40 暴かれる大詐偽
「お、おいぃぃいいい! おい誰かあああぁ! わ、私の、私の財産を……! あの中には、金貨も証文もあるんだぞぉおおおお……!」
炎に包まれた建物の前で、煤けた高級服を身にまとうベシウスが、後ろ手に組み伏せられている。
ちりちりとした火の粉と灰と共に、炎に包まれた証書が空を舞う。
野次馬はがやがやと騒ぎ立てるものの、誰一人として悪名高き高利貸しを助けようとはしない。
それどころか人々は燃えていく建物に歓喜し、神に感謝の祈りをささげる者さえ居る。
「お、おい……! お、恩知らずの貧乏人共、誰か助けろ……! ふざけるな、お前らが食いつないでいるのは、誰のお陰だと思ってるんだ……! 私が金を貸さなければ、お前らは今頃死んで……!」
そこまで言ったところで野次馬による怒号が爆発し、ベシウスの声はかき消されてしまった。
ベシウスは煤と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、嗚咽を噛み殺している。
奇妙なのは、ベシウスを抑え込んでいる男たちが、国家権力によるものではないという点だ。
道の真ん中には紋章のついた馬車が止まっており、羽交い絞めにされたベシウスが歓喜の声と共にその荷台の中に放り込まれた。
しかしあの紋章、いつかどこかで見たような……
と、思案していると。
「あらあら。お金をお借りした高利貸し様が燃えてしまいましたね。証書も……灰になってしまったようです」
一週間後の現在に戻ってきた俺はロナの姿で、燃え盛る建物を三人と共に見つめていた。
「という事で、これであなた方の借金は白紙になりました。……約束、覚えてらっしゃいますよね?」
隣に立つオニキスが、炎を呆然と見つめるヴィストとズーに笑いかける。
こいつは何を言ってるんだ。
「は、はぁ……? 確かに約束はしたけどよ、でもこんなのノーカンだろ! だいたいお前は何もしてねーじゃねーか!」
「そうですか? しかしお約束では、手段に条件は付けていなかったと思うのですが」
「手段もなにも……こんなのただの偶然じゃねーかよ! なんか知らんが、あの馬車に乗ってる貴族があれを燃やしたんだろ? ならそもそも、あの貴族とベシウスの仲たがいを知っててこんな約束したんじゃねーのか?」
「ふぅむ、なるほど」
なるほど、じゃないが。
オニキスは考え込むように燃え盛る炎に目を戻し、しばらく考え込む。
「ここに起きた事は偶然、もしくはこうなることを先に知っていたから約束をとりつけた。ズーさんはこうおっしゃってますが……ヴィストさんの意見は?」
「……悪ィが、こんなんで約束は果たしたと言われても納得できねェよ。商売で手を組むってのに、どうも騙された気がすンのは気に食わねェ」
「そーだそーだ! ちょっとした賭けなら敗けてやっても良いが、こんなラッキーで約束だなんだって言われて納得できるわけねーだろ!」
などと言い合っている三人を横目に、俺は紋章の既視感の正体に気づく。
あれだ、俺がお茶をぶっかけた、ドルエズの服についてたものと一緒なんだ。
しかし……ドルエズは高利貸しに出資をしている立場だって、グラシア様は言っていたはず。
過去の改変前は平和だった両者の関係に、亀裂が走った?
だとすると――
「そうですか……。お二人の『答え』がそうなら、わたしも引かざるをえませんね。残念ですが、今回はご縁が無かったという事で」
おどけるように両手のひらを胸の前で見せて、小さくを頭を下げるオニキス。
お二人の『答え』……その言葉に違和感を覚える。
倉庫の差し押さえ書、
ドルエズの紋章、
高利貸しへの出資、
借金を白紙にする宣言、
計画の前倒し、
そして……大規模な詐欺。
「ちょっと良いですか? 俺の方から一つ」
「……なんでしょう?」
その場を去ろうとしていたオニキスが振り返る。
目の下の黒い宝石が、炎の光を受けて輝いていた。
その瞳は、何かを期待しているようにも見える。
「『答え』ですよ。もちろん」
俺が言い放つと、口を開くオニキスより先に。
「……おいどうしたんだ新人。なに急に格好付けてんだ?」
ズーの方が空気を読まずにツッコんできた。
……やめろ。いま良いところなんだから。恥ずかしいだろ。
「そうですか、『答え』を。ではお聞かせ願いましょうか。こちらとしても興味があります」
品定めするようにオニキスは腕を組み、俺を見上げてきた。
さて。どこから話そうか。
「つまり……この現状は、オニキスが意図的に引き起こしたものなんですよ」
「は、はあ? じゃ、じゃあ、あの建物に放火をしたのって……こいつなのか⁉」
「……違います。それじゃ単なる犯罪じゃないですか」
アホは黙っててくれないか。
あまりに短絡的すぎる脳みそを持つズーに対し、ヴィストの方はあまり驚いていないように見える。
「ならなんだってんだ。まさか小娘があの貴族を動かすようなことが出来るとも思えんがァ……」
「考えるべきはそこです。なぜオニキスさんは、有力貴族に高利貸しを攻撃するよう仕向けることができたのか? 彼らに、何か利害関係があったのではないか?」
この答えは、すでに知っている。
グラシア様からこの事について聞いていたからな。
「あの貴族は、高利貸しに出資をしているんです。金貸しは巨大な資本を必要としますから、まとまった金を持つ貴族に、利息を払うことで出資をしてもらってるわけですね」
「そうなのかぁ。クッソ……良いよなあ金持ちは。自分で働かなくても、どっかに金を出してるだけでどんどん膨れてくんだからよ」
「……そう良いことばかりでは無いですよ。貸したお金は、帰ってこないことがありますから」
そう。ここが色んな意味で重要なのだ。
預けたお金は、必ず帰って来るとは限らない。
「高利貸しは最近の飢饉に付け込み、生活の苦しい農民たちにお金を貸しています。彼らは返す当てがありませんから、期限を過ぎたところを炭鉱に送り、格安の労働力を手に入れる……そんなあくどい商売をしているとか。しかしこれは、短期的に見れば金を貸す側が損をしているとも見えますよね」
「……長期的に見れば高利貸しのぼろ儲けだがなァ。そんなもん、一か月もこき使えばすぐ元が取れんだろ」
「ま、まあ、そうなんですけどね。ただ、ひとまずは高利貸しの手元の資金を見ると……普段よりは少ない状況にあるのが分かると思います」
おそらくオニキスは、ここを原点に行動を始めたのだろう。
多くの人々が金に困っている今、ベシウスはこれを商機と見て金を貸しまくったのだ。
そう。商機だからと、多少無理をしてでも。
「ここで話は変わり……もし、複数の貴族が同時に詐欺か何かに会って、次々と現金が必要になったとします。そうした場合、彼らは金を貸していた人から、一時的に金を引き出したいと考えますよね?」
「……なんだその仮定は。そんなでっけェ詐欺があったら、噂になりそうなもんだけどなァ」
「もしかしたら、何か表に出せない事情があるのかもしれません。後ろめたいことに繋がってる……とか」
オニキスの表情を伺うと、眉を小さく釣り上げたのが見えた。
彼らは人々を騙して土地を買った。
それゆえに詐欺に会ったとは大々的に騒げないわけだ。
「複数の出資者がいきなり金を引き出したいと言い出すと、高利貸しは困ります。今は手元に現金が少ない状況ですから、払い戻しが重なると、要求に答えられなくなるんです」
「おい、それって貴族からしたら……貸した金が返ってこないってことか? それやばくねーか?」
「はい。その通りです。そうなれば彼ら貴族はとても焦るでしょうね」
ズーのくせにとても良い理解をしている。
そして、問題はさらにある。
「ここでベシウス自身もその詐欺にかかっていたとしたら、問題はさらに厄介ですね。二重に偶然が重なって、手元の資金がごく少ない状況に陥るわけですから。まぁ、流石にそんなまぬけなことは無いと思いますが」
「……なんだその言い方は。何か知ってるみてェじゃねェか」
「い、いえ、そんなことは。それでですね、手元に資金がほとんど残っていないベシウスは、自身の持つ資産になるモノや為替を現金にするしかないと考えるわけですが……不運なことになぜか、彼の倉庫は国に差し押さえられているんです。どうやらこれは手違いだったようで、数日後には解放されるのですが」
俺が言うと、ヴィストはにやりと笑う。
「……なるほどな。最後の逃げ道を潰すための差し押さえ書かァ……。この状況なら、数日間差し押さえられるだけでベシウスにとっちゃ大打撃だろうな。ようやく禁が解けても、そっからモノを現金化して、それぞれに返す手間を考えると……」
「何日も何日も待たされた貴族たちは取り付け騒ぎを起こし……そうして高利貸しは破綻を起こすわけです。これが、今回の騒動の真相です」
ここまで言い切って、オニキスの表情を伺う。
少女は眼を輝かせ、満足げに笑顔を浮かべると。
口を開こうとしたオニキスより先に、ズーがハッと天啓を受けたような顔をして叫ぶ。
「分かったぞ! だからあの貴族は建物を襲って燃やして、ベシウスを捕まえたんだな! あいつはいつも自分がしてる見せしめと、同じことをされたんだ! どうだオニキス! これが俺の答えだ!」
……お前の?
いや、そこはもう、真相が分かればおのずと見えてくる、おまけみたいなところで……
「お見事ですズーさん。すばらしい、流石の推理です」
……おい。オニキスもズーで遊ぶな。




