43 魔族軍侵攻
第四章
……勘弁してくれよ。
ここまでなんとかやって来たってのに。
ヤブ医者の爺さんによる医療衛生の改善。
元海賊が経営する巨大な貿易会社による食料物価の安定。
詐欺師の少女が高利貸しを破綻させたことによる民衆の経済状況の改善。
これらによって、ゲティアの内政はみるみる安定していった。
ただ、国家を運営するにあたっての問題は内側だけではない。
そのことを、まざまざと思い知らされる。
「撤退――! これ以上の防衛は不可と判断された――撤退命令、繰り返す、撤退命令――一度戦線を下げる――!」
ゲティアの港を埋め尽くすのは、数えきれないほどの魔族軍の艦隊。
轟音が次々と響き、大砲が港を焼け野原に変えて行く。
港に上がって来る魔物達は刻々と数を増し、砦が占拠される。
海上からの砲弾の援護もあって、防衛しようにも歯が立たない。
苦渋の決断で、兵士たちは燃える港を捨てる事となり。
最後の生命線、都市内部へとつながる巨大な門へと、戦線は後退してしまっていた。
「は、早く、これ以上の被害が増える前に降伏すべきだ! 戦力差は火を見るより明らかだろうに……!」
「何を言っているのですかっ! まだあきらめてはなりませんっ! この窮地に至っては、すべての人が武器を手に取り戦うべきですっ!」
弱腰の貴族が声を上げると、ちいこい小鬼族のイザヤが反論を叫ぶ。
教会は戦時体制に入り、人で溢れかえっている。
……勘弁してくれよ、本当に。
起きたらもう、ゲティアは戦時下にあった。
どうやら昨日の深夜、魔族軍が港に夜襲を仕掛けてきたらしい。
備えていた港防衛は大砲によって粉々にされ、今はもう防戦一方だとか。
既に多くの兵士が命を落とし、ゲティア中に絶望が蔓延している。
ほんとうに、本当に勘弁してほしい。
いつになったら俺は本題に入れるんだ。
こんなクソ雑魚国家をどうにかした所で、いつまでたっても世界相手にまともに戦うことすらできない。
こんな国、信仰さえなければさっさとおさらばしてやるのに……!
てか冷静に、この文明レベルに火薬を持ち出すのはズルだろ。
魔族軍って響きからしてもうちょっと、野蛮に戦ってもらわないと。
ゴブリンやらオークやらが技術で上回って来るなんて聞いてないんだが。
――などと心の中で毒づいていると。
人のごった返す協議室に、兵士が息も絶え絶えに走り込んでくる。
「せ。正門が! 正門が、突破されました……!」
協議室中が一瞬静まり返り……そして、蜂の巣をつついたように人々が一斉に騒ぎ出す。
我先に逃げ出す者、戦況を一目見ようと窓へ駆け寄る者、絶望にへたり込む者……
正門近くの民衆は既に避難を始めていたが、逃げ遅れた者達が街道を押し合いへし合い、流れていく。
教会は正門からそれほど離れていない。
誰もが自らの職務を忘れ、命を守ろうと逃げ出していた。
あーあー。もう終わりだ、この時間軸は。
あっという間に協議室からは大部分が居なくなり。
それでも……ほんのすこしだけ残った人々の中には、見慣れた顔が多い。
グラシア教皇とそのそばで落ち着き払っているニーアさん、戦いの指揮を取るユグノ翁。
そして……イザヤとディアロ。
他にも数名だが、重役の顔ぶれが残っている。
ドルエズはというと、もう昨日のうちに国外逃亡したらしい。
あれだけ余裕かましてたくせに、情けないやつだな。
しかし部屋に残る面々を見ると、イザヤもディアロも逃げる素振りは微塵も見せずに落ち着いている。
「大変なことになってきたようだが……ゼヘタ神を自称する者は、お救いくださらないのか? グラシア殿」
「……主は私達に試練をお与えなのです、ディアロ。我々は主のご期待に沿えるように、精一杯手を尽くすしかありません」
「兵士の中には多く命を落とした者もいるようだがな。それとも、彼らの死は試練の結果だとでも言うつもりか? 随分と手厳しい神だと言わざるを得ないが」
窓際の椅子に深く腰掛け、逃げ出す群衆を冷たい眼で見降ろすディアロ。
痛いところを突かれたグラシア様は、顔を歪めながらも反論する。
「私達には主のお考えなど推し量ることもできません。だからこそ今は、彼らの死を乗り越えて、試練に打ち勝つよう努力するしか……」
「試練に打ち勝つ、か。勇ましく立ち向かった兵士が失敗し、無様に逃げた愚か者が成功するような試練に、何の意味があるというのか……」
ドルエズと比べればマシ、というだけで、敵には変わりないな。ディアロは。
――――――――――――――――――――
「おい女、今ここは指令本部が使っている! 邪魔にならないようにさっさと避難しろ!」
……なんだようるさいな。
過去に持って行く情報を集めようと、資料室に入ろうとしたところで。
横柄な態度の兵士に門前払いを食らってしまった。
「そ、その……仕事の邪魔はしませんから、少しだけ、資料を見せてくださいませんか……?」
「馬鹿を言うな、女如きがそんなものを見て何になる!」
「そ、そこをどうか。隅で、静かにしていますから……」
「黙れ女! 聖域が穢れる、さっさと出ていけ!」
女々うるせーなコイツ。兵士は唾を飛ばして追い出してくる。
これ以上ここに居たら手を上げられそうな剣幕だ、一度引き下がるしかない。
しかしどうしようか。
透明化でも使って忍び込めれば良いんだが、信仰が足りそうにないし。
遡行で昨日にでも戻って、無理やりここを突破するか?
いや、中に居る人にすぐ見つかるだろうし、そもそも遡行がもったいない。
……なら、奥の手を使うか。
俺が再び歩いて行くと、資料室の前の兵士は一瞬、眉を吊り上げて俺を追い払おうとするが。
「ゼ、ゼヘタ様……? ど、どうしてこんなところに……⁉」
どうせ後で時間を戻すしな。この時間軸で何をやっても問題は無いだろう。
ということで、ゼヘタ神の姿のまま資料室に入れてもらうことにした。
「こ、こちらに用が……は、はい……承知いたしました、どうぞ、お入りください……」
「今しがた、修道女に手を上げそうになっていましたが、よく我慢しましたね。私はいつも見ています、善い行いは続けるように」
「え? あ、あぁ……は、はい……」
――――――――――――――――
……ふむ。なるほど。
奇襲がいつどこで起きたのか、くらいの事を知っておくつもりだったが……
思ったより細かい情報がたくさん手に入ったな。
これは部外者には見せられなかったわけだ。
どこで戦闘が起きたのかとか、いつどこで魔族軍の船が観測されたのかとか……かなり詳細なものが多い。
過去に持って行けば戦況を大きく変えられそうなものばかり。
そんでこの戦争の前提を、ようやく知ることが出来た。
ゲティアはエンデ王国の南に位置する島で、オルロ山以北を魔族軍に侵略されている状態らしい。
すごいな。この一か月間、ずっと同じ島の中に魔族軍が居たんだ。
それで南下してくる魔族軍に対し、タイミングよく噴火が起きたおかげで陸路がふさがり。
そしてこの上陸戦に至ると。
そもそもなんで魔族軍はこんな島を落とそうとしているかもよく分かってなかったんだが……
彼らはこの島を、大陸侵攻の足掛かりにしようとしているらしい。
なるほど、彼らの目的は大陸の支配なのか。
だから大陸側のエンデ王国としてはゲティアを拠点にされると困るから、援軍を出そうかと声をかけて来てるんだな?
ただ、ゲティアはエンデ王国からの圧政に苦しめられた時期があり……一方的に独立を宣言したばかりだと。
だから王国はゲティアを再び取り戻したいと考えているし、世論はエンデ王国に対する不信感が強い。
王国は援軍を派遣して、その後すぐに実効支配をするつもりなのだという意見が多く、結局協力はしない方向で進んでいるわけか。
――と、そこまで読んだところでドンドンと扉が叩かれ。
「ゼ、ゼヘタ様、すぐに避難を! 魔族軍が、すぐ近くまで……!」
青ざめた顔の兵士が駆け込んでくる。
どうやら教会のある区画まで魔族軍が来てしまったらしい。
……もうちょっとだけでも情報は得たかったけど、仕方ないか。
これらを、一週間前に持って行けば――――!




