15 勝利、変わった未来
――――勝った。
朦朧とする意識の中、倉庫の方へと目を向けると。
そこに居たはずの老人とシャノンさんの姿もまた、完全に消えている。
「エ、エイゴン様、これ、どうなってるんですか……! そ、それに急に外が騒がしくなってるんですが……」
「黙れ黙れ黙れ! どうなっているのか、はこちらの台詞だ! なぜ、今の今まで存在していた資料の山が、一瞬にして消えた!」
二階から、醜く喚き散らす医師の声が響いて来る。
二人に教えてやるつもりはないが、正解を言うと……ここが一週間後の世界だからだ。
資料を未来へ持って行くのが大変なら、二人の方を未来に連れていけばいい。
階段の下から二人に触れ、その瞬間に未来へ戻る。
そうすれば、二人は一週間の間、完全に時空のはざまに消えることになる。
資料は消えたわけではなく、一週間の間に片付けられただけなのだ。
「あ、あの老人と女の姿も消えてます! なにがどうなって……!」
「馬鹿、すぐに逃げるぞ! このままでは人を呼ばれる! クソッ何がその道のプロだ、甘い結び方をしおったのだろうが……!」
「お、俺はしっかりと結びましたよ! たぶんあいつが、階段を上る前に縄を切ってたんですよ……」
……そうだ、気絶するフリしとかないと。
二人は階段の傍に転がる俺の方を憎々し気に一瞥し、大慌てで出ていってしまった。
逃げられてしまったのは悔やまれるが、これ以上はもう無理だ。
じんわりと胸に広がる達成感を覚えたまま、俺は意識を手放した。
――――――――――――――――――――――――
薬屋を出てすぐ北の――人々の群がる処刑台。
過去改変前は北区に近づくほどに増えていたはずの病人の姿が、明らかに減っている。
飛び交うのは怒号。
怒りの矛先は、処刑台を登る人影に向いているようだ。
騒ぎが気になって歩いてきたが、とんでもないことになっている。
何がそんなに人々を怒らせているのか……と、目を凝らすと。
処刑台に立つ罪人は一人ではないらしい。六……七人くらいいるか?
魂の抜けたような顔の老人がよろよろとおぼつかない足取りで歩き、眼鏡を掛けた釣り目の男が人々の怒号に耳を塞ぎ、小太りの男が民衆に向かって顔を歪ませ――
……ん? あの小太りの男って……
と、急に腕を引かれた気がして、俺は振り返る。
そこにはシャノンさんと――その後ろには老人が。
「おおい、小僧ではないか! 一週間も姿を消しおって……なぜあれ以降めっきりと姿を見せなくなったのだ! この一週間、本当に大変だったのだぞ!」
あー、うるさいうるさい。
とんでもない声量で声を荒げる老人と、引いた腕をひしと抱きしめるシャノンさん。
ずんずんと近づいてくると老人は掴みかかって来て。
「魔法か何かを使ったのか⁉ 話を聞くだけ聞いて、忽然と姿を消しおったではないか! こちらの苦労も知らずに、この……っ!」
「や、やめてくださいお二人とも! シャノンさんも、すぐそこを触ろうとしないでください……! 大変だったのは分かりますけど、こちらもまだ状況が分かってないんですよ」
「……わかってない? なんで?」
答えづらいことを聞くな。
訝しむように頬をつついて来るシャノンさんに、俺は誤魔化すように処刑台を振りかえる。
「ちょっとだけここを離れてたと言いますか……とにかく、何でこんな騒ぎになってるんですか? それにあそこにいるのって、先週薬屋を襲ったエイゴンって男では……」
「なら、おおかた察しはつくだろう。あれは、『白衣の死』幹部の処刑だ。エイゴンについては逃亡犯として裁判がなされ、確保し次第処刑が決まっていたのだが……」
「ちょうどさっき捕まって。身元が確かめられて、そのまま処刑台にいくことになった。……ね。それより、なんできえた?」
依然としてつんつんとされるのを無視しながら、再び処刑台に目をやる。
聞けば確かに、「人殺し!」だの「偽善者が!」だのと聞こえて来る。
この一週間の間に告発文は提出され、裁判判決までいったって事になるが……
やはり人権意識の希薄な時代は危うい一方で、スピード感がある。
「それと……病人の数が明らかに減っているんですが。これもお二人がやったことですよね? ちゃんと表舞台に立って医療を正しい方向に導いてくれて……」
尋ねると、老人は顔をしかめて。
「何を言っている。お主に教わった通り、ヤク中の修道女を突き止めて、手紙で脅した。それで患者は劇的に減った。それだけだ」
……はい?
「な、なんてことをしてるんですか……! 詳しいことは言い渋ってたのに、どうやって……」
「ゲティアには色々と情報を売り買いする市場がある。金を握らせれば、情報は手に入るのだ。あとはそやつに手紙をすり替えさせて……今はもう、ゲティア国内で汚染されている井戸は殆ど封鎖されている」
「今も死者はたくさん出てるけど、感染の拡大はちょうど今日、はんたいになった」
こ、この一週間で?
お二人の優秀さならやりかねないとは思っていたが……まさかそんなに早いとは。
「調査の結果、汚染されている井戸の深さが共通していることが分かってな。これもなかなか大きかったのだ」
「井戸の深さ……ですか?」
「そうだ。深さが同じという事は、下で同じ水を共有しているのではないか? という仮説をまたシャノンが思いたのだ。そこで調べてみたところ……ドンピシャだったわけだな。これで、わざわざ全土を調べることなく、同じ水を共有する井戸は全て封鎖することで劇的に感染状況が改善された。なかなかの手柄だな」
シャノンさんは上機嫌にふんと鼻を鳴らす。
……やるじゃないか。
なんというか、期待してたことのはずなのにそれ以上の結果過ぎて驚きの方が強い。
「ただ水の煮沸に関しては……わしとて原理が分かっていない以上、説明もできず困ってな。結局迷信に頼ることにした」
「今は悪魔によって水にのろいがかけられてるから、飲む前には必ず聖なるほのおで浄化するように……って」
急にうさん臭くなったな。
……っていうか。
「原理はまだ分かってない? ならどうやってその事実を知ったんですか」
「はじめは単なる統計からだな。樹命族が他の種族と比べて罹患率が著しく低いと、その噂は聞かなかったか?」
そう言えば……確か、報告書に書いてあったか。
「一部地域では、樹命族だからという理由だけで迫害を受けてるとかなんとか。あなたも経験を?」
「まぁ……無いと言えばうそになる。が、本題はそこではない。なぜ樹命族は他の種族と比べて罹患率が著しく低いのか? 考えるはそこだろう」
確かに。
けど、人々はそれを樹命族こそが黒幕だという謎理論に発展させてしまったみたいだが。
「そこで大天才のわしはピンときた。原因は、お茶を飲む習慣にあるのでは? とな。そしてさらに閃いた。根本の原因はお茶ではなく、水を煮沸するところにあるのだ! と」
「……今の話、ほんとですか? シャノンさん」
「うそ。先生は、ものすごくたくさん仮説を立てて、ものすごくたくさんの失敗をした」
なんだそれ。
淡々と嘘を暴くシャノンさんに老人は白けた顔になるも。
「ま、まぁ大筋はこんなかんじ、と言うだけだ。確かにすこし手順を省いて説明してしまったがな……」
「しかしよく、お茶自体に効果があるのだと勘違いしませんでしたね」
「それは単純だ。樹命族はそれぞれ好みの種類のお茶がある。それで効果が変わらないのだとしたら、お茶全般にその効果を求めるか、それ以外の条件に目をつけるかする必要があるだろう」
……なるほど鋭い。それは確かにそうだ。
「もうひとつ、みずで煮だしたお茶をこのむ樹命族の罹患率が、明らかに高いのもへんだった」
「そうじゃ、結局決め手になったのはいつもシャノンの気付きだな。熱いお茶に在って、冷たいお茶に無いもの。それは温度だろう。はじめは熱でお茶の成分が活性化するのか? などと思ったが……最終的にはこうして、問題はお茶ではなく水を熱する部分にあるのだと気付けたわけだ」
……なるほどな。
なんというか、天界にいたころは、下界の人々を何も知らない無知で愚かな存在としか思っていなかったが……
むしろ、始めから全てを持つ神よりも、色々と面白いことを考えるんだな。
などと感心していると、老人が話題を変えた。
「ところでお主は、この現状を引き起こすことになった直接のきっかけをまだ知らぬようだが?」
「……なんですかそれ。直接のきっかけ?」
聞き返すと老人は、やはり知らんのか、と言って喉を鳴らした。
「押収された『白衣の死』の資料に、一つ興味深いことが書かれていたのだ。彼らは『瘴気の元』と呼ばれるものを水に混ぜ、激しい腹痛と下痢、嘔吐の果てに、脱水で死に至らせる手法を発見していた」
「……は? そ、その症状って……」
声を低める老人は、目を細めて処刑台の方を見つめていた。




