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13 偽りの姿

 人が変わったみたいだ。

 老人の曇った目は、一転して理知的な輝きを放っていて。


「不思議か、わしがこんな辺境でボケ老人を演じている理由が。……この『告発文』に目は通したのだろう?」

「はっ、はい。読んで驚きました。まさか医師会が瀉血の危険性を理解したうえで、それを暗殺の方法として利用していたとは……」

「医師会全体が共謀している、というわけではないがな。その中で秘密裏に集まった『白衣の死』という名の独立組織があるのだ。奴らはこれで、彼らに都合の悪い連中に対してや、時には依頼を受けて人殺しをしている。あくまで、病気の悪化と言う体でな」


 とんでもない話だ。

 報告書の中には数々の貴族や、それこそ先代教皇の名すらあった。


 聞くだにおぞましい、吐き気を催すほどの悪。

 仮にも元神として、到底許すことはできない。


「これはご自身で書いたものなのですか?」

「いいや違う。これを盗み出したのは、勇気ある若き医者だ。そして……彼が殺される直前に、既に引退したわしを頼ったのだ。資料を精査し、然るべき時に世間に公表できるようにと」


 なるほど。そういう事だったのか。

 やっぱりそれが原因なんだな。


「この書類の行先を『白衣の死』は追っていて……それから逃れるために、ボケてしまったふりを続けて、機を待っていたんですね」

「……そうだ。儂が老いて『白衣の死』にとっての脅威ではなくなった、という事を示しながら、人々を病気から守るにはどうすればいいか? それを考えた結果……」

「井戸におしっこをすればいい、って。へんなほうほう」


 不満そうにシャノンさんが言葉を引き取ったが、改めてそうはならんだろ。


「しかし考えてみれば、もうボケ老人を演じる必要もないのだ。なにせ二階は既に見られてしまったからな。奴らは儂の意図を見抜いてしまっただろう」

「いえ、彼らはまだ二階に入ってませんよ。だから演技のことも知らないはずです」


 ため息を吐く老人に俺が否定すると、シャノンさんが首をかしげる。


「……? どういうこと? たしかに部屋に誰かがはいったあとあとがあった」

「えーと……きのう、二階の部屋に入ったのは俺なんですよね。だから奴らはまだこの家に足を踏み入れてなくて……ま、まってください、怪しく見えるのは分かってるんです!」


 殴り掛かって来る老人を、どうにか食い止めるも。


「ええい黙れ小僧! 自分で盗み出しておいて、奴らから取り戻したような顔をしておったのか! このこそ泥めが!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい! ほ、ほら、告発文はお渡しします。あなたがたに不都合なことはするつもりないので、許してください……!」


 や、やっぱりダメか。

 向こうの目線に立つと、きのうの時点でこの家に忍び入って告発文を盗み出す意図が見えないんだろう。


 せっかくいい感じの流れになってたのに……

 と、ボコすか老人に殴られながら反省していると。


「……先生、おちついて」


 怒り狂う老人との間に割って入ったのは、シャノンさんだった。

 シャノンさんはちらりとこちらを横目で見ると、掴んだ手をぎゅっと握る。


「かりにへんたいが手先なら、もう先生は死んでる。それかこれから殺される。どうしようもないから諦めるしかない」

「それは、んんん……そう、だが……」


 そんな理屈で納得するのもどうかと思うが、老人は一度怒りの矛先を収めてしまった。


 ……というか、シャノンさんはなんでそんなに人の体を触りたがるんだ。

 一週間後の未来でもそうだったが、一度触ると……ほら、またすぐ上腕を触って……完全に興味が俺の体に移ってしまった。


「え、えーとですね。そんなわけで、白衣の死は未だ二階の資料の存在を確認してないんです」

「なら……見られる前に急いでおおやけにしないといけない?」

「そうですね、それか資料をどこかへ隠すかしないといけません。そうすれば、いくらでも表舞台で医療が出来るはずです。人々を守るために汚れ役を買って、その上嫌われるなんてことはしなくて良くなるんです」


 俺がそう言うと、老人は喜ぶどころかため息を吐き。


「わしは表舞台で医療を続ける気はない。白衣の死の事は抜きにしても、儂とシャノンは目立ってはいけないのだ。大規模な疫病対策は教会に任せて、お手伝い程度にするのが関の山だろう」

「な、なんでですか、それじゃどうにもならないんですよ! 一応教会も医師会に助言を仰いでるらしいのですが……」

「こうかはでてないの?」


 服の中に手を突っ込みまさぐり出したシャノンさんに、俺は頷く。


「西区以外は酷いものです。病人が道端に座り込んで、嘔吐物の匂いが漂ってて……これは一週間後、もっとひどくなります」

「そうか……儂もそれは危惧していたところだが……しかしシャノンはさっきから何をしているのだ……?」

「効果が出てないのは、医師会がわるいの? 教会がわるいの?」

 

 流石にシャノンさんの行動が気になりだした老人を遮るように、質問が重なる。


「教会は医師会に助言を仰いで、彼らからの手紙に忠実に従ってると聞いてます。ただ効果はまるでなくて。他の方法を取ろうにも資金も下りず、意欲も無く……修道院の医務室じゃ、人を救おうともせずに薬物をやってる始末ですよ」

「そ、それは良いのだが……お主はシャノンにべたべたと触られていやではないのか? 服の中というは流石に…………いやまて、いま薬物といったか?」


 老人は思い出したかのように眉を上げると、踏み込んでくる。


「ええまあ、一応この目で見ましたけど」

「それは良いことを聞いたな。医師会からの手紙に……禁制の麻薬か。なるほどな」

「そう、みたいですけど……それが何か?」


 まずいことを言ってしまったようで、老人の顔が意地悪く歪む。


「教会内部の人間を脅す、都合の良い材料になるだろう。うまく利用すれば、医師会からの手紙をすり替えられるかもしれん」

「お、脅す……? 彼女らを脅迫するってことですか? しかも手紙をすり替えさせて教会を騙すって……そんなの、ダメに決まってるじゃないですか」

「何を言う。医師会のクソの役にも立たない助言をわしの指示にすり替えるだけで、色んなことが解決するだろう」


 ……いやいや。何であろうとダメなものはダメだろ。

 神として、悪は見逃せない。


「ゲティア全土の病人の分布を調査して、汚染された井戸を特定して封じる。また、なんとかして茶を普及させたり、井戸を浄化する方法を研究させたりすれば……多くの命が助かる」

「そ、それは分かってますけど……でも、弱みを握って脅すなんて、俺はそんな正義にもとることには協力しませんからね?」

「正義にもとるだと? ここで多くの病人を見殺しにする方が、よっぽど正義に反する。こんな小さな罪くらい、神も見過ごすだろう。ほれ、さっさと詳細を教えんか」


 その神がダメだって言ってんだよ。

 

 得てして悪は、何かと言い訳をするものだ。

 だから俺は、ああして躊躇なく、彼ら悪を断罪して来たわけで。

 ここで信条を曲げては、天界で幾度となく殺してきた数十億の命に顔向けが――


「……おとがした」


 シャノンが体を離し、声を低めて呟いた。

 確かに、店の表の方から何か聞こえるような。


「なんじゃ、客か? 扉には閉店の札を掛けたはずだし、礼拝の時間にそんな……」


 俺が耳を澄ますと、確かに低い男の声が……


「(エイゴン様、店は開いてるってことは……奥に住人が居るんですよね? それでも押し入ってええんですか?)」


 ……エイゴン?

 奥から漏れ聞こえて来る声が呼ぶ、どこかで聞いた名前に眉を顰めていると。


「(いいから入れ。二日も礼拝で家を空けないなどあり得ない。既に奴らはこちらが何をしようとしているのかを察している可能性が高い。ならば強引にでも証拠を掴みに行くしかあるまい)」


 これまた聞き覚えのある声が、苛立ったように答える。


「こ、これってもしかして、白衣の死の手先じゃ……」

「クソッ! そうだ、昨日は入れなかったのなら、今日来るに決まっているではないか……!」


 ……失念していた。

 苦しそうに顔を歪める老人に、俺はすぐに階段の方へ駆け寄ると。


「な、なら……すぐにでも二階の資料を何処かへ隠さないと……!」

「あの量のかみを?」


 それは……シャノンさんの言う通りだ。

 部屋を埋め尽くすほどの量の資料を、すぐにどうこうすることは難しい。


 いや、隠すのは難しくても、未来まで紙を持って行くのは?

 資料の束に触れた状態で未来に戻れば、恐らく一週間の間、それらはこの世界に存在しないことになる。

 いやダメだ。あれだけ多くの資料を一か所に集めるのは相当時間がかかる。

 

 もしまだ寿命が一時間以上残っているのなら、今すぐ過去に戻って、二人に事情を話して、すべての資料をかき集めて、その全てを一週間後に持って行くのだけど……


 感覚からして、十五分も持ちそうにない。

 ならどうすれば……

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