻のための拠点確保』なんですよね。そういう意味では、魔族たちは既に島の西側を支配しているので、その目標は達成してると思うんです」

「それは分かるけど、アイツらはそれで満足してないでしょ。だって、大陸の方に兵を送り込んだら、この島の防衛が手薄になるんだから。それをウチが取り返そうとするのは目に見えてるじゃない」


「ですから、こちらも手を出さないという協定を結ぶんですよ。そうすれば向こうもわざわざ大きな犠牲を払わずに、大してうまみもないゲティアのもう半分を攻め落とす必要は無くなるんですから」


 グラシア様は眉間に指を押し当てたまま黙り込む。

 何もかもおかしいはずなのに、反論がすぐに出てこないらしい。


「……あんたが頭おかしいのは十分わかった。だから常識的な話は置いといて、実利の話をする。まず、魔族相手に協力なんてしたら、ただでさえあんまり良くない他国との関係が酷いことになるでしょ。世界中から敵視されるようになると、その後が大変だと思うけど?」

「表向きは敗北した、という事にして、裏で協力をすればいいじゃないですか。そうすれば、魔族に嫌悪感を持つ民衆を説得する手間も省けますし」


 俺が言うと、グラシア様は頬杖をついてため息を吐く。


「……敗けてもない戦いを、わざわざ捨てるわけ?」

「いえ、ゲティアは必ず負けます。万が一奇跡が起きて、魔族軍と互角に戦えるようになったとしても……その先には、エンデ王国が舌なめずりして待ってるんですから」


 痛いところを突かれたらしい、グラシア様は露骨に顔をしかめる。


「ゲティアにとって重要なのは、魔族軍との戦争一つじゃありません。魔族と王国、二つの勢力から同時に狙われている構図から、二つの勢力がゲティアを介さずに直接ぶつかり合う構図に変える事です」

「魔族軍の大陸侵攻を黙認するってことは、その二国を戦わせるってこと……。そう言いたいわけね」


 腕を組んで天井を見つめるグラシア様。

 よし、いいぞ。色々と問題はあるけど、なんとかその方向で行こう。

 それしかゲティアが生き残るすべは無いんだから。


「んー。でもこれさ、魔族軍側に協定を飲むメリットがなくない? あいつらにしてみれば、勝ち戦を一旦ナシにしようって提案されてるわけでしょ?」


 まさに、問題はそこだ。

 やっぱりグラシア様はよく見ているな。

 けど、一応答えは持ってきている。


「逆に言えば、彼らにこのままじゃ勝てないと思わせる事さえできれば、協定は成立しうるという事です。例えば向こうがやろうとしていることを全て先回りして、上層部に内通者が居ると思わせるとか」

「……何それ。そんなこと、どーやってやるのよ」

「敵大将の暗殺計画が進んでいることを教えてあげたり、補給船をピンポイントで全て拿捕したり、向こうの奇襲のタイミングと場所を全て先回りすれば……」

「……おちょくってんの? そんなことが出来れば苦労しないっての」


 恨めし気に顔を近づけて来るグラシア様。

 ちょっとふざけ過ぎたが、とにかく俺には出来るのだ。


「この一週間で、ゲティアは必ず魔族軍に対して大きな打撃を与えます。ただ、彼らに勝利しても、エンデ王国には勝てません。だから魔族軍と裏取引をし、停戦協定を結ぶべきなんです」

「仮にそれが正しかったとしても……この取引にディアロ派が賛成してくれるとは思えないけど」


 それはそうなのだ。

 ディアロ派は何かと魔族憎しでうごいている。

 彼らにこんな案を提案した所で、冷静に利害を計算してくれるとは思えない。


「もちろんそれは……彼らにも秘密にする必要はあるかと思います。当然ですが、国民にも情報が漏れないように、慎重に行わなければいけません」


 相当な綱渡りであることは分かっている。

 けれど、そもそもこの戦争に勝つこと自体が綱渡りなのだ。


 グラシア様はじっと俺の眼を見つめ。

 しばらくの後、ため息を吐いて一歩離れた。


「……納得はしてない。ただ……何でかは知らないけどあんたが降臨してから、色んなものが奇跡的に上手くいってるのよね。これも同じようになるかもしれない。根拠はないのに、そんな気はする」

「ほ、ほんとですか……! なら……!」

「これは自国民も騙すことになるから、慎重にしないとだけどね。でも分かった、出来るだけやってみる。……ちょっとあんた、どこ行く気? 何でそんなに急いで……」


 声を上げるグラシア様を置いて、俺は教皇室の扉から出ていく。

 今度こそと期待に胸を膨らませて、同時に一週間後に戻るも。



 ……ダメか。


 景色は変わっていない……どころか、悪化すらしているように見える。


 廊下には、そこを埋め尽くすほどの傷病者が埋まっていた。

 もはや歩く場所もないほどに、生きているのかも怪しい兵士が横たわり、至る所から血の匂いがする。


 うめく兵士の痛々しい傷を修道女が一生懸命に清めている最中にも、次々と担架で怪我人が運ばれてくる。

 

 ……どうしてこうも、問題が悪化していくんだ。

 何がダメだったんだ? 何がどうなれば、状況が悪化するようなことが……


「……へんたいどろぼう?」


 聞き覚えのある声に、俺は顔を上げる。


 声の主はこちらの姿を認めると、すぐに駆け寄ってきて。

 何の迷いもなく俺の手を取り、いつものようににぎにぎとしだす。


「あ、あぁ……シャノンさんですか。お久しぶり……というか、ここで何を?」

「けが人のてあて。先生も下にいる」

 

 無感情にこたえるシャノンだが、相変わらずの善人ぶりに感心してしまう。

 ただの薬屋を営む二人に、負傷者の手当てを手伝う義務はないだろうに。


「ところで……今の状況を把握したいんですが、何か知ってませんか?」

「……なにか?」


 首をかしげるシャノンさん。質問が抽象的すぎたな。

 今知るべきは……


「例えば、ゲティアのトップが魔族軍と何か話し合ったとか。そういう話を聞いてません?」


 訊きながら、あまり答えに期待できないなとも反射的に思う。


 二国間の協定は、人々にバレては問題がある。

 話し合いをしたとしても、恐らく一般民衆は知らない可能性が高い。

 ……と、思ったのだが。


「あった。三日前に。それで、ゆぐの? ってえらい人が死んだ。他にもたくさん」


 握った手に指を絡ませ、ぐーぱーと遊びながらシャノンさんはそう言って――


「ど、どういうことですか? ユグノさんって、ゲティア軍の総指揮をしてる方ですよね? それに、他にも沢山って……!」

「あんまり詳しいことは知らない。三日前に、たくさん船を集めて、その上で話し合いがされたみたい。それは上手くいく……の、反対、だったって」

「交渉が決裂した、という事ですか。でも、それでどうして人が死ぬことに……?」


 シャノンさんは目を瞑って首をゆっくり傾けた。

 流石にそこまでは知らないようだ。


 しかし……意味が分からない。

 協定の交渉については、必ずしもうまくはいかないだろうとは思っていた。

 にしたって、殺しが起きるほどマズい状況になるか?

 

 遡行するたびに状況が悪くなっていっているせいで、寿命もガンガン削れて行っている。

 それに残数は十回。これ以上無駄に使っていられない。

 なんとかこれで最後に出来ると良いが。


 と、なんとか焦りを抑えながら三日前の交渉の日に――――


「わ。みんな、きえた」

 

 『遡行』と念じてしまってから気づく。

 手を握られていることに慣れ過ぎて、シャノンさんに触れたまま遡行を――――!

 

「ね。いまどうやったの? ……へんたいどろぼう?」


 不思議そうにシャノンさんはこちらを見上げて来る。


 ……ミスった。完全にミスった。

 すぐにでも未来に戻って、置いて来ないと。


 考えながら手を伸ばして、そのままシャノンさんに触れようとして。

 一つ、疑念が頭をよぎる。


 ――こんな事のために貴重な遡行を、一度消費するのか?


 冷静に考えないと。

 遡行の残り回数は九回。二桁を割った。


 その貴重な一回で、俺は命を救われるかもしれない。

 その貴重な一回で、世界を救えるかもしれない。

 

 相手はシャノンさんだ。

 失礼かもしれないがこの人は、今いるのが過去だろうが未来だろうが、あまり気にするようには見えない。

 ならば、遡行回数を節約した方が良い、という選択肢も……


「だいじょうぶ?」


 と、悩む俺をシャノンさんが覗き込む。

 

「だ、大丈夫、です。すみません、心配をかけさせて――」

「そう。じゃあ、仕事にもどる」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 ぐっと手を引っ張ると、シャノンさんは首を傾げてこちらを見上げる。

 仕事にもどっても、傷病者はいないのだ。


「その……本当に申し訳ないんですが、しばらくの間俺と一緒に居てくれませんか」

「……なんで」

「説明は……えっと、ややこしくてできないんですが」


 俺が言うと、シャノンさんはさらに不審そうに眉を寄せるが。


「で、でも、用が終われば戻れます。ただこの間、片手は必ず、俺と繋いでいてください。はぐれられては困るので。それと、頼んでおいてなんなんですが、ほんとうに、変なことはしないでください。ほんとうに、お願いします……」


 懇願するように俺が言うと、シャノンさんは。


「わかった」


 とだけ言って、どこか嬉しそうにこくりと頷く。

 それからこちらを見上げ、手をぎゅっと握りしめた。


 ……とりあえず、過去に連れてきたのがシャノンさんで良かったと思うべきか。

 ズーだったらすぐパニックになってただろうし、オニキスだったらすぐ悪用し始めるだろうし。


 しかしこれが後々、変なことにならないと良いが……

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