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1 追放される社畜神

「またひとつ、世界が滅亡しました。ロナ君、あなたの送り込んだ転生者の手によってです」

 

 ……またか。

 静かに切り出したのは、雪のような白い髪と睫毛を持った上司。

 黒の装束に身をまとう、華奢な体格を持つそのお方は目を瞑り、重々しく言葉を続ける。


「あなたは既に、十度以上の高度文明破壊レベルの重大な過失を行いました。よって解雇規定により……ですね。えっと……あ、あれ、解雇規定は……どこに……」

「……解雇規定ならこちらですよ、ゼタ様」

「そ、そうでした。んしょ、ど、どうも。ありがとうございます」


 ……なんとか威厳を出そうと頑張ってたのに。おいたわしやゼタ様。

 俺が指を振って浮かせた分厚い書物を、ゼタ様はその手を伸ばして受け取る。

 それから、うんしょうんしょと重い背表紙に苦労しながらページをめくり、目を走らせて。


「えーと、十度以上の高度文明破壊ですから…………。そうです、条項7813条により、即刻の解雇です。あなたは処刑されます。十分後に」


 ゼタ様はそんな、いつもの事務連絡みたいなトーンで――

 ……は?


「……処刑? 十分後に?」


「何を驚いているのですか。九十年ほど前に言ったはずです、最近の仕事は目に余ると。今世紀中にもう一度同じように世界を壊したら、ロナ君はクビになると」

「きゅ、九十年前って……この激務じゃあ三日おきにリマインドしてくれないと。……冗談です。近いです、怖いですゼタ様。ちょっと離れてください」


 俺はむっとした表情で迫って来るゼタ様を押し返す。


「冗談なら、なぜこうも何度も何度も世界を滅ぼす羽目になっているのですか!」


「い、いや、世界を滅ぼしてるのは俺じゃないんですよゼタ様。いつも転生者(あいつら)が勝手に」

「まーた言い訳して! 何度も言ったでしょう、転生者というのは、『一見最弱スキルだけど、こんな使い方があって……』とか、そう言う抜け道を探すのが大好きな生き物なのです!」


 それは……知ってるけどさ。

 ゼタ様は押し返されまいと一歩踏み込んで、意地でも目を合わせようとぐっと見上げて来る。


「で、でも……ミスは起こるものじゃないですか。過去の事例だって酷いじゃないですし。スライムとかスマホとか、ありふれた職業とか……そんなもの使って無双し出すのは、流石に防ぎようが無いっていうか……」


「きゅ、急に危ない話をしないでくださいっ、怒られますから!」

「怒られる? 何の話を……」

「それにですね、あの程度ならまだマシです。彼らは世界を崩壊させるようなことはしていませんから。せいぜい世界秩序を彼らなりに整えて、あわよくば女の子を侍らせて、その、え、えっちな……性的な、欲求をですね……」


 急に声が小さくなるゼタ様。


「……なに赤くなってんですか。自分で言っといて」

「な、なってません! ロナ君が変なことを言うから……」


 俺はえっちだの性的だの一言も言ってないが。


「と、とにかくですね! あなたのは目に余るのです! これで十一度目ですよ、十一度目! 解雇規定にあるのは『千年以内に、十度以上の、高度文明破壊レベルの重大な過失』です!」


 ゼタ様が腕を振ると、空中に過去の始末書たちが展開される。

 

「覚えが無いとは言わせません! これは588年前の、これは210年前の……そしてこれは、つい98年前に担当した世界ですよね?」


 そんないちいち指さして言わなくても、全部覚えてますって。


 98年前のあれは、生物を使役するテイムの能力を与えた転生者だったか。

 本来は個性豊かな魔物や獣を従えて戦い、ゆくゆくは伝説の神獣だのを従える……

 みたいな使い方を想定していたのだけど。


「転生した初日に、イナゴ型の魔物に大陸全土の植物を全部食いつさせて魔物を全部餓死させて……これで平和は戻った! などと! ふざけているとしか思えませんっ!」


 百年前のことにそんなに怒んなくても。

 空を覆いつくす数えきれないほどの巨大なイナゴの群れが、街を飲み込むように押し寄せ、瞬く間に人々が逃げ惑う地獄絵図を思い出す。


「そ、それは……確かに少し特殊な例でしたけど。でも……一時的に世界は平和になったじゃないですか」

「平和? 億単位の命を殺しておいて、平和ですか?」

「結果、争いは減って世界は平和になりましたよね。多少人口は減りましたけど」


「そんなのは屁理屈ですっ! 我々は滅びかねない世界の秩序を戻すのが目的なのです。それが新たな魔王を生み出しては、元も子もありません!」


 あの転生者は世界を更地にしたのち、各地にいる巨大な神獣達を従え、これを脅しの道具にして……新たな秩序を作った。

 ゼタ様はそれが気に入らないんだろうが……それは俺の知ったことじゃない。


「これはテイム対象を知能を持つ生物に限定しておきさえすれば防げた悲劇です。なぜこんな初歩的なミスをしてしまったのか……」


「テイム数の上限は定めてたんですけどね。ただ、そのテイムした生物から生まれた子も自動的にテイムされる判定にしてたのが悪さして……」

「繁殖速度の高いイナゴに目をつけられたのでしょう? 確かに抜け穴かもしれませんが、それも想定しておくのがわたしたちの仕事のはずです!」


 それは……ぐうの音も出ないです。


「現在は、『極度の世界滅亡の可能性が見込まれる世界』を担当しているのでしょう?」

「は、はい。破滅指数が極度に高い世界なので、時間遡行の能力が検討されていて……現在はそれの調整に苦労してたところです」


 時間遡行の能力調整は難しい。

 過去に遡行に回数制限を設けなかったせいで、きもちのいいことを繰り替えす為だけに一生ループし続けた事例があるらしい。

 賢◯タイムを引き起こす物質が脳に届く前に時間を戻すと、本能では絶対にそこから抜け出せないとかなんとか……

 

 だから回数制限は必須なんだが、使い切っちゃったら無能力者ってのも弱すぎる。

 だから年一で一回だけ遡行回数を増やすようにしたり……色々やっている所だったんだけど。

 

「そのような難しい案件をこなしているというのになぜ……。と、ぼやいていても仕方ありませんが。とにかく、今回問題になったのは、二日前、あなたが報告書を提出した世界ですっ!」


「おとといの報告書……? あー……確か『氷 結(フリーズ)』の能力を与えたやつでしたっけ」

「そうです。あなたが能力の調整をしている時期は、なにかと都合が悪くなればすぐ首元に冷気を送ってごまかそうとしてきて……あぁ、関係ない所で腹が立ってきました……!」

 

 首に手をやって身を震わせるゼタ様。そんなこともあったな。

 だけどあれは、反応が可愛すぎるのが悪い。

 

「報告書は……あれでしたっけ。対象全体を完全に凍らせるので……生物に向けて撃ってしまうと血流とか心臓とか諸々が完全に動かなくなってしまうのが問題だって話ですよね」


「これ自体もかなりの問題です。念じるだけで誰でも殺せてしまうのですから。……ロナ君は少し、転生者に強い能力を与えすぎる傾向にあります」

「いや、俺は単に効率的に悪を殺す道具を与えているだけで…………な、なんですかゼタ様」

 

 ゼタ様はむっと眉を吊り上げて、何か言いたげにこちらを見上げてきていた。


「悪とはそれ自身の持つ特性によらず、それ自身の持つ境遇によるものです。罪に様々な形があるのです。ロナ君だって、自分の命と悪行を天秤にかけたとすれば、命を取りますよね?」

「それは言い訳ですよ。俺は悪に手を染めるくらいなら、死を選びます」

「あなたは最後まで……。まあ今はいいです。問題は先日……能力を与えた転生者があろうことか、その地に起きた噴火を止めようとしたそうなのです」


 噴火を……止めようと?

 そんなの大いに結構だろ。なんでそんなに顔をしかめて……?


「それって、マグマとかに対して氷結を使ったってことですか? まぁ、確かにできなくはないでしょうけど、それが何か……」

「言ったはずです。世界がまた一つ、滅亡したと。たった一日で、地上の生物が九割ほど死滅したのを確認しています」

 

 ……は? なんで?

 戸惑う俺の瞳を、ゼタ様はまっすぐに見据える。


「この能力は、対象そのものの全体を完全に凍らせるというものだと言いましたよね? これは調査で分かった事ですが、不運にもそのマグマは、惑星中心部のマントルと繋がっているものでした。つまり彼は誤って――」

「マントル全体を凍らせた? それはまずそう……ですけど、実害が出るのは時間かかりますよね? なんでさっさと介入しなかったんですか」


 俺が言うと、ゼタ様は呆れたように首を振る。


「……岩石というのは、どろどろの状態よりも冷えて固まった状態の方が体積が小さいのです。星の中心にいっぱいに詰まっていたマントルが、一瞬でスカスカの岩石に変化したとして……そんなものが、地表の重さに耐えられると思いますか?」


 ゼタ様が指を振ると、真っ白な部屋が、地獄絵図に変わる。

 それは――地表の全てに地割れが起きている、そんな光景だった。


「な、なんですかこれ……」

「能力の発動後、大崩壊が全世界を襲ったのです。地上全てに大断層ができ、同時に地殻内部にため込まれた揮発性の超高熱ガスが地上に噴射され……全ては熱によって死滅しました」


 絶句する俺をちらりと横目で見てからゼタ様はもう一度指を振ると、遠くの方から大きな波が、黒い壁のように迫ってくる。

 ただの映像のはずなのに、根源的な恐怖を覚える。


「海底でも同様の大断層が起きたのでしょう。数時間もすると山をも呑み込む大きさの津波が各地に押し寄せ、全てを洗い流してしまいました」


 こんな地獄……本当に一割も生き残れたのか?

 しかしなにより、これを引き起こしたのは――――


「神の奇跡は、いち生物に与えるには強すぎます。だからこそ、慎重にしなければいけないのです。そう、何度も注意したはずです」


 俯いて指を振ると、再びそこは白い部屋へ戻る。


「――さて。これより、処刑を開始します。およそ三分後、神としてのあなたは死に、肉体だけが下界へ弾き出されます。が、信仰の力を失ったあなたは、ほとんど生きられないはずです」


 ゼタ様は、こちらをまっすぐに見つめたままパチンと指を鳴らす――ポーズだけを取って、すかっと指をこする。


 瞬間、空間が歪み。

 黒い木材で作られた、見上げるほどの大きさの装置が現れる。

 上部にはめられた銀色の刃が、ぬらぬらと不気味に光り輝くそれは。


断頭台(ギロチン)……⁉ こ、こんな物騒なものを……⁉」


「恐怖を覚えるのは分かりますけど、落ち着いてください。聞いた話では、これが最も痛みを伴わない方法らしいので……」

「だ、誰に聞いたんですか……! 死者が感想を話したとでも……‼」


 問答無用に再びパチンと指が鳴らすポーズをとる。

 相変わらず音は出ないが……しかし抵抗する間もなく、首元に冷たい圧力がかかってくる。


 全身の力が抜け、膝が床に叩きつけられる。

 乾ききった木の隙間に、べっとりと滲む黒ずんだ赤。

 爪の跡。血痕。かすかに漂う鉄の匂い――


 全力で抵抗しようにも、木で出来ているはずの断頭台はビクともしない。

 

「ま、待ってください、こんな急に処刑されるんですか……⁉ き、聞いてませんけど……!」

「待ちません。あなたの滅ぼしてきた世界の住民は、こうして命乞いをする暇もなく死んでいったのです」

「で、でも……奴らの大半は悪だったはずで……」

「彼らの悪行を全て合わせても、あなたの奪った命の数には敵いませんよ」


 冷徹な口調に、俺は一瞬怯んでしまう。


「そ、それでも俺は! その裏で、沢山の世界を救ってきたんですよ! 救ってきた命と滅ぼした命を割合にすれば、死者の数なんて些細なもので……!」

 

 ゼタ様は何も言わない。

 がちゃがちゃと拘束をほどこうとしながらも、俺は必死に弁明を続ける。

 

「そ、それに、失敗した世界でも、こうやって世界全土が崩壊した例は今回だけです! ほとんどの世界では、沢山の悪を殺した結果、基準値を少しだけ上回る程度の死者になってしまった事例ばかりのはずで……!」


と、ゼタ様は大きなため息を吐いた。

 呆れたような、諦めたような。


「やはりあなたは、命の何たるかが良くわかっていないようですね」


 ……そんなことは無い。命は尊いもの。それは分かってる。

 だからこそできるだけ沢山の善き命を救って、悪をたくさん殺してきた。

 俺達が世界に介入するのは、そのためで……

 と、弁明しようとして口ごもる。

 その反論もまた、ゼタ様には響かない気がして。


「――最後に、お聞きしても良いですか」


 と、ひどく冷静な声がかかる。

 見上げると、ゼタ様は断頭台の前に屈みこんでくる。

 目線を合わせて来る、その表情は真剣だった。


「百年ほど前、同僚に失態を押し付けられて処刑された下級神がいたと発覚した事件がありました。知っていますよね?」

「……それが、何か」


 俺がとぼけると、ゼタ様は膝を抱えて、深くため息を吐く。


「原因不明の『災厄』により、世界崩壊のペースが急激に増え始めたのが千年ほど前です。我々は各世界に転生者を送ることでこれを食い止めようとしましたが、これは対処療法に過ぎません。そうして世界崩壊によって人々からの信仰が不足し……天界は苦肉の策で下級神を減らすことで、信仰の不足を補うようになりました。これが丁度、六百年(・・・)前のことです」


 六百年(・・・)という所をやけに強調してゼタ様は言う。


「そしてあなたのミスが露骨に増え始めたのも、六百年前(・・・・)なのです。それ以前は、あなたは優秀過ぎるほどに優秀でした。そのせいで解雇規定が厳しくなり、実際に解雇された同僚もいるほどに」


「……何が言いたいんですか。前の事件と同じように、同僚たちが俺にミスを押し付けたとでも?」

「しかし同時期から、他の同僚たちの失敗が明確に減っているのですよ」


 ……痛いところをつかれた。

 怯みそうになるけど、俺は何とか平静を保つ。


「……それも偶然です。その二つが重なって、変な誤解を生んでいるだけです」


 俺が言うと、ゼタ様はじっと俺の目を見つめて来る。

 少しは強気に見つめ返してみたが……俺はいたたまれなくなって目をそらしてしまった。


「ロナ君。何かあるなら、これが最後なんです。ここで声を上げなければ、あなたは死ぬんですよ。分かってるんですか?」


 ……分かってる。

 神として処刑されるという事は、命の源である『信仰』を与えられなくなるという事だ。

 体は天界から弾き出された後、すぐに死に絶える。

 それも分かってる。


 ゼタ様の視線を感じながら、俺は黙って俯き、目を瞑る。

 ゼタ様は諦めたようにため息を吐き、立ち上がった。


 その、しばしの沈黙の後。


「違和感に気づいてからは、すぐに上に掛け合ったんです」


 ゼタ様の声は震えていた。


「でも、本人からの言葉もなしに判断する事は出来ないと言われてしまいました。あなたの言葉が無ければ……助けてあげる事も出来ないんです」


 ぶちっ、と微かな音が鳴る。

 刃を繋ぎとめていた縄がひゅるひゅると音を立てて、次々とほつれ始めた。


「わたしは、目をかけていた部下に、ある日突然二度と会えなくなるのは寂しいです。悲しいです。単にどこかへ行ってしまうだけならまだしも、処刑なんて……。何か、わたしに力になれることがあるなら言って欲しいのに……」


 一度ちぎれ始めた縄は、雪崩れるようにぶちぶちぶちっと音を立てていく。

 嗚咽の混ざった声に、胸が締め付けられる。

 泣かないでくれ、頼むから。


「あなたにとってはただの上司かもしれません。……でも! わたしにとっては、はじめてできた、とくべつな部下だったんです! 時には厳しく、時にはミスを庇って、それでも一緒に頑張って、来た、のに――!」


 音が止まり。

 刃が滑り。


 ゼタ様の涙が頬をつたい、床を濡らすより先に。

 刃は、断頭台の底に深く突き刺さった。


 ゼタ様は膝から崩れ落ち、白い装束を赤く濡らしながら顔を覆った。


 俺は処刑された。

 最期の瞬間、俺の頭にあったのは――


 ゼタ様を悲しませてしまったことへの後悔、そして。


 ()()()()()()()()()()()()()安堵感だった(・・・・・・)

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