絶望を積み上げて生まれた恋だったから
ヒトの身体は毒になるのだという。
竜とはどんなものでも喰らい、平らげ、蹂躙するものだと思っていた。ヒトを喰らったら死ぬだなんて。そう言うと彼は分かりやすく嫌そうな顔をして、翼をはためかせた。風が起きて、髪の毛がくしゃくしゃになる。
彼は機嫌をわるくするとすぐに黙ってどこかへふらりとら姿を消し、戻ってこなくなった。すると決まって彼の乳母が、どこかへ隠れた彼を見付けてとっ捕まえてぼくの前に戻した。彼が悪態をつこうが暴れようがきっちり押さえ込み、彼の鱗を削って【竜の鱗の粉】を作らせた。ぼくは霊峰の水を片手にそれを全て飲む。
すると、ヒトの身体から少しずつ毒が抜けるのだそうだ。
「あと三日ほどです」
「あと三日……」
あと三日で、僕がこの霊峰へやってきてからまる一年経つということだ。きょうも【竜の鱗の粉】を飲み干した。僕の身体はいま竜への毒性が著しく落とされていて、あと三日でほとんどなくなる。同時に、竜の子である彼の魔力で満たされる。
「僕は薬になれますか」
「……ええ」
乳母は穏やかに頷いた。
竜はこの世界を支える大きな存在だ。僕は詳しく知らないが、竜なくしてはこの世界のあらゆるものが立ち行かなくなるらしい。その強大な存在であるところの彼らだが、とある病に侵されその数を大きく減らした。
「世界の危機だ」と誰かが言った。
僕は一年前、その危機に瀕した霊峰に選ばれた生贄だ。お告げにより霊峰に住処を移し、竜への毒性を薬効に変えるための処置を、毎日欠かさず行ってきた。
三日後、この身を竜が喰らえば、彼は生き長らえる。
それはとても光栄なことなのだと、誰かが言った。
……だというのに彼ときたら。
「何処へでも逃げていいんだよ」
「あなた以外の、どこへも行きませんよ」
「……いっそ、出会わなければよかった。けれど私は、君がいない世界にはもう戻れない。なのに、私は、君を喰い、君のいない世界に生きなければいけない……」
竜の子が流す温い涙が、僕の太ももを濡らす。悲しいと彼は啼く。とても困ってしまいながら、僕はどこかで何かが満たされるのを感じた。僕でなければ彼を生かせない。もう会えないと嘆く彼の、心のどこかに僕がねじ込まれたらいい。彼がまた翼をはためかせたので、髪の毛と彼の涙が弾かれて混ざりあう。僕は飛ばされないよう、彼から離れないよう、頼りない彼の体にぎゅっとしがみついた。