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16 全員、悪人

「それから二つ、興味深い記述があったのだ」


 老人は目を光らせ、言葉を続ける。


「その資料には『要検証』の文字があった。つまり、事例が足りておらず、何かしらの『検証』を必要としていたようなのだ。そしてもう一つ……彼ら医師団は、前から教会が卑しい身分の者たちに過度に金を使うことを嫌い、それを代わりに医師団への優遇措置に使うよう言い続けてきていた、という記述だ」

「それは……俺も見ました。医師が、貧困街への医療支援を打ち切らせて税制優遇を行うよう圧力をかけてるのを。で、でも、まさか……」


 言いながら、俺はこの疫病が西区を発端に広がった事を思い出す。

 結論を口に出すのもはばかられる。

 そこまでの邪悪が、存在していいものなのか。


「もし彼らが、西区の中心にある井戸に『瘴気の元』とやらを投じたとしたらどうなるだろうか。新たな暗殺武器となりうる『瘴気の元』の威力を大規模に試すと同時に、卑しい身分の者どもが死に絶え、財政が軽くなる。彼らにしてみれば、一挙両得というわけだな」

「これは空気感染しない病気だから、広がりすぎるしんぱいもない、って思ってたんだとおもう。でも、井戸が地下でつながってて、西区以外にも被害が行くなんてだれも知らなかった。だから病気はこうして全土にひろがって……」


 あまりのことに呆然とする俺を、二人は静かに見つめる。


「そ、そんな……いくらなんでも、そんなひどい悪が……」

「わしとてそう思った。しかし、ふと資料が書かれた日付を見忘れていたことに気づいてな。――そして確信したのだ。その資料は、この国に疫病が流行りだす一週間前に書かれていた」


 ――信じられない。

 貧しい人々を実験台として病に陥らせ、その結果ゲティア全土に数万の犠牲を出すなんて……


「――まあそれは過去の話だ、何せ感染は止まったのだからな。人々は神の祝福によるものだと勘違いしているようで……わしらにとっては好都合な話だな!」


 そう言って老人はガハハと笑う――


 そうか、だから体に気力を感じるんだ。

 信仰が高まったおかげで、寿命が来て死ぬはずだった俺は死なずに済む……?


「で、でもこれの、どこが好都合なんですか。これだけの命を救っておいて、おふたりの手柄は認められないんですよ?」

「手柄がどうした。そんなもの、命を狙われない平穏な暮らしに比べればちっぽけなものだろうが」


 青あざだらけの顔を空に向けて笑う老人は、見栄を張っているようには見えない。

 数万の犠牲を出すはずだった疫病を抑えた。


 神の所業を、この人は現実にしてしまった。

 だというのに、その青あざを作った人々には一生感謝されず、むしろ嫌われ続ける。


 違う、おかしい。

 下界の生物というのは、自らの生存を第一に考えるように作られているはず。

 せめて何かしらの見返りを求めてしかるべきなのに――


 二人の態度に俺が困惑していると、老人は何を勘違いしたのか、にやりと顔を歪め。


「確かにわしは非合法な方法で人の弱みを握って脅し、医師会からの手紙と偽って教会を騙した。しかしこうして悪は裁かれ、人々は救われた。全ての人が、幸せになったのだ。これでも、脅迫は罪だなんだと文句を言うか? 小僧よ」


 返答に困っていると、ひときわ民衆の怒号が大きくなるのが聞こえた。

 どうやら先ほどから喚き散らしているエイゴンに対する民衆の怒りが、頂点に達したらしい。


 処刑台に石が雨のように投げつけられている。

 流石に虚勢を張ることもできず、エイゴンは怯えながら頭を庇い始めた。

 

「おーおー、みじめに這いつくばりおって! 人の命を弄んできた罰だ! 神の裁きを受けるがよいわ!」


 ゲラゲラと笑って民衆に同調する老人に、俺は複雑な気持ちでいた。

 ただの水を薬と偽る詐欺で生計を立てているこの二人は、この国をたった一週間で変えてしまった。

 詐欺を働き、人を脅迫し、政府を騙したのなら、天界の基準で言えば問答無用で罪になる。

 

 悪は等しく悪。

 だからこそ俺は世界を救済する際、悪を効率よく殺すために転生者に道具を与えてきた。


 しかし、こんな罪の形があるとは知らなかった。

 貧しい人々を実験代わりに殺そうとし、数万の犠牲を出すような悪と、その魔の手から民を救った悪が、同列に語られていいものなのか?

 俺の送った転生者が二人を殺しても、なんの良心の呵責も感じずにいられるのか……?


「そもそもゲティアで善だ悪だといちいち考えることがおかしなことだ。なんせこの地にいるのはあまねく悪なのだからな!」


 ガハハと笑って肩を叩く老人に……


「ど、どういうことですか? ゲティアにいるのはすべて悪?」

「……しらないの?」


 今度はシャノンさんが首をかしげる。


「お主、頭は切れる癖にどれだけ世間知らずなのだ。ゲティアが6年前にエンデ王国から独立を宣言するまでずっと、流刑地として使われていたことを知らんのか?」

「る、流刑地……? なら、このゲティアにいる人は……」

「みんな、罪人。罪を宣告されてこの地に流された人か、エンデ本国にいられなくなって逃げてきた者しかいない。だから……」


 シャノンさんは処刑台を背景に、俺の目を覗き込むようにして、言い放った。


「わたしたちは、みんなわるもの」

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