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27 通商許可証のカツアゲ

 店を出ると、外には顔を腫らしたズーが待っていた。


「あ、ボス。いい肉が見つからなかったんすか?」


 何事も無かったみたいに。

 こいつらにとって、これくらいは日常茶飯事なのか?


「いやぁ、それがなァ。干し肉を買おうとしたら、金貨十二枚出せと言いやがんだよ」

「オレ、店主のことぶん殴って来るっす」

「やめろ、そんな野蛮なこと。殴ったって問題は解決しねェよ」


 それをお前が言うのか。


「無理すりゃ買えねぇことはねェんだが、しかしこんなんじゃ金をかじってるようなもんだろ?」

「そすか……。ガキども、楽しみにしてたと思うんすけどね……」


 しゅんと耳を垂らすズーは、そのまま何か思い立ったのか、こちらに目を向ける。


「そ、ん、で……お前は何なんだよ。なんでさっきからボスと一緒に居んだあ? 何か下心でもあんだろ。オラ吐けよコラ。ボスに取り入ろうったってそーはいかねぇからな?」

 

 顔を近づけてガンを飛ばしてくるズー。

 言動は馬鹿っぽくても、体がでかいせいでちゃんと怖い。


 本音を言うと、せっかく恩を売れたところだし、懐に入って弱みを握るとかしたいんだけど……

 海賊を内部から崩壊させて内海を安全にしたいです、なんてバカ正直に言うわけにもいかないしな。

 ここはもう一つの案についてお伺いを立ててみるか。


「えーっと、その……実は俺、あなた方に『商船の護衛』を依頼したくて」

「船の護衛だァ……?」


 ヴィストは首をかしげる。

 商船が内海を通れない主な理由は、海賊が危険だから。

 なら、その張本人に護衛を頼めば何とかなるかもしれない。

 

 が、ズーは更に憤慨したように。

 

「なんだてめー、やっぱ打算で近づいてたのかよ! てめぇなにもんなんだよ! どっかの貴族とか商会のボンボンとかそういうのかぁ……⁉」

「い、いえ……俺、教会から来たので、一応ちゃんとした国家事業として……おねがいを……しよう……と……」

 

 切り札を出すように提案したつもりが……二人の表情が変わってしまった。

 それも、悪い方にだ。

 明らかな敵意を向けられて、最後まで言い切る前に言葉が続かなくなってしまった。


「ボス、こいつ教会の奴らしいっすよ。オレらにあんなことしといて今更……」

「あぁ……悪ィな。さっきは世話んなったが、これっきりだ。礼だけはするがよ、受け取っとけ」


 ヴィストに金貨を一枚弾かれ、慌てて掴み取る。

 行くぞ、と短く言って、二人は船着き場の方へと歩き出してしまった。

 

 ……失敗した。

 呆然とそう思いながら、二人の背中を目で追う。


 『あんなことしといて今更』という言葉。

 よく考えれば、教会は一度海賊の掃討作戦を打ってるんだった。

 なら、一度命を狙われた身として、教会を信用する訳が無い。

 もう少しちゃんと考えろよ、俺……!


 けど仕方ない。次だ次! 俺にはどんな失敗もやりなおせるんだから!


 『遡行』 二分前――!


「――――でお前は何なんだよ。なんでさっきからボスと一緒に……おい、いまどっから出したんだ? その金貨」


 やべ。手に持ったままなのを忘れてた。

 怪訝な表情をするズーに、俺は取り繕うように懐に手を突っ込む。


「え、えっと……何でもないです。すみません……」


 言いながら誤魔化そうとすると、ズーにぐっと腕を掴まれる。


「な、なんですか……?」

「今見えた、その懐の奴はなんだよ。随分と上質な紙に見えたけど」

 

 ……こいつ、どんな動体視力してんだ。

 懐にしまっていた、グラシア様の置手紙と、筆跡を見比べるためのもう一つの紙。

 これ……五日後の未来から持ってきた文書だから、結構マズいんだけど。

 

「い、いやぁ……これは、ちょっとした仕事の書類でして……」

「にしては上等な紙に見えるけどなァ。国の公文書くらいだろ、その白さは。なんでおめェがそんなもん持ってる?」


 へらへらと切り抜けようとするも、獣人二人に詰め寄られる形になってしまった。

 まずい。非常にまずい。


「見せろ」

「あ、えっと……これは、だから……あんまり他人には見せられないっていうか……」

「見、せ、ろ」


 ……はい。

 ヴィストに真正面から凄まれ、逆らえずに文書を手渡してしまった。


「んだァこれ? 通商……許可証? へェ、面白ェもん持ってんじゃねーか。これァ、ヘロシュ公国との通商許可証か。しかも教皇印が押してある。コレ、どうするつもりだったんだ? 闇市にでも売ってたのか?」

「へ……? あ、ああ……そうですね。や、闇市? で見かけたもので、これで一儲けしようかと思って……」


 どうしよう。また数分前に戻るべきかな。

 でもそうすると、この許可証が時間のはざまに消え去ることになるし……

 適当に話を合わせる俺に、ヴィストはさらに顔を近づけ。


「コレ、くれよ」

 とだけ言った。


「そ、そうですか、なら、高価なものなので値段次第で……」

「あァ? 聞こえなかったな。コレ、貰ってくぞ。良いよな?」

「……はい。差し上げます……」


 怖すぎだろコイツ。ドスの利いた声で凄まれるだけで委縮してしまう。

 

 もうだめだこの世界。海賊を潰すどころか、なんかカツアゲされて終わりそうなんだけど。

 にしてもこんなんどうすれば……


 俺が悶々と悩んでいると、ズーの方が興奮したようにヴィストの手元を覗き込み。


「ほ、本当に教皇印が押されてる! しかもヘロシュって言えば樹命族の国っすよ! これがあれば、いくらでも安く穀物が手に入るじゃないすか!」


 ……ん?

 安く穀物が手に入る?


 俺は思わず、俯いた顔を上げて二人を見る。


「確かに、そうじゃねェか。穀物なんて、いまゲティアじゃ食料品が相場の六倍以上に膨らんでんだよな? これなら運んだ分だけ儲かりそうだが」


 ……なんか、話が変な方向に転がってないか?


「も、もしかして……これで貿易をするつもりなんですか?」

「それ以外にどう使えってんだよ! 利権が絡んだ通商許可なんて、オレらみたいな半端もんには絶対降りてこねーんだし。このチャンスを逃すわけにいかねぇだろ!」


 ……おっと。これは……どうなんだ?

 もしかしたら良い方に転がるかもしれないし、問題があるかもしれない。

 ここは慎重に……


「えっと……ヘロシュで穀物が買えるのは良いんですが、他の輸入業者も同じことをしてるんですよ? 片道三日で往復して、売りさばくとなると……元手ゼロで宝が手に入る海賊業と比べたら利益は相当低いと思うんですが」

「だーれがヘロシュに行くだけで三日もかけんだよアホ! 内海を通れば四時間で着くだろ? 帰りは風が味方するから、一日二往復は余裕になる。船三隻でも出せば、襲うよりもよっぽど儲かるぜ」


 は、はぁ……⁉ ヘロシュまで片道で、四時間って言ったか⁉

 グラシア様の話だと、内海を通っても往復でまる一日かかるって……


 化け物みたいなスピードだ。

 海賊というだけあって、航海方法や風の読み方が違うのだろうか。


 何なら、沿岸を通る他の船は往復で五日。効率で言えば十倍の差がある。

 しかも彼らは航海費や途中の港でかかるコストを全部すっ飛ばせるわけで……

 他の商人なんか束になっても敵わないレベルのパイプを持ってるわけだ。


 これは……想像以上にすごい人材を掘り当ててしまったかもしれない。


 もし彼らが大量に輸入を始めたら……それこそ、俺が求めていた『きっかけ』に十分なりえるだろう。

 

 暴動の起きる六日後、それまでに十二回の往復が出来るなら、そのたびに利益は雪だるま式に増える。

 なら、元手がなくとも市場の需要を彼らだけで満たすことも夢じゃない。

 そうなれば、高騰は止まるどころか市場は損切りのために売りに傾くはずだろう。


 ……あれ? もしかしてこれ、結論なんじゃないか?

 イグナート爺さんとシャノンさんのように、彼らに任せておけば食料問題は解決しそうだ。

 つまりこのまま一度未来に戻れば……!


 興奮冷めやらぬまま、二人の目の前で『遡行』を念じる。

 まずは、俺がドルエズにお茶をぶっかけた協議会のある、五日後の時点に――!


 ぐにゃりと視界が捻じれて、雑踏の景色は変わったものの……この時点ではまだ暴動は起きていない。

 問題は、さらに一日後だ。

 

 再び遡行を念じると、ざわあっという音と共に景色が変わった。


「…………駄目か」


 肌を焦がすような熱気と、ガラスの割れる音。

 活気ある港市場が、炎に包まれていた。

 人々が半狂乱で店を襲い、穀物が道路に投げ出され、地面に小麦の粒が散らばり――

 

 ……なるほど、ダメですか。これだけじゃ、解決しないと。

 しかし、従来の十倍以上の効率を誇る海賊たちなら、十分すぎるほど供給は増やせるのは間違いない。

 なら考えられる可能性は……


 何か、海賊たちの身に問題が起きる……とか?

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