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21 ゲティア評議会

協議会の人たちは割と端役なので、名前は無理に覚えなくて良いです……

「疫病は急速に収束し、週の新規感染者は全ての区で三桁を割りました。また、井戸の封鎖も徐々に解除され……東区では全ての井戸が使用可能になりました。問題はほぼ解決したとみて良いでしょう」


 教会の一階、北向きの広い一室に人が詰めかけていた。


 黒の修道服に身を包んだグラシア様が、コの字型に並ぶテーブルの最前に座っている。

 俺と話している時とは違い、まるで教皇か何かみたいな微笑みを浮かべて。


 にしても凄い人だかりだ。

 部屋の前の方にはゆったりと重役らしい人たちが座っていて、奥の方には多種多様な種族の平民たちがぎちぎちに詰めかけている。


「しかし課題は依然として残っています。急を要するものから報告を……まずはユグノ、魔族軍の侵攻状況から」


 と、グラシア教皇の左手から、ユグノと呼ばれた男が立ちあがった。

 修道服に身を包む白髭で細身の老人。

 顔のしわが深く目元は穏やかだけど、佇まいに油断ならなさを感じるような。


「魔族軍の戦線は、依然として均衡を保っておりますな。先々週のオルロ山噴火が良い方向に向かい……侵入経路となる街道が火砕流でせき止められたのはご存じでしょう。今思えばこれは、ゼヘタ様のご加護だったのでしょうな」


 下界の人間はすぐ神に感謝したがる。

 ゼヘタ神もそこまで考えてないと思うよ。


 心の中でつっこみながら、俺は出席者の手元にお茶を置いていく。

 当然、ゼヘタ様のお姿ではマズいので、黒の修道服を身にまとい、軽い『変身』をして修道女を装って。


「それで……現状は? 北区の被害状況は私も見ましたが、火砕流の熱も冷め、黒く固まっているのを目にするようになったのですが」

「はい、ここ数日でようやく溶岩が冷えて固まってきたようですが……中はまだ高熱を持っているようで、敵は未だ足踏みを強いられています。陸路による侵入は警戒こそすれ、可能性は薄いとみて良いでしょうな」


 ユグノ翁はゆっくりと頷きながら、顎をさする。


 この人は参謀みたいなのを任されてるんだろうか。

 というか、先週は内政の問題にかかりっきりだったから、戦争周りの知識は殆どない。

 既に話についていけるか不安になって来たんだけど。


「陸路からの防衛が万全だとすると……警戒するべきは海戦や上陸戦?」

「その通りですな。海戦では飛び道具の重要性が一気に増すゆえ……魔術を持たない我々には厳しい戦いになるでしょう」

「あまり楽観視は出来なそうね。必要な装備の変更などがあれば報告をするように。ただ、見ての通り財政は相当苦しいということを念頭においてもらう必要がありますが……」


 話を切り上げようとしたところに、ユグノ翁が再びすぐに口を開いた。


「もう一つ、大陸のエンデ王国に不穏な動きが見えます。推測を多分に含む情報で確実ではありませぬが……このままでは魔族軍とエンデ王国軍の双方と戦争をすることになる可能性も考えられるかと」


 ずん、と空気が重くなるのが目に見えた。

 椅子に座る貴族も、周りに立つ人々からも動揺の声が上がる。


 内心俺は、知っている名前が出てきてテンションが上がっていた。

 事前調査で知ってるぞ、エンデ王国。

 ゲティアとか言う小国と違って、立派な大国だったはずだ。

 

 あと確か先週、このゲティアの地が、エンデ王国から独立する前は流刑地だった、みたいな話を聞いたんだよな。

 

 ……ん? つまり、独立する前の本国と戦争が起きようとしてる?

 魔族軍に島を侵攻されてる途中なのに?


「それは……どういうこと? エンデは前から、魔族軍から我々を守る提案をしてきていたはずでは……」

「まーだ教皇はそんな甘ったるいことを言ってるのですかっ!」


 部屋の反対から高い声が上がる。

 小さなツノを額に生やした鬼族の少女が、ぴんと手を伸ばしていた。


「……なんですかイザヤ」

「我々が前から主張していたとおり、エンデの人間どもは魔族軍から守るという建前で、そのままゲティアを実効支配しようとしているのです! 奴らの提案など、飲む必要はありませんっ!」


 珍しく、教皇相手に強気に突っかかっていくな。

 もしかしてこの子、ディアロ派ってやつなんじゃないのか?

 教皇に反対して、議会が麻痺している原因を作っている派閥だ。

 

 そんで……エンデの人間どもと言ってる通り、エンデ王国は人間の国だった気がする。

 爺さんも言っていたが、この世界ではゲティア以外の国は全て単一種族で出来ている。


 この部屋にいる有力者の割合が、やや人間族に偏っているように見えるのは……ゲティアが王国の支配下にあったことが関係してるのかな。


「繰り返すようですがな、これは諜報部で得た情報を組み合わせた推測ということをお忘れなく。エンデ王国軍に徴兵の命がかかっていたのは前から分かっていた事です。ただ、どうやら船の建設を急がせていたり、一方で馬の飼育にはあまり力を入れていなかったり、兵糧の種類が陸戦よりも海戦に偏ったものとなっていたりと……符合する情報が多いのですよ」

「ははぁ、道理で近頃、王国貴族どもの景気が良い訳だ。軍需に湧いて薄汚い商人どもが調子に乗っているのだろう」


 新たに口を開いた小太りの男は、修道服を身にまとっていない。

 豪勢な服装に身に着けた装飾品からして、教会外の有力者っぽいけど。


「ドルエズも、直観としてはあり得ない話ではないと?」

「そうだな。考えてみればエンデはずっとゲティアの近年の独立の気風を疎ましく思ってたはずだ。何かきっかけさえあれば、調子に乗っているゲティアを叩き潰したいともな。そこにこのゲティアの弱体化とくれば……どうだ?」


 にやにやと薄ら笑いを浮かべるドルエズはそう言うと、反対の方からイザヤが立ち上がり。


「魔族軍の侵攻を止めるという名目でこの島を占拠して、実権を奪いに来る……という事は十分に考えられますっ! 教皇、このままでは独立前の圧政に逆戻りです!」


 イザヤの声に貴族たちが互いに顔を見合わせ、動揺が広がっていく。

 すぐに席を立った人もいる。商機に繋がると見たのだろうか。


「状況証拠はそろっている、と言うのが今の所感ですな。だが、決定的な情報がないのです」


 一連の流れを静観していたグラシア様は、ユグノ翁の言葉にゆっくりと頷くと顔を上げ。


「……エンデ王国には多くの間者を潜り込ませているはずですが」

「諜報活動は順調です。が、一方で暗号技術に差が開きつつある。これでは、いくら鳩や機密書類を鹵獲しようとも意味がない」

「だから王国の融和策など無駄だと前々から言っていたのですっ! 戦争を有利にするためにも、即刻戦力の補強をすべきです!」


 叫ぶイザヤに、ドルエズは贅肉を揺らしながら座り直し、口の端を歪める。


「なあにを馬鹿なことを言ってるんだイザヤ殿は。王国が本気でゲティアを支配しようとしているのなら、何をしても無駄だろう。こんなエセ国家に、百倍以上の規模の軍隊を持つ大国家に敵うはずもない。今のうちから交渉に備えておくべきだ」

「な……‼ エンデに下るなど、言語道断ですっ! 悪政に苦しめられた民が、これ以上どんな犠牲を払うことになるか!」

「負け戦にむざむざ突っ込んでいく方が、犠牲を増やすことになると思うがねえ」


 ドルエズとイザヤがバチバチにやり合っている。

 その席にお茶を置きながら、その表情をちらりと見ると。

 イザヤを怒らせて楽しんでいるのか、にやにやとしながら周りの貴族と笑いあっている。


 嫌悪感を覚えるも、冷静に考えればドルエズの主張の方が理に適っているように見える。

 エンデ王国は俺でも名を知ってるくらいの、れっきとした大国。

 数週間前に火山の噴火に見舞われ、疫病で数千の死者を出し、魔族軍とやらに侵攻されているゲティアに戦争をする余力は無さそうだ。

 

 と。

 尻に、嫌な感触が走る。

 ぐにっと掴まれ、指で強くもまれている。

 見ると、手の主はドルエズだった。


 にやにやと薄ら笑いを浮かべながら手の感触を楽しんでいる。

 この熱々紅茶を頭から摂取させてやろうかこの野郎。

 それともその指をふにゃふにゃの不能にして……


「戦う前から敗北したことを考えるなど、あってはなりませんっ! 我々は……っ!」

「ごめんなさい、イザヤ。ちょっと話を遮るようで悪いのですが」

「なんですかっ! イザヤの主張が間違っているとでもっ!」


 大声で抗議する少女を手で制し、グラシア様は立ち上がってこちらを睨みつけてきた。


「ドルエズ。前にも言いましたが、修道女たちは貴方のメイドではありません」


 グラシア様は静かに、しかしきっぱりと声を上げる。


「彼女らは神に純潔を誓った私の大切な家族です。下劣な行為を続けるようでしたら……」

「続けるようならなんだ? 当家の援助なしには何もできないお前らに、何が出来るんだ?」


 下卑た笑みを浮かべながら尻を揉むドルエズに、グラシア様がぐっと唇を噛む。

 周りの貴族も笑いながら、どう動くかを傍観している。


 なるほど、財源を依存している以上、教皇といえども彼らには頭が上がらないらしい。

 取り囲む庶民からは怒号が上がるが。

 

「喚くな豚ども、こちらの機嫌を損ねて困るのはお前らなんだぞ? 今でこそ寛大な心で返済を先延ばしにしてやっているが……貴様らがその態度なら、今すぐにでも辞めてやってもいい。そうなりゃこの島はもっと人が減って、住みやすくなるだろうよ」


 冷めた声で一蹴、辺りは静まり返ってしまった。


「その問題は認めます。ですが、我々全体の責任を盾に、彼女に我慢を強要させるつもりはありません」

「ふん、何を言うか。この女だって抵抗してないんだぞ? むしろ……ほら、喜んで――」

 ドルエズは鼻を膨らませながら、いやらしく手を股の前につつつと伸ばして……


「ひっ」


 突如ドルエズは、情けない声と共にびくりと手をひっこめてしまった。

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