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32 大暴落の裏側

「オラぁ! ざまあねぇな樹命(じゅめい)族の雑魚どもがよ! おい新入り、お前ももっと飲め飲め!」


 やめろ。押し付けてくんな酔っ払いが。

 お前たちはいいかもしれんが、俺はこっからが問題なんだよ。


 お祭りムードの船上で、俺はただ一人、心にもやをかかえている。

 とりあえず目の前の危機はどうにかなった。

 問題は、これが持続可能なモノじゃないという点にある。


 これだけのことをやらかしては、彼らは二度とヘロシュの地を踏めないだろう。

 それにヘロシュの役人が彼らを見た目だけで怪しんだ以上、何度やりなおそうにもこれ以上の結果は期待できない。


 つまりゲティアの食糧問題は、まったく解決していない。

 これじゃあ信仰は取り戻せずに、俺は死ぬしか――


「てかあれだな、この本持ってきちまったけど……普通に邪魔だな。まぁ、最悪海に捨てれば良いか。おいアニマ、余興にこのぶってぇ本、海に投げ捨てよーぜ!」


 止めろ止めろ!

 貴重な魔導書をノリで海に投げ捨てるな……!


――――――――――――――――――――――――――


「あれ……?」


 そこは、平和そのものだった。


 建物は打ち壊されていないし、火の手も上がっていない。


 ここは六日後の未来。

 本来この港は燃え上がり、農民たちの手によって建物が打ち壊されていたはず。


 いや、そんなはずはない。

 一回目の交易でかなりの穀物を詰めたから、これで一日だけ暴動が遅れた……

 そう考えて一日後へと戻るも。


 やはり、港は平和そのもの。


 何があった? どうしてこんなことに……?


「おい新入り! 久しぶりだなオイ!」

「ロナじゃねェか。てめェ、なんで一週間も姿を消してたんだァ?」


 いたって平穏な景色に愕然としていると、麦袋を肩に抱えた獣人が二人。

 積み下ろしの時間に丁度かち合ったようで、同じく袋を抱えた屈強な獣人たちが傍を歩いてゆく。


「お、お二人……! これ、どういう事なんですか? なんでまだ暴動が……じゃなくて。なんでみなさんまだ、穀物を運んで……?」

「おいおい新人、頼むぜオイ! おめーの通商許可証をきっかけにこうなったんだろうがよ! 教皇様がヘロシュ公国に直接口利きしてくれたのを知らねーのか?」

「は、はい……? グ……教皇様が……?」

「……なんだロナてめェ、本当に一週間眠りこけてでもしたのか?」


 疑問でいっぱいの俺に、二人は笑う。

 それからしてくれた、ズーのヘタクソな説明と、ヴィストの的確な補足をまとめるに……


 海賊たちが初めてヘロシュから穀物を輸入してきたとき。

 彼らは当然市場で売りさばく権利を持たないので、闇市に大量に穀物を流したらしいのだが……

 突然の数十トン単位の穀物の供給で市場が大騒ぎになったらしい。


 色々と噂が飛び交い、それを聞きつけた教皇が元を探らせて……


「教皇様が、直接取引を持ち掛けてきた……?」

「あァ……そうだ。びっくりしたぜ、教皇様が安酒場に、本当に一人で来た時にはな」


 ……何やってんだ、グラシア様。

 こんなゴロツキ相手にそんなことをするな。


「そんで教皇は、『俺らが海賊を辞めてゲティアに投降するっていう姿を見せてくれれば、ヘロシュとの通商権を正式に出す』っていう裏取引を持ち掛け来てよ」


「……飲んだんですか? そんな条件を?」

「なわけねェだろ。俺達にとっちゃ海賊は誇りだ……みたいなことを言うつもりはねェが、そんな目先の利益に釣られて腹を晒すわけにはいかねェ。ただまぁ……向こうも断られるのは分かってたみてェでな」


 交渉における常套手段だ。

 最初にきつい条件を投げかけて、その後の条件を飲ませやすくするやつ。


「そしたら、『ならとりあえず先に通商権は与えましょう』なんて言いやがんだ。気でも狂ったのかと思ったら、『ただし、あなた方海賊が、ゲティアの通商船に攻撃をした場合に限り、通商権は後から剥奪することにする』ってな」

「なぁ新入り! むちゃくちゃ良い条件だろ? なんせこっちにデメリットが一切ねーんだし。これを断る方がもったいねぇって結論になったわけだな!」


 ……なるほど、交渉がお上手だなグラシア様は。

 最初の条件とやっていることは大差ないが、明らかに後者の方が飲みやすい。


 そしてこの条件を飲ませれば、対外的に海賊を封じ込めたとしてアピールも出来る。

 反社会的な勢力に屈したというより、奴らに首輪をつけてやった、というイメージに繋がるわけだ。


「まァ、これで内海を通る商船も増えやがって……相場はかなり下がっちまったんだがな。俺らは雑魚商人どもの船より圧倒的に速えェから、そこで儲けてはいるが……濡れ手に粟とはいかねェな」


 ……そうか、そういう効果もあるのか。

 

 海賊が船を襲わなくなれば、他の商人も増える。

 競争相手が増えれば、海賊だけに暴利を流さずに済んで……より相場が落ちる。

 ここまで聞けば、この港が燃えていない理由は十二分に分かった。


 この間も思ったが、グラシア様って意外と頭が回るんだよな。

 いつ見てもぎゃーぎゃー文句垂れてるけど。


「しっかし……最初は結構ビビったけどな! ヘロシュについた瞬間に捕まるとか、そういう罠の可能性も捨てきれなかったのが……本当にヘロシュの奴らが態度を変えやがってよ! あんだけ汚らしい獣人呼ばわりして来たのに、今度はぺこぺこしやがんだぜ!」

「ズーてめェ、調子乗って暴言吐いて迷惑かけたの忘れたのかァ?」

「そ、それは……うぅ……」

 

 何をやってるんだズーは。


「ところで、良く教皇様の話を聞こうと思いましたね。確か一度、掃討作戦を行って……教会に対していい印象はお持ちじゃないはずですが……」

「いやぁ、俺もそれ思ったぜ⁉ だけどボスがよぉ……」

「海賊だから、獣人だから、尻尾がねェから……普通はそうやって人を判断するもんだ。けど、何故か教皇にはそういう匂いを感じなかったンだ。最初に話をしたときも護衛をつけたりしてなかったしよ」


 なるほど、匂い……か。

 一対一で話すのもまた、グラシア様なりの覚悟の示し方だったんだろうか。


「そうやって人をレッテルで視ンのは、大抵の場合役に立つ。だから面倒なんだ。これのせいで俺たちは海賊をやるしかなくなっちまったわけだしよ」

「……やるしかなくなった? さっきも気になったんですけど、ヴィストさんは海賊であることに誇りがある、って訳じゃ無いんですか」


 尋ねるとヴィストはしばらく考え込むように鼻先を掻き。


「まぁ、こんだけ長い事海賊をやってると、馴染みのようなもんはあるが……本心ではそうじゃねェ。ウルグガルグ内戦がなけりゃ、こんな事やってねェしな」

「えっと……ウルグガ……内戦?」

「おいおい頼むぜ新入りぃ! おめーウルグガルグ内戦の事も知らねーのかあ⁉」


 ……嬉しそうにしやがって。

 コイツ、自分より馬鹿なやつが現れて喜んでやがるな?


「何にも知らねー新入りにも分かりやすく言うとな、二つの種族が一つの国の中で争って、俺らは負けたんだ。そっから俺達ヴリム族はウルグガルグに居場所がねーのよ」

「……え? じゃ、じゃあ皆さんって、元はまっとうに暮らしてたってことですか……?」

「ずいぶん驚いてるみてェだが、俺らは本国で犯罪をしてここに流されるわけじゃねェ。ここに居んのは、この世で唯一居られる場所だからだ」


 せ、戦争で敗けた種族……?

 罪は罪でも、戦争の勝者にとっての罪だったのか?


「まァ、俺らの場合は少し特殊なんだがな。実際、まだウルグガルグに残ってるヴリムは多い。待遇は酷いもんだと聞くが……民族が浄化されたわけじゃあねェ」

「なら、皆さんは何故ここに……」

「この海賊に居んのは、戦争でサピアと戦う主流派にいたせいで……戦後に処刑されそうになった奴らの生き残りだ。はじめはこの十倍はいたんだがな、手を汚さなかった奴はそのほとんどが飢えて死んだ」


 手を汚した一割が、生き残れたという事か。

 命と罪を天秤にかけ……彼らは命を取って罪を犯した。

 俺が、ゲティアの信者を騙しているのと同じく。


 しかも、その状況は戦争の勝敗という、個人にはどうにもならないものによって作られたもの。

 ならば、彼らの行為は責められたことなのか?


 また新たな罪の形が出てきて、俺は混乱してしまう。


「船を襲う事は当時、ヴリムの仲間にも軽蔑されたし、悩みもしたもンだ。けど、だからってガキを飢えさせる訳にもいかねえ。俺らの中には、本国のサピアどもが死ぬ気で殺したがってるやつもいる。本国で苦しい生活に耐えてる奴らのためにも、俺たちは何としてでも生きなきゃいけなかったンだ」

「サピアたちが死ぬ気で殺したがっている奴、というのは?」


 俺が聞き返すと、ヴィストはしまったという風に口を噤み。


「……しゃべり過ぎたな。いまのは聞かなかったことに……あれ。ズーの野郎はどこだ」


 暗い話に飽きたのか、いつの間にかズーの姿が消えている。

 と、少し離れた場所で騒ぎになっている人混みが。


「あれ。あの店って確かァ……」


 俺も同じことを思っていた。

 あれは確か、干し肉を買おうとして突っぱねられた、いけ好かない店主の――


「ギャハハ! こーんな値段で誰が買うんだよバーーーカ! 肉一枚に金貨五枚だあ⁉ てめーは俺らが金貨を齧って生きてるとでも思ってんのかあ⁉」


 騒ぎ立てるのはズー、そして周りには野次馬が集まっている。


「だ、だが……これでも先週から半額以上に値下げしているんだ。既に仕入れ値を下回ってる値段を、更に下げては……」

「バッカだなあ! 腐っちまう前にはけさせねーと、もっと損を被ることになんだぞ!」


 一週間前は涼しい顔でヴィストの事を見下していたはずの店主が、汗をだらだらと掻きながら値札を次々と書き換えていく。

 民衆はそのたびに、馬鹿にするような笑いを上げた。


「ほらほら、食料の値上がりに掛けてた貴族どもも、慌てて在庫を吐き出してるらしいぜ! そのせいでまた、物価が下がんなぁ! そうなる前に売り切らねーと、もっともっと酷えことになるぞぉ……!」

「クソっ! クソ……っ! み、見せもんじゃないぞ! 買わないならさっさと出ていけ!」

「もっと安くすりゃあ買うけどよぉ、こんなんじゃ買えねぇよねぁ⁉」


 悪態をつく店主に、ズーは民衆を煽る。

 人々は、商人たちが貴族と結託して飢饉で私腹を肥やしていたのを知っている。

 その鬱憤を晴らすように、人々は悪徳商人を笑っていた。


 そんな民衆の嘲笑う声と、商人たちの歯ぎしりが入り混じるのを聞きながら。

 体中の力が抜けていくのを感じる。


「おいロナてめェ、どうした? ぼーっとして……太陽にでもやられたか……?」


 信仰切れか、しかし今回もギリギリだったな。

 なんとか問題は解決し、新たな人材や色々と収穫は得たが……依然として俺の『使命』の方が進まない。


 次起きた時にはもっと平和に過ごせると良いのだけど…………!

第二章を最後までお読みいただき、本当に本当にありがとうございます!


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