12 真相の推理
「――シャノンや、鍵は閉めたか? まだ奴は外にいて、機を伺っているかもしれんからな」
「うん。でもさっきみたいにいきなり出てきたら、どうすればいい? あのへんたいどろぼうは、魔法を使う」
「そのときはわしが酸でもなんでもぶっかけて、どろどろに溶かしてやればいい。死体が残らなければ、それで完全犯罪だ」
「…………そうなの?」
「奥の倉庫にあったはずだから取って来よう。足りなければ調合して…………あ?」
……まずい!
いきなり扉が開いて、俺はつんのめる。
聞き耳を立てていたのがバレてしまっ……。
「き、貴様あああああ! 今すぐここを出ていけ殺人者め! これ以上この薬屋で何かをするつもりなら、その顔がぐちゃぐちゃになるまで溶かしてやるからな……!」
「ちょ、ちょっと、ほんとに酸は勘弁してください! 俺が溶けるのは良くても、これが溶けてしまうのはそちらも不本意でしょうから……!」
た、頼むから落ち着いてくれ。
取り出した告発文に目を丸くする老人。
その肩越しにひょこりと首を出したシャノンさんが、じっとこちらを見つめて。
「なんでそれを、へんたいどろぼうが持ってるの?」
「……俺がへんたいどろぼうじゃないからですよ」
というかいい加減その呼び方はやめてくれないか。
俺は反論するも、老人は眉間にしわを寄せて叫ぶ。
「今すぐそいつを寄越せ! それはただの手紙ではないのだぞ! このゲティアの全ての人の命なのだ!」
「も、もちろんですよ。こんなもの、俺が持っててもしょうがないので。ただ……その前に少し、教えて欲しいことがあるんです。後学のために」
正確には、一週間後に暗殺者に殺されないためになのだが。
「なんだ、言ってみろ! 場合によっては答えてやるが、場合によっては貴様を溶かすからな!」
「か、勘弁してください。聞きたいことというのはですね、あなたがボケ老人のフリをしながらも、西区の人々を疫病から守っている理由についてです」
「…………なんだと?」
噛みついて来る老人から身を引きながらそう言うと、二人の表情が変わった。
大丈夫だ、全ての証拠は一つの方向を示している。
俺の推理は間違っていないはずだ。
「あなた方の奇行には、すべて別の意味があった、と言うのが俺の結論です。先生が周囲の住民に見せつけるように井戸を小便器にしていた事や……ただの水を薬と偽って処方していたこと、薬屋のくせにお茶を近所に流行らせたこと……」
「……何を言っている。したいところで小便を垂れているだけのこに、意味だと?」
「そう思わせたいのは分かります。しかしあれは、疫病の原因だった井戸を使えなくすることで、人々を守るための行為だったんですね?」
俺の仮説に老人は表情を崩さないが……しかし、明らかにシャノンさんはちらちらと目を泳がせている。
「疫病の流行り始めた頃、あなたはその原因が井戸にあると突き止めたのでしょう。しかし誰も、それには聞く耳を持たなかった。それで分かりやすく、皆が井戸を使わないような方法を考えたのでは?」
「……それが井戸に小便をした理由だと? バカバカしい、仮定に仮定を重ねているだけではないか」
「ばかばか」
「……仮定に変わりは有りませんが、それを示す証拠ならあります。二階にあった、赤い点が沢山うたれた地図。あれは、患者の住んでいる場所を示したものなんじゃないですか?」
シャノンさんが謎に言葉を挟んだのを無視して、俺は指摘する。
すると、はじめて老人は少し怯み。
「それが集中している箇所を表す円の中心には、いつもきまって井戸がある。ならそれが疫病の根本なのではないか? と考えたんですよね」
「……そこに井戸があると確かめでもしたのか? そんなのは偶然だ」
「苦しい言い逃れですね、そんなのは時間をかけて確かめれば分かることです。それに仮説があっていれば、赤い円が描かれていない井戸には小便してないはずです」
「……なんで分かっ」
「見ていないことをつらつらと並べられてもな、具体的な根拠を出せ」
何かを言いかけるシャノンさんの口を再び塞ぐ老人は、平然と反論を続ける。
「もちろん根拠は他にもあります。ゲティア全土の統計を調べると、不思議なことに西区だけが疫病感染者が著しく低いのです。なぜ、区によって明確な差ができるのか?」
言葉を切って二人の様子を伺うと、やはり二人とも動揺を隠しきれていないのが見て取れる。
老人は腕を抱き込みながら、警戒を強めるように俺を睨んでいる。
「これは、西区が唯一自警団を持たず、小便を井戸に掛けるような迷惑爺さんを取り締まれなかったからです」
「……どういうことだ」
「北区は一度あなたを取り締まり、それ以降北区で粗相は出来なくなったようですが……このゲティアで西区だけが疫病を逃れ、そして北区に近づくほど道に横たわる死体の数が増えるのも、これで説明がつくはずです」
おそらくゲティアで流行している疫病とは、コレラのような腸の感染症だったのだろう。
原因は単純で、汚染された水を飲んでしまう事。
「茶葉を配って煮沸された飲み物を飲むように誘導したのも、薬と偽ってただの水をバカでかい瓶に入れて薬として提供していたのも全部意味があったんです。『疫病に汚染された水を飲ませない』という共通した目的のため、だったんですね」
菌というものが発見される前の世界で、濁ってもいない透明で澄んだ水が体に悪いなんて理解を得られる訳もない。
だからこそ、ただお茶が流行するだけで国全体の平均寿命がぐんと上がったり……
明らかに体に悪いお酒が百薬の長なんてもてはやされ方をする事もあるのだから。
「全ての事実が、あなたの評判と矛盾するんです。ただの迷惑なボケ老人が、自警団に殴られたり人々に嫌われたりしてまで、井戸に小便をし続けるでしょうか?」
老人の肌には、至る所に青くなった痣が見える。
人々に疎まれるのを承知で、更にその身を挺して人々の命を救っていたのだとしたら……
「貴方は、この世界でも指折りに優秀な医師のはずです。今のゲティアには、あなたの力が必要なんです」
ゲティアに蔓延る疫病の原因を正しくとらえ、抑える事のできる医師。
まさに俺の求める人材だ。
少し時間はかかってしまったが、なんとか真実にたどり着いた。
俺が確信をもって言い切ると、渋い顔をしていた老人は、ため息をつきながら頭を掻いた。
その表情には、これまで苦労がにじみ出ている。
「なるほどな」
そう呟くと老人は、吹っ切れたようにニヤリと口角を上げた。
「……なかなかやる。初対面の人間に、ここまで見抜かれるとは思わなんだ」




