36 吊るされた男
顔を赤くして背中を叩き続ける機械になってしまったシャノンさんの機嫌をとり。
農場を離れて港を目指す。
こんなことをしてる場合じゃないんだ。さっさと海賊たちを探さないと。
南に向かって歩いていると、市場の入り口を示す大きな門の前が人だかりになっているのが見える。
なんだ? 門に何か面白いもんでも……
軽い気持ちで俺は大きな門を見上げ、そして――
――おいおい、ありゃあなんなんだよ怖えな
――獣人の首……決闘でもあったか?
――いや、多分見せしめだろ。ほら、前もあっただろ?
――高利貸しに金を返せなくなった奴が、奴隷に堕ちるのを拒否したやつか
――あの顔、見たことあるぜ? 確か最近おとなしくなったって噂の海賊の……
俺が呆然と立ち尽くす中、ぐいっとその手を掴まれる。
な……っ⁉
頭がそのことを整理する前に俺は強引に手を引かれ……
「うぐ…………っ!」
薄暗い路地裏に打ち捨てられて見上げる。
そこにいたのは……肩を怒らせた、屈強な獣人たち。
彼らは殺意に満ち、蔑むように俺を見降ろしていた。
そのほとんどに、見覚えがある。
間違いなく、このあいだ一緒の船に乗った……
「てめぇだな、ロナって野郎は」
な、なにを……
怯えながら頷くと同時に、獣人は顔に強烈な蹴りを入れた。
その衝撃で、ようやく俺は今しがたの光景の意味を飲みこめた。
あれは、ヴィストの死体だった。
――死ね――お前のせいで――ボスを返せ――お前さえ居なければ――
殴る、蹴る、折る、叩きつける、踏みつぶす。
認知を超える痛みの雨に、獣人たちが大声で罵る言葉すらまともに聞こえない。
そのどれもが、最大限の憎しみを込めている。
分かってる。
俺が悪いんだ。
俺が余計なことをしなければ、ヴィストは今も海賊として楽しく生きられていただろう。
見せしめとして吊るされるなんて、そんな無様な死に方はしなかっただろう。
誰かのせいで敬愛する人が死んだとなれば、俺だってこうする。
痘の件だってそうだ、俺が世界に干渉したせいで、また沢山の人が苦しんで。
分かっている、分かっている。その罪の重さは、背負うから。
頼む。あと一度だけあと一度だけ、やりなおさせてくれ……!
―――――――――――――――――――――
「た、頼みます……。あと一日だけ、あと一日だけ待ってくだせぇませんか……」
薄暗い部屋の中、歯の抜けた髪の薄い農民がそう懇願する。
正面に座る小綺麗な服装の男は、退屈そうにため息を吐くと。
「先週も同じことを聞ききましたねぇ。その時は一週間後には必ずと、そう約束して頂いたはずですが。これ以上約束を破るようでしたら、炭鉱にでも行きましょうか」
「こ、子供が居るんです……! 今年三つになったばかりの子があ……! べ、ベシウス様、頼みます、炭鉱なんかに飛ばされちゃ、あの子が生きていけませんで……!」
港の端に構える、真っ白な石灰岩作りの建物。
美しい外見に対して室内は光量が少なく、やつれたような人が多く椅子に座って順番を待っている。
俺は今、万が一にでも海賊たちに見つからないよう、髪の毛を伸ばして女装をしている。
市場では目立たない格好なのだが、若い女性がこんなところに居るのが珍しいらしく逆に目立ってしまっているような気もする。
「そうですか、子供が。子供が心残りで身を売れないのなら……そのかわいい子供が死んだら解決するのでは?」
「な、何を……⁉ ま、待ってくだせぇベシウス様! そんな、そんな……!」
「ここのところ実に多いんですよねぇ、コドモがコドモがって喚く馬鹿どもが。何度も同じ話を聞いていると頭が狂ってしまう」
絶望に声も出ない農民に、気分を良くしたベシウスは低い声で命令を下す。
「おい、コイツの身元は分かってるはずだ。ガキを殺して、明日の朝吊るせ」
「ま。待ってくだせえ! そ、そんな……あ、あああああ……!」
……最悪だ。
暗い部屋に絶叫が満ちる。
こんなところにずっと居ると、気分が悪くなってくる。
ここは一週間前の世界。
戻れるギリギリのところまできたつもりだが、台帳を調べると彼らはこの時点以前にお金を借りていたことが判明した。
となると、金を借りたという事実は変えられないわけだ。
なら、どうやって返済するかだが……
一番簡単なのは証文を盗みだして、無かったことにする事だろうな。
ただ、どうやって警備を突破するか。
たとえば鍵なんかは錠前を百年くらい前に飛ばして錆びさせたり。
そもそも鍵に触れたまま百年も前に飛ばしてくれば、錠前は簡単に消せ……
消せないか。
過去改変は歴史をその時点からやりなおす事だ。
となれば現時点に戻って来る間に、ベシウス様とやらが再び錠を作るだけだろう。
あとは……
百年前に遡行をすれば、建物ごと消せる。
部屋の中にあたる空間に入ったあと、時間を戻せば……
中には入れる、が、金庫は破れない。
人間が入れる大きさなら、今の方法で中に侵入すればいいだけなんだけど……
そもそも、誰も俺を信仰していない時間まで戻るなんてことは、自殺行為か。
信仰が尽きる前に戻ることが大前提だけど……ちょっとコケただけで間に合わずに消滅なんてこともあり得る。
ならどうやって……
手詰まりに頭を悩ませながら頭を抱えていると。
「だ、大丈夫です、わたしならできる、わたしなら出来る。こわくない、こわくない……」
隣に座った少女が、小さく呟きだした。
日に焼けた肌を持つ、小柄な少女。
目の下に黒い宝石がある……岩晶族の特徴だ。
彼女はおどおどとした口ぶりで、自分を安心させるように胸に手を当てて呟いている。
……どこかで見覚えのある顔だな。
けど、どこで見たっけ?
と、そこでベシウスの部屋の扉が開き、屈強な男が少女に中に入るよう促す。
「お、おちついて、大丈夫、大丈夫です……いつもどおりやれば……」
少女は立ち上がり、ぶつぶつと呟きながら部屋へ入って行った。
なんだっけ。どっかで見覚えがあると思ったんけど……
「やあ、いらっしゃいオニキス殿。待っていたよ」
と、部屋の方から明るい声がする。
先ほど、子供を殺せと命じた声と同じだ。
まったく態度は違うが、同じベシウス様なのだろうか――と。
対する少女の声に、俺は耳を疑う。
「こちらこそ、再びお声がけいただきまして嬉しい限りです。お眼鏡を変えられましたね、とても素敵です」
「お世辞はよしてくれオニキス殿、商談に来たのだろう?」
上機嫌にベシウスは応えるが……少女の声が、先ほどと全く違って聞こえる。
おどおどとした様子は全くなく、まるでやり手の商人のような。
それと今の子の名前は、オニキスというらしい。
確か、同名の黒い宝石があった気が……
あそうだ、思い出した。
目の下の黒い宝石。先週、ズーがやられたイカサマ師だ。
俺が選ぶカードを変えてやったにもかかわらず、見事な腕前ではずれにして見せた……
でも、先週まで路上で賭博をしていた少女が……何で高利貸しと商談を?
「ええ、先日お話した火山周辺の土地の件です」
「そうだと思ったよ。それで?」
「実は最近急に売れ行きが良くなりましてですね、殆ど売り切れてしまいまして」
……は?
火山周辺の土地?
それって……オルロ山噴火の被害で復興が大変な場所のはず。
それが殆ど売り切れ? そんな馬鹿な話が……
「いやぁ、私もドルエズ卿に感化されてね。困っている民の役に立ちたいと思うようになったのだよ。しかし売り切れていないかと心配してオニキス殿を呼んだのだがね」
「そうだと思いまして。もちろん、確保しておきましたよ」
満足げに笑う男に、少女――オニキスは声を低めた。
「卿の事ですから少ないと不満に思われるといけないと、少し多めにしております」
「そうか、君も抜け目が無いな。では、好意に免じてその分を全て買い取ろうじゃないか」
「本当でございますか! 毎度ありがとうございます!」
「なあに、世のため人のため、それは全て身に帰って来るものだからねえ」
なんの冗談だ? 子供を殺させる命令をした男が、世のため?
違和感を覚えながら話を聞いていると。
そこから少しの世間話を交わしたと思ったら、オニキスはものの十分で部屋を出てきた。
その手には、大量の金貨が詰まった袋を携えて。
「えへ、えへへへ……やった、全部うまくいったぁ……!」
今にもよだれを垂らしそうな顔のオニキスは、袋を掲げながら歩き……
流石に我に返ったのか、警戒するようにきょろきょろと辺りを見渡した。
この控室に座る人は皆それどころではない様子で、オニキスの事など見向きもしない。
しかし……二週間前までは路上でカードを捲っていたはずの少女が、土地を転がすようになるとはな。
俺は気になってその姿を追い、遅れて外に出る。
彼女はなんとも無防備に、金袋をジャラジャラと鳴らしながら人混みに消えてゆく。
何とか目を離さないようにしながら追い……路地を曲がったところで。
「…………っと」
思わず声を漏らしてしまう。
暗い路地を曲がった先には……
「な、なにが目的なんですかぁ……? わ、わたしのこと、尾けてますよねぇ……?」
……バレてたのか。
岩晶族の少女が金袋を両手でぎゅっと握り締め、怯えるようにこちらを見上げていた。




