44 未来の情報
一週間前の資料室、深夜。
とりあえずやるべきは、魔族軍の行動予測についての報告書を書き換える所からだ。
・魔族軍は夜を好み、夜襲を駆けて来る可能性が非常に高い。
・行動開始は一週間以内。航路は西回り。船の総数は二十以内。
・魔族軍は大砲を持っているため、艦隊を集中させて防衛の薄い東翼を砲撃で制圧してくる。
・援護射撃と同時の上陸は対策不可なので、船をそもそも港に入れないことが重要。
・沿岸部に見張りを立てて、先に察知できるようにしておくべき。
……等々、未来の情報をさも予測しているかのように書き加えていく。
あとはこの一週間の間に繰り返された奇襲の場所とタイミングを、適当な理由と共に書いてやれば――
「おい貴様! そこで何をしている!」
声が飛んできて、部屋に誰かが入ってきていたことに気づく。
……マズい。資料作りに集中しすぎて気付かなかった。
「おい、良いからペンを置け! 不審な動きを見せたら…………。なんだ、ユギルか。こんな夜中に、報告書を書いているのか?」
男は声を荒げて近づいて来るも、俺の姿を見て警戒を解く。
咄嗟に変身をしてみたが……さっきの兵士、ユギルって名前だったんだ。
「はっ。魔族軍に関する、確かな情報を得まして……」
「……その声はどうした。兵士たるもの、体調には気を付けろ」
変身後の声は、骨格が変わるおかげで何もしなくても多少似るもの。
ただ、発生の仕方とかは完全に似せるのは難しい。
そのせいで少しヒヤリとしたが……
男はテーブル上の報告書に興味を映したようで、書面を手に取った。
というかこの人、見たことあるな。
協議会ではいつも、ユグノ翁の隣に座ってる人だから……
そこそこ偉い参謀の人なんだろう。
「その、お耳に入れておきたい情報もあります。魔族軍の兵站の供給路に関する情報です」
「……ユギルお前、急にどうした? あまり情報通の印象は無かったが……」
確かに。あいつ、あんまり頭が切れそうな感じじゃ無かったな。
ただの兵士が急に重要な情報をペラペラしゃべり出したらおかしいか。
が、それでも報告書にしっかりと目を通してくれるようで。
「補給船に関しては……本部でも予測を立てている。しかし結論として、ルートも日にちも、多少の傾向はあれど、法則性はないと報告された。法則が無い以上、予測もできないと思うが。何か根拠でもあるのか?」
眉を潜める男に、俺は言葉に詰まる。
時間遡行で未来を視て来ました! とは言えないしな。
なんとかしてそれっぽい根拠を今でっち上げるしかない。
頭をフル回転させていることを悟られないように、一度報告書に目を落として。
「えー……。ほ、報告にあるように兵站補給は五日から八日……我々にとってはランダムに見えます。が……彼らも何かしらのルールに従って、機械的にこれを決定している……はず、です。でなければ、進軍の計画が立てられませんから……」
「しかし事実、間隔はバラバラだろう。暦に従っているとしたら、七日きっちりと間隔をあけているはずだ」
う。痛いところを。
えっと……それは……
「そ、そうみえるのは……彼らが我々と同じ暦を使っているという前提に無理があるからです。我々の『月』が三十日や三十一日、『月』によっては二十八日と決まっていないように、ランダムに見える何か……」
「……彼らにとっての『週』も、それと同じだと?」
男は眉を上げて、報告書に目を落とす。
……あぁ、それだ。それでいこう。
適当に時間稼ぎをしてたら、奇跡的に良いパスを貰えた。
「は、はい……! か、彼らの週は一年のうちに延び縮みするものだと考えると、つじつまは会います。さらに、食料補給の間隔に意味があると分かれば、敵がどのルートを使うかも導き出せるんです」
適当にべらべらと口が回るのに任せているが……何の根拠もない憶測だ。
多分、ちゃんと調べればすぐに色んな矛盾が出て来るだろうが、それでいい。
「補給線のルートは四つ。五日間の場合は南西からのルート、六日間の場合は西海岸へ直接行くルート、七日間の場合は北西で……」
「最後の南からのルートは、八日間の場合か。ルートの数と、補給の間隔はどちらも四通り。確かに対応しているな。それで次はいつなんだ?」
「周期は八日間で南からのルート……ちょうど、明日になります」
そう。次の食料が届くのは明日なのだ。
だから十分な検討もする時間もなく、とりあえずで南海岸を張ってみようという流れになるだろう。この人、偉そうだし。
「……分かった。兵站の元を絶てたとなれば、戦況は大きく変わる。上手くいけば昇進も期待できるぞ」
「はっ。ありがとうございます」
俺自身は一ミリも嬉しくないが……良かったな、ユギル。
本人は何が何だかわからないと思うけど……
―――――――――――――――――――――――――
逃げ惑う人々、叫ぶ兵士、怒号の飛び交う作戦室。
教会の中には、沢山の傷病者が担架で運び込まれて来る。
……なんにも変わってない。
一見してそう思ったものの、傷病者の様子にどこか違和感を覚える。
過去改変前は、その殆どが大砲による負傷者だった。
なのに今は逆にそれが見られず……剣や槍による負傷が多い。
まるで、戦う敵が変わったみたいな……
「ゼ、ゼヘタ様……? ど、どうしてこんなところに……⁉」
変身を解いて資料室に向かうと、ユギルにまたも驚かれた。
もういいよその反応は。
この一週間、何があったってんだ?
なんで戦争の相手が変わってる? 魔族軍はどこに行った……?
騒がしい教会の中、俺は報告書の山を読み漁る。
――まず、俺の書き換えた報告書は大いに役立ったらしい。
兵站を積んだ船は二度とも拿捕され、魔族軍は物資に困窮することとなった。
それにここ一週間の戦闘は、あらかじめそのタイミングと場所が分かっていたおかげで、どれも大打撃を与えることが出来ている。
ただ、改変前と違うのは、魔族軍内部だ。
ゲティアに押され始めた戦況から、逆に攻め込まれる前に潰しきろうという急進派が力を持つようになり……
魔族軍のナンバー2である『ウェーラス』とか言う奴が、魔族軍総大将の暗殺を企てて、クーデターを成功させてしまった……?
だから港への侵攻が早まったのか。
それで……ウェーラスとやらが実権を握ってからはと、魔族軍は想定よりも自軍の犠牲を考えない戦い方をするようになったらしい。
そこからは未来の情報が意味をなしていないようだ。
その勢いに押される港は占拠され。
ここで……『王国軍が突如参戦して来た』…………?
おい。誰だコイツは、何でいきなり部外者が――
本部の分析では、王国はずっと、ゲティアに軍を派遣する機会を狙っていたらしい。
ただ暗号技術に差のある王国の意図を読むことは難しかったようで、今回の攻撃も事前に察知できなかったようだ。
魔族がゲティアに侵攻したことで大義名分を得た王国軍は、魔族軍を退け……そして、ゲティアに居座って占拠を続けたことで、また武力衝突が起きたと。
……ふざけんな。敵は一つじゃないってのか?
一週間の間、魔族軍との戦いは全て勝たせた。
これでも港への上陸は防げなかったし、さらにもう一つ強大な敵が居る……?
こんなん、どうすれば……




