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14 起死回生の策

「動くな!」


 扉が開き、二人の影が倉庫へと入ってくる。

 こいつは……!


 その、どちらにも見覚えがある。

 小太りの医師エイゴンと、一週間後に二人を殺すことになる大柄な獣人――

 

「女、さっさとこっちに来い! 暴れるな、おとなしくしてろ。ほらジジイも……ん? ジジイと女は聞いてますが、あれは何ですかエイゴン様」


 不審げに俺の方をねめつける獣人は、あっという間にシャノンを捕まえてしまった。

 男はそのまま慣れた手つきで手と足を縛り始める。


「知らん、客か何かだろう。そうだ、しっかり縛っておけ。……おい動くなイグナート先生、かわいい孫娘の顔に傷をつけたくないだろう。お前もだ、階段を下りてこちらに来い」

 

 そうか、エイゴンはまだ俺の姿を知らないんだ。

 下卑た笑みを口元に浮かべるエイゴンは、いまにも頭を爆発させそうな老人を制す。


「おい貴様! シャノンを乱暴に扱うな! 痛がっているだろう!」

「喚きおるわ、とてもボケ老人には見えんしっかりとした大声だ。やはりそれは演技だったのだな」


 ……そこまでバレてるのか。

 満足そうにエイゴンは言うと、階段の方へと歩みを進めてくる。


「貴様……っ!」


 老人が男に飛び掛かる。

 が、屈強な獣人にかなうはずもない。

 あっという間に片手で押さえつけられ、同様に縛り付けられる。


「何人がかりだろうと、本職には適わん。おい、イグナートの束縛が終わったら、ついでにそこの客もやってしまえ」

「……いいんですか? そいつは今回の件に関係ないんじゃ……」

「そのまま逃がして、誰かを呼ばれたら面倒だろう。そんなことも分からんか」


 エイゴンの言葉に男は納得したように頷くと、紐を持ってこちらにゆっくりと近づいて来る。


 今の窮地を切り抜けるのは簡単だ、遡行をすればいい。

 でも……そこからどうすれば良い? 


 彼ら白衣の死の手先に、この二階の資料を見られては終わる。

 資料の方をどうにか出来ないのなら……こいつらをどうにかする?

 いや駄目だ。何かしたとしても、白衣の死は他の手先を雇うだけだろう。


 何をどうすれば、この未来を防げる……?


「オラ、おとなしくしてれば怪我はさせない。さっさと手を後ろに……」


 ……マズい、本当にマズい。

 遡行の能力の弱点として、物理的な拘束具に弱いというものがある。

 遡行は怪我などの体の状態は戻せるものの、触れているものを一緒に持って行ってしまう都合上、拘束具をほどくことができない。


 獣人の手が迫って来る。

 

 触れているものを一緒に持って行く……

 これだ……!


「おいお前、抵抗すると痛い目に――」

「『遡行』ッ……!」


 獣人に腕を掴まれる直前、宣言すると同時に景色が歪み、目の前の男は消え――


「――――正義にもとるだと? ここで多くの病人を見殺しにする方が、よっぽど……あ?」


 少し離れた場所で、老人が目を丸くしていた。


 二人の視点からだと目の前に居たはずの俺が階段のそばへワープしたように見えたのだろう。

 そう言えば三分前まではそんな所で話をしていたな。


「また、まほう? なんでいま……?」

「す、すみません、お二人とも、今急に用事ができたので……!」


 驚く二人の間を駆け抜けて、倉庫から薬屋の表へと繋がる扉を開ける。

 そのままカウンターから身を乗り出したところで、入り口の扉が開いた。

 ……あの二人だ。


 正面から奴らに立ち向かうのは無理だろう。

 それにここじゃ、あの作戦は実行できない。


 俺は息を整えながら、無害な客を装い、何食わぬ顔で二人の傍をすり抜けていく。

 二人の怪しむような視線を背後に感じながら、俺は一度外へ出た。


「……よし」


 そのまま扉に背中を預けて、中の音を聞く。

 倉庫に繋がる扉が一度開いて……また閉まったな。


 恐る恐る薬屋に入り直すと、やはり二人の姿は無くなっている。


「(おい貴様! シャノンを乱暴に扱うな! 痛がっているだろう!)」

「(おーおー喚きおる。とてもボケ老人には見えんしっかりとした大声だ。やはりそれは演技だったか。報酬は期待して良いぞ?)」


 話が進んでいる。

 足音を抑えながら俺は、倉庫の扉へと近づく。


「(貴様……っ!)」


 老人の声と共に、荒々しい足音と、鈍い打撃音が響く。


「(何人がかりだろうと、本職には適わん。おい、イグナートの束縛が終わったら二階へ上がるぞ)」

「(クソッ……!)」


 老人の罵声もむなしく、ドンッという音と共に老人が床に転がされたようだ。

 すぐに足音が続き、そしてぎしぎしという音と共に二人が階段を上がっていくのが分かる。


 ……今しかない。

 階段は数段上がってしまえば、入り口の扉は見えなくなるはず。


 音が出ないようにゆっくりと扉を開けると、床に転がされた二人が目を見開いてこちらを見上げた。

 俺は唇に指を当てながら部屋に足を踏み入れる。


 二人の足音が、階段を上っていく。


 なんとしてでも、止めなくてはいけない。


 足音を聞かれては終わり、だけど、見られても終わり。

 忍び足で階段の傍へ駆け寄り、そして見上げると――


「ふん、見ろ。この資料の山を。これで奴の耄碌が演技だったことは明白だな。間違いなく黒だ」


 エイゴンは既に部屋を目の前に、嘲るような勝利の笑みを浮かべていた。

 クソ、このままじゃ……


 歯を食いしばりながら、一歩ずつ、一歩ずつ階段を上っていく。 


「こん中から告発書って奴を探すんですか? 結構骨が折れそうですけど」


 たのむ、こっちに気づくな。

 たのむ。あと数段なんだ。そうすれば……!


「最悪見つからずとも良いのだ。告発を試みる人間に病死でもしてもらう、そうすれば確実なのだから……っ⁉」


 階段を登り切る直前で、がくりと体が崩れて音を鳴らしてしまった。


「おい、階段から誰か……!」


 クソ、こんな時に力が……!

 階段に這いつくばったまま、最後の力を振り絞って手を伸ばすも。


「さっきの客か? なんでこんなところに……オイ、足を掴むなコラッ……!」


 暴漢が足を振るうと、その勢いで階段を転げ落ちる。

 ゴンッという鈍い音と共に、頭が割れるような痛みに襲われる。


 っ痛ぇ……!

 

「足など掴んできおって……奴らの一味か? クソ、気持ちの悪い……おい、そいつも拘束しておけ。私は先にこちらの部屋を――――」


 エイゴンはそう言って振り返ると、言葉を失ってしまった。

 獣人は不審に思ったのか、階段を戻りながら声をかける。


「どうしたんですか、何か部屋に――」


 獣人が怪訝な表情で部屋を覗き込むと、同様に言葉を失ってしまった。


 景色が、一変していた。

 そこに存在していたはずの、部屋を満たすばかりの書類の山が。


 その全てが、一瞬で消え去っていた。

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