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26 強欲な商人

「……ズーさん気絶してましたけど……放っておいていいんですか?」

「あぁ? いィんだよ、スられる金も持ってねぇし。馬鹿は目ェ覚ますまでほっとくのが一番だ。おい店主、干し肉、これを丸ごと頼む」

 

 でっか。なんだこのクソでかい肉は。


 ヴィストは店の中に吊り下げられた、人の大きさほどもある干し肉を指さす。

 俺達は港の中心に位置する、大きな食料品店にやってきていた。

 店の中では何人かの店員が値札の書き換えに忙しそうにし、金縁の眼鏡を掛けた店主だけは会計で悠々とそれを眺めていた。


「はぁ……それなら金貨十二枚ですが」

「ほら、釣りは要らねぇよ」

「毎度……いえ、まるで足りませんが」

「あぁ? 銀貨十二枚なんだから、金貨一枚で丁度だろうが」

 

 丁度なら釣りは出ないだろ。


 店主は怪訝な顔をして、ヴィストを見上げる。


「いえ、銀貨ではございません。金貨十二枚と申しまして」

「はァ……? 干し肉に金貨十二枚だァ? 嘘つくのも大概にしやがれよ」

「嘘は申しません。今、食料品の物価が暴騰しておりまして。他の店を見て貰えればお判りになるかと存じますが」


 そうか、食料品の高騰がここにも。

 眉間にしわを寄せるヴィストに、俺は横から口を挟む。


「その……店主は嘘ついてないと思いますよ。冷害やら噴火やらで、今穀物の物価は六倍とかになってるみたいですし……」

「高騰してるったって、金貨十二枚は……これじゃ金を齧ってる様なもんじゃねェか」


 言い得て妙だ。

 困惑する様子のヴィストに、店主は迷惑そうに顔をしかめて金縁の眼鏡を上げる。


「……金がないのですか? ならさっさと帰ってくださいよ。忙しい時期ですので、貧乏人に構っている暇はないんですよ」

「ああ……? てめェ、客になんて口を聞いて……!」

「金を払わないのなら客じゃないでしょう。客として扱って欲しいのなら、さっさと働いて金を貯めて来てください。でなければ、誰もまともに対応しようとしませんよ」


 なかなか強気な店主だな。確かに真実なのだろうが。

 会計簿に目を落としてペンを走らせる店主に、ヴィストは肩を怒らせる。


「て、てめェ、舐めた口きいてッと……!」

「はぁ……これだから頭の悪い獣人は。一発でも殴ってみなさい、すぐに衛兵が飛んできて、ブタ箱にぶち込まれるのがオチです。ゲティアの裁判官には仲の良いものも居ます。彼に頼んで、たっぷりと余罪をお付けすることもできますが?」


 敬語を崩さないまま、呆れたようにため息を吐く店主。

 対してヴィストは鼻息荒く、今にも襲い掛かりそうになっていた。


「ヴィ、ヴィストさん、ひとまず落ち着いてください。それより……一つお聞きしても宜しいですか? 店主さん」

「忙しいと言っているのが聞こえませんでしたかねえ……まぁ、一つならどうぞ」


 今にも爆発しそうなヴィストに目もくれず、再び会計簿に目を落とす店主。


「今日の協議会で話が出ていたのですが……貴族の方々が、この食料品高騰に目をつけて、投機目的で食料を買い貯めているというのは本当ですか? これが真実なら、商人と貴族とがグルになって不相応に値段を吊り上げている構図ができるように思うのですが」

「……商人が金を稼ぐことを考えて、何が悪いのですか。冷害と噴火の被害により、穀物市場は需要過多になり……大きな供給である収穫の時期はこの先一年は来ません。となると、しばらく価値は上がる一方です。国家政策も腐敗により期待できないとなれば……値上がりを期待して買い貯めるのは合理的な選択ですよ」

「……なァにが合理的な選択だ、人殺しが。堂々と値段のつり上げを認めやがって、飢饉は金儲けのチャンスだってのか?」


 俺も同感だ。なかなかすごいことを平然と言っている。

 舌打ちをして嫌悪を示すヴィストに、店主は表情を崩さない。


「これを取り締まる法は有りませんからねえ。だからこそ、協議会でも話題が出たのでしょう。もしこれが犯罪ならば、ひた隠しにされるはずですよ」

「……法に触れなくとも、そのせいで相場が六倍以上に膨れ上がり、人々が食料にありつけなくなっているのは分かっているのですよね?」


 俺の言葉に店主は、忌々し気に顔を上げる。


「彼らが貧乏なのは私の責任なのですかな? 違うでしょう、今日の高騰に至るまで、まともに金を稼ぐことをしてこなかった彼らの責任です。その因果が巡り、食料にありつけずに死んだとしても……我々を恨むのはお門違いというものですよ」


 貧乏人が貧乏人である状態は、努力不足だからだってか。

 それはおかしいだろ、と口に出そうとして、ふと既視感を覚える。

 俺は今まで、悪とは社会が作るもの、というゼタ様の主張に納得がいっていなかった。

 けどこれも、似たようなこと……なのだろうか。


「獣人の対立などその最たる例でしょう。尻尾のあるサピアたちは日々学ぶことで豊かになっていくのに対し、あなたのようなヴリムは野蛮なこと続けて貧しいまま。今はどちらが豊かな暮らしをしているのか――」

「おいロナ、さっさと出るぞ。これ以上ここにいたら、コイツの顔面をぶん殴っちまいそうになる」


 既に背を向け歩き出したヴィストに、俺はついていく。

 店主の言っていることは分からないが、差別的な意味は何となく察せた。

 サピアとヴリム……か。

 今の話からするに、尻尾を持つニーアさんはサピアで、尻尾を持たないヴィストとズーはヴリムになるのだろうか。

 なんか文化的なタブーを感じるし、あまり話題には出さないでおこう。


 不快な思いはしたが、一応もう一つ収穫があった。

 貴族が値上がりの期待を込めて食料を買い貯めているのなら、この高騰はある種のバブルだと言えそうだ。


 つまり、値段が不相応に吊り上がっている状態。

 この先に、何か値段が下がる兆しが見えれば、彼らは損失を避けるために売りを始める事だろう。


 なら、何か一つきっかけさえあれば……

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