37 二面性と被害妄想
「わ、分かってたんですよ……高利貸しの控室からずっとこちらをいやらしい眼で見てたのは……! く、暗いところに追い詰めて、そのたくましい腕で掴んでそのまま押し倒して……服を引きはがして……それで、な、何をするつもりなんですかぁ……!」
「……なんで途中から官能小説になってるんですか」
誰がいやらしい目だ。というかたくましい腕とは程遠いだろ、この体。
赤らめた顔を麻袋で隠しながら、たどたどしく変なことを叫ぶオニキスは……
「あ、あれ? よ、よく見たら……女性の方……? なら強姦目的……とかじゃないんですかぁ……?」
俺の姿をようやくちゃんと認めたのか、おずおずとこちらを見上げて来る。
そう言えば、海賊から隠れるために女装をしてたんだったな。
自分でも忘れていた。
「そうですよ、勝手に尾行したのは謝りますが。そんな目的では決してないです」
「そ、そうですか……。でも……とても性欲の強いレズの方の可能性も、私を殺しに来た殺し屋の可能性もまだ……ううう……」
「殺し屋って……殺される心当たりでもあるんですか」
何なんだコイツ。
同性愛者の下りはスルーし冗談を言ったつもりが……オニキスは黙り込んでしまった。
……あまりツッコまない方が良い気がするな。
「と、ところでその修道服……教会の方、ですかぁ……?」
「え? はい、一応そうですが……何か?」
何か問題でもあるんだろうか。
オニキスはじろじろと俺の体をねめまわし。
おずおずと切り出してくる。
「な、ならぁ、ちょっとだけ、お手を貸してくれませんか? そ、その……お時間が、あれば、ですけど……」
……はい?
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「ほ、本当でごぜぇますか、あの土地を? これはほんにありがたい……」
腰の曲がった老人は眼に涙をためて、金貨を受け取る。
「あぁ、これも神様のお陰ですじゃ。これで妻に美味しいもんを食わせられます……」
「お前さん、良いんだよぉ……。もうろくにものを口にしてないのはあんたもやろう? 一緒にお祈りをしてから、市場に行こうじゃないのぉ」
被災者の仮住居に住まう老夫婦は何度も拝み倒しながらこちらを見送った。
遠く離れてからも、ありがとうございましたと声が聞こえてくる。
「人助けというのは本当に、きもちが良いものですねぇ……げへ、げへへへ……」
笑い方が汚い。
じゃらじゃらと鳴る袋に頬をこすりつけながら、オニキスは満足げに笑みを浮かべる。
「……本心が隠しきれてませんけど。今買ったのが、先ほど売った土地なんですよね?」
「な、なんですかぁ……! な、何か文句でもあるんですかぁ? ううぅ……この国の犯罪者どもはすぐに人を疑ってぇ……」
神を捕まえて犯罪者呼びとは。
オニキスは緩み切った顔をきゅっと寄せ、奪われまいと金貨袋を抱きかかえる。
「文句というか……今老夫婦に渡した金貨は150枚でしたよね? それに対して……その金袋の中身、その五、六倍は入ってそうですけど」
「な、何か問題でもあるんですかぁ……! わたしは適正な値段でモノを売り買いしてるじゃないですか。実際、売り手も買い手も喜んでいましたよね……?」
それは……そうだが。
火山の被害を受けた土地を金貨150枚で買うなんて、普通なら笑い話だ。
しかし。
「……どういう、事なんですか。どうして高利貸しなんかが、使い物にならなくなった土地を高い金で買おうと?」
「そ、それは……彼らクソ貴族が欲しがっているのは土地そのものではないから……ですよぉ……」
クソ貴族。
急に汚い言葉が出てきて面食らう。
表ではニコニコ商談していただけに、ちょっと怖い。
「土地そのものではない、というのは……?」
「あ、当たり前の話じゃないですか。固まった溶岩や火山岩でまともに歩けないんですから、土地そのものに価値はありませんよね……?」
「じゃあなぜ……」
「商談を盗み聞きしていたあなたのような卑怯者なら、分かると思いますけど……」
卑怯者。
じっとこちらを見つめて来るオニキス。
確か、あの場では……
「被災者の土地を買い上げることで、人助けをしたい、とかなんとか……」
「そ、そうです。見栄っ張りの貴族どもは、社交界に置いてどれだけ人助けをしたか、多額の寄付をしたかが大きなステータスになりますからぁ……んん……」
オニキスはうんっ、と袋の中の金貨を鳴らして持ちあげ直した。
しかし……そんなものに実際の価値の何倍もの金を出すか?
他の貴族ならまだしも、ベシウス卿は貧乏人に金を貸して、その子供を殺せと平気で命じるような奴だというのに。
「……それは表向きの理由のはずです。裏向きの理由は?」
「気になりますか」
口調が変わった。ベシウスの前や、老夫婦の前、商談をする時の声だ。
同時に目つきは鋭くなり、背筋もぴんと張る。
「ならそうですね、金貨十枚でお教えしましょう」
「……はい? そんな大金、手持ちにあるわけ……」
「そうですか。では諦めてお帰り下さい。はい、今日の報酬です」
少女が背伸びして手渡してきたのが……丁度金貨十枚。
「……初めから俺を無償でこき使うつもりだったんですか」
「いえいえ。それは報酬ですから、ご自由にお使いください」
「俺が金銭的に困って無さそうなのも、計算の内ですよね」
「何のことでしょうか。はい、まいど!」
しぶしぶ金貨を手渡すと、オニキスは大事に金貨をしまいなおす。
商談が終わると同時に肩が丸まり、見上げる目に怯えが戻る。
「た、ただ隣に立っているだけで金貨十枚は……思い切った報酬のつもりだったのですけど……」
「……どうせ返すと判っていて設定したくせに」
「あ、あの老人たちも、私が教会の人だと信じて疑っていませんでしたし……なかなか良い働きでした……よ?」
「訂正しようとしたら凄い顔で睨んできたじゃないですか」
「あ、当たり前ですぅ……! あれで商談が潰れていたらどれだけの損失になる事か……ううぅ……」
なるほど、狙いはこれだったらしい。
得体のしれない人に土地を売れと言われれば普通は警戒する。
だが教会の人間に土地を買い取ってあげましょうと言われれば。
あの通り涙を流して感謝する、という訳か。
「ま、まぁ……情報料もいただいた事ですし、そろそろ本題に入りましょうか。カス貴族どもが欲しがっているのは、土地そのものではないと言いましたよね……?」
「表向きは困っている人を助けるためって話でしたけど」
先ほどから貴族に対する呼び方が定まっていないのはあまり触れないでおく。
問題は裏の理由だ。
「か、簡単に言うとですね……彼らの目的は、宝石なんです」
……なんだそれは。




