39 借金の帳消し
「逆ナン……? まァ、そうなんじゃねェか、知らねェが」
「やっぱそうっすよね! やべー……どうすれば良いんすかね! え、えっと……お、お姉さんこそ、めっちゃ綺麗っすね……」
……おい。
何でこんな野郎に俺はお世辞を言われなきゃいけないんだ。
しかしミスったな、つい今の自分が女性の姿だというのを忘れてしまう。
「その……そこの方はお知り合いなのですか?」
と、不思議そうにこちらを見つめていたオニキスが声をかける。
口調が商談モードだ。何か企んでないかコイツ。
「い、いや、勘違いでした。似た獣人の方と知り合いでして……」
「そうでしたか、なるほど。それで、貴方は?」
オニキスは二人の方に興味を持ったようで、ズーに水を向けると。
「お、俺はその……貿易事業をしてる……みたいな? しかも、一応国家にちゃんと認められてて……っすね」
「へー! それは凄い! かっこいいですね!」
「か、かっこいい……。……ま、まぁ? 自分じゃそう思わねーけど?」
何故かズーをおだて始めるオニキスだが、当の本人はまんざらでもなさそうだ。
そんでさっきからチラチラとこちらの様子を伺ってくるな。
そんなんで女が釣れると思うなよアホ。
「てか……こっちの方もなんか見覚えがある気がすんだが……どっかで会ったか?」
と、急にオニキスの顔をまじまじと見出すズー。
ずっと俺の方ばかり気にして、オニキスの正体に気づくのに遅れたらしい。
「この人はほら、カードのイカサ……」
「わたしは商人のオニキスと申します! それよりお二方は、貿易事業を行っているのですか?」
「今なんか言おうとして……まぁいいか。なことより俺たちはスゲーんだぜ! 並の商人なら三日かかる航路を、俺たちは一日で二往復しちまうんだからよ! 三日かかるところを一日で二往復だから……えっと……まぁとにかく、すげー儲かんだ!」
バカバカ、こんな金の亡者の前で儲け話なんてしたら……
「それはすばらしい! もしよろしければ、詳しくお話をお聞かせ願えませんか? 噂は聞いていたんです、ここ最近、予想をはるかに超える量の輸入を行う商人が現れたと……」
ほら見ろ、もういっちょ嚙みする気でいるじゃねーか。
しかし何というか……嫌だな、この子が関わると、何か変なことに利用されそうで。
「え、えっと……こんなところで突然話しかけて、迷惑でしたよね! 貿易事業、頑張ってください! オニキスさんも、邪魔になると良くないですから……」
俺は何とかオニキスの手を引いて、海賊たちから引きはがそうとするも。
「じゃ、邪魔なんてそんな。オレはもっとあんたと……あなたと、お話したいっすけどね……?」
「ほらほら、このお方もそう言っておられますし。もっとお話をお聞かせください!」
話を切り上げようとしたのに、ズーのせいで引き止められてしまった。
どうしたものかと悩んでいると。
ここまで話を傍観していたヴィストが、ゆっくりと手を組んで口を開く。
「悪ィがな、駄目だ。今俺らはちょっと資金繰りに困ってるところでな。色々と借金だなんだと大変なんだ。変に今俺達と手を組もうとなんてしたら、貧乏くじを引くことになるぜ」
きっぱりとした態度のヴィストに俺は安堵するも、オニキスは動揺を見せずに。
「そうですか、借金を……」
言いながらオニキスは高利貸しの立派な建物をちらりと見て。
「では……その借金が白紙になるとしたら?」
そんな、意味の分からないことを言い出した。
「……あァ? オマエが、借金を肩代わりしてくれるってことかァ? そんな都合のいいこと……」
「いえ、そんなことは致しません。しかしとにかく、その借金を白紙にしさえすれば、私をその貿易会社に噛ませてくれるのですね?」
「……んなことが出来ンなら、誰でもなんだって言う事聞くだろ。……そんな馬鹿な芸当が出来るんならな」
珍しくヴィストが動揺している。
流石にこの提案は、予想もしてなかったのだろう。
「こちらとしては問題ありませんよ。別に、計画を少し前倒しにするだけですから」
……計画?
こいつ、何をしようとしてるんだ?
たった今、二週間で金貨数万枚を稼いだ実例を見せられただけあって、はったりとも断定できないし。
「ときに……あなたは修道女でしたよね? この訴状をこっそり、教皇室の机上に混ぜて来ていただけませんか?」
「……なんですかコレ。倉庫の……差し押さえ書? 公的に人の財産を抑える命令……みたいなことですか。でもこんな偽物、すぐにバレますよ……?」
「もちろんです。ですが今の政府は色々と忙しいようですから……偽物だと発覚するのに数日間はかかるでしょうね」
にこにこと意味ありげにオニキスは笑う。
……何がしたいんだ?
倉庫を一つ抑えたところで、何が変わるとも思えないが……
「まぁとにかく、お願いしましたよ。私はもうちょっと色々やることがありますので……それでは!」
オニキスは元気に手を振り、ジャラジャラと金の音を鳴らしながら走って行ってしまった。
……本当に何なんだ。
借金を白紙にする宣言に……偽の差し押さえ書か。
というかこんな事、俺にやらせるな。
机の上に置くだけとはいえ、偽造文書を意図的に誤認させる形で提出するなんて……
しかし、本当にこれで海賊の借金が帳消しになるとしたら?
もとはといえば、そのために俺は過去に戻ってきたわけで……
「そ、その……。あいつ、どっかに行っちまいましたけど……。こ、これから、お茶でもどうっすか……?」
なんだお前。
悩む俺の内心も知らずに、ズーはもじもじしながら話しかけて来る。
「え、えっと……ほら、俺って左手の指だけ六本なんすよ。め、珍しくないっすか……⁉」
口説くのが下手過ぎる。誰がお前の指の本数なんかに興味持つんだよ。
……いやお前、本当に惚れてんじゃないだろうな?
やめろ気持ち悪い、近づいてくんなお前……!




