23 暴力的なカモ
中央通りの市場には、痩せこけた乞食が至る所に座り込んでいる。
誰もが生気のない虚ろな目をして座り込み、指一本動かす気力もないように見える。
ゲティアの問題は全て解決した気でいたけど……疫病はゲティアを蝕む沢山の問題のうちの一つでしかない。
しかし……飢饉か。
五日後には人々の不満が爆発し、人々の信仰が完全に途絶えてしまう。
となれば当然、肥料とか農作業の改良とかを地道にしても意味がないわけで。
やはり大量に他国から輸入してくるより他に方法は無さそうなんだけど……
確か、内海は海賊が居て通れず、沿岸を行くと往復で五日かかってしまうとか。
なら、どうにかして海賊どもを潰すか?
遡行を繰り返して、海賊の本拠地を一人で壊滅させる……
かっこいいけど、このひ弱な体じゃそんな事出来そうにない。
じゃあ海賊組織に潜入して、弱みを握るとか――
と、考えながら歩いていると、何か違和感を覚えて立ち止まる。
いま、見覚えのある姿が――
「ゼタ……様……⁉」
白く長い髪に、小さなシルエット。
呟いた言葉と共に、その姿は人混みに消えていく。
いや、ゼタ様がここにいるわけがない。
けど、あんな容姿の人が他にいるか?
「ちょっ……! ま、待ってくださ……っ!」
人の波をかき分けて、必死に姿を追って――――
……完全に見失った。
ここは『千里眼』で…………じゃなかった。
今は奇跡が使えるほど信仰が残ってないんだ、すぐに忘れる。
というかここはどこなんだ。
市場に入って、南の方に降りてきた……ってことは、この先は港になるはずだけど――
「どういうつもりだゴラァ……! こんだけ苦労して持って来て、銀貨七枚だァ……?」
「い、いえ、だからその、これは全部贋作でして……!」
大通りに店を構える骨董店の店先で、二人の男が何か言い合っている。
と、心臓に悪い音がして、小さいほうの男が殴り飛ばされる。
店先に並んだ棚の一つが崩れ、ガラガラガシャガシャと品物が転げ落ちていく。
あーあー。骨董品たちが。ありゃ凄い額の品物だろうに。
もう片方の男、巨躯の獣人は鼻息荒く、ゆっくりと小男の顔面に詰め寄る。
筋骨隆々で毛並みは茶色い。
むき出しの牙を隠そうともせずに、鼻先を男にぴったりつけた。
「ニセモノだぁ? 俺がテメェを騙したって言いたいのかァ?」
「め、滅相もありません。旦那様に悪気はないのは重々承知しておりますとも……!」
小鬼族の商人は気が動転しているのか、目が泳ぎまくっている。
可哀そうに。そのまんま狼に怯える羊みたいだ。
おーこわ。変なのに巻き込まれる前に、さっさと離れよう。
「言ったよなァ、これはユゴルアからの立派な通商船から獲ってきたモンなんだぞ! 岩晶族の金持ち、それもオブシディア家が、わざわざ贋作を乗せて船を漕ぐかァ⁉」
……通商船から獲ってきた?
聞き逃せない単語に自然と足が止まる。
「で、ですが、これは明らかにニセモノでして……」
言って、商人は金の皿を差し出す。
「な、ナイフで表面を削ってみてください。そうしたら偽物とわかるかと……」
獣人は商人から目を離さずに皿を爪でひっかく。
ちりちりとしたクズが爪につき、それを商人が差し出した磁石につける。
「クソ、くっつきやがる。こりゃ合金メッキか」
鼻先に皺を寄せ、商人が渡してくる皿を一枚一枚見ていく。
やはり何枚やっても同じようだ。
「船の中で見た時は本物にしか見えなかったのに……クソが」
獣人は苛立ちを隠さずに金のゴブレットを山から取る。
「も、もういいでしょう。たとえ合金でも多少の価値はあります。傷をつけられては価値が下がってしまいます」
「クソ……じゃあどういう事なんだァ? あいつらがこんな出来の悪ぃニセモノをソトに売りに行こうとするかァ? 今すぐ説明しやがれェ!」
と、獣人はもう一度商人のみぞおちに食らわせる。
なんて理不尽な。
出来の悪いニセモノに騙されてたのはアンタじゃないのか。
「そ、それが偽物だったんですから、可能性として……。いえ、その前に、旦那様がそこを襲うと決めなさったのには何か理由があったんじゃないですか?」
「理由? あぁ、そりゃな。三日ぐらい前に、情報屋から聞いたんだよ。この日に、オブシディア家の船が襲いやすい海峡を通るって」
「そ、それです。その情報こそが罠だったんじゃないでしょうか、と」
「罠ァ……?」
獣人は不機嫌そうに、商人の鼻先にぴったりと顔を近づけて凄む。
「そ、その豪商は、大量の高価な品物をどこかへ運びたいと考えていたんです。でもあなた方海賊に襲われると巨額の損害が出てしまうでしょう。そこで……」
商人がそこまで言うと、獣人はカッと目を見開いて。
「そんでダミーの船を用意して、そこには偽物を乗せるようにしたわけか。情報はあえて漏洩させて、まんまと俺は……。クソッ!」
「お、おやめください……!」
獣人は両手に持った金のゴブレットと皿を放り投げると、商人が慌ててそれに手を伸ばす。
が、表面が削れてしまった皿の方は、ガシャガシャと音を立てて地面を転がった。
「だ、旦那様はお優しいですから、船乗りは殺されない前提の算段なのでしょう。船も盗みませんし、燃やしたりもなさいません。向こうの損失は、一回の航海費と大量の贋作食器くらいのものです」
「クソ! コケにしやがって……クソが!」
獣人はそのまま怒りに身を任せ、傍に積みあがった金食器たちに拳を振り上げるが。
「お、おやめください。そんなことをしては銀貨七枚も差し上げられません」
「ンなはした金いらねェ……!」
「で、では、銀貨九枚……いや、銀貨十枚差し上げますので!」
青ざめる商人に止められて冷静になったのか、獣人は拳を収めた。
「……そうだな。じゃあ、これは置いてく。銀貨をよこせ」
「は、はい! まいど……」
銀貨を手渡した商人は、頭を下げたまま獣人が去っていくのをちらちらと見る。
港の方へ姿が消えたのを確認してから、額の汗をぬぐい、金色の杯と皿を仕分け始める。
しかし何故か、食器の種類ごとに分けているのではないようで……
……なるほど。
あの商人には悪いが……少し戻らせてもらおうかな。




