支援科の幼馴染み
放課後。
教室を出ると、亜麻色の髪をストレートボブに揃えた少女が立っていた。
「あ、磨央」
大きな翡翠の瞳。
目が合って早々、俺の名前を呼んだのは、
「悪い、待たせちまったか。千里」
——三園千里。
同学年の生徒であり、赤ん坊の頃からの幼馴染みだ。
「ううん、私もついさっき終わったところだから。今日もダンジョンに行くの?」
「当然。ちょっとでも実践経験を積んでかねえと」
「良かった。そう言うと思って、オペレーション室借りておいたよ」
「お、サンキュー。じゃあ、速攻でダンジョンに潜る準備しねえとな」
櫂盟高校には三つの学科が存在している。
探索者を養成する迷宮探索科。
進学、就職を目指しつつも、迷宮探索科への編入を狙う普通科。
それからダンジョンに潜る探索者を裏方でサポートするオペレーターの養成を目的とした探索支援科。
千里が所属するのは探索支援科だ。
俺と千里は入学以来、チームを組んでダンジョンに潜っていた。
「そういえば、今日の訓練どうだった?」
「全然ダメ。今回もダントツのビリ」
「……そっか。なら、次だね! 次の訓練ではいい結果出せるように頑張ろう! 私も出来る限りサポートするから」
俺を励まそうと明るく笑みを浮かべる千里。
その心遣いが嬉しくもあり、申し訳ないとも思ってしまう。
「悪いな。俺が不甲斐ないせいで迷惑かけちまって。周りから色々言われてるだろ」
探索科の生徒と支援科の生徒がチームを組むことはそう珍しいことではない。
寧ろ学校から推奨されている。
探索者側からすればオペレーターが付いていた方が探索の効率も生存率もずっと高くなるし、オペレーター側からすれば後方支援の実践経験が積める良い機会といったように、双方にとってメリットが大きいからだ。
とはいえ、組んでいる相手が学年一落ちこぼれの俺である以上、陰で色々と言われているのは容易に想像がつく。
「そんなの関係ないよ」
しかし、千里は頭を振りながらきっぱりと言う。
「私は磨央の力になりたくて、この学校に入ったんだから。だから磨央は、私のことよりも自分が強くなることだけを第一に考えて。……飛鳥ちゃんの為にもね」
「……そうだな。すまん、今のは忘れてくれ」
思考がネガティブ寄りになってたな。
今日の訓練結果が振るわなかったせいか。
千里の言う通り俺が今考えるべきなのは、どうやって強くなるかだ。
——とは言っても、鍛錬と実践を地道に繰り返す以外に方法はないんだけど。
「けどなあ、どれだけ鍛錬しても全然強くなってる実感がないんだよなあ」
「そうかな。入学した時よりはずっと戦えるようにはなってると思うけど」
「そりゃ素振りも射撃練習も欠かさずやってるからな。武器自体の練度はずっと上がっている。……でも、肝心な魔力操作が下手くそなままだ」
ダンジョン内に棲息する危険生物——魔物を倒すのに一番重要なのは魔力だ。
魔力がなければ魔物を殺すどころか、ダメージを与えることさえ叶わない。
俺が今日の訓練でゴーレムに傷一つつけられなかったのは、武器に籠める魔力が絶対的に足りなかったせいだ。
逆に言えば、魔力さえあればどんな物でも有効打となり得る。
だから探索者は、自身の肉体や武器に魔力を籠めて戦うことが多い。
勿論、魔力操作の鍛錬も怠ることなく続けている。
なんなら剣と銃の練習よりも時間を割いているのだが、残念ながら努力虚しく、未だ目に見えるような成長を実感できずにいた。
それが二ヶ月も続いているのだから、ちょっとだけ心が折れそうだ。
だが——、
「探索者の成長曲線は個人差が激しい……か」
「それって、確か……」
「入学した頃に戦闘教官が言ってた言葉」
聞いたのは、確か学年全体のオリエンテーションの時だった。
探索者の成長曲線は個人差が激しく、また状況によって大きく異なる。
緩やかな線と急な線を繰り返す者、段差を上るように一気に成長をする者といったように様々だ。
だからもし自身で成長を感じられないようであれば、平地のようななだらか坂を登っているか、断崖のような高く険しい壁に当たっていると考えるといい。
未だに印象深く耳に残っているのは、俺にもまだまだ成長の芽があると信じたいからなのかもしれない。
……まあ俺の場合、もう既に頭打ちになっている可能性の方が高そうだけど。
——それでも足掻くのを止める理由にはならない。
思ったところで昇降口に辿り着く。
ここから千里とは別行動となる。
「それじゃあ、準備ができたら通信よろしくね。それまでにこっちも準備終わらせておくから」
「ああ、じゃあまた後でな」
別れを告げ、俺はダンジョンに潜る準備を整える為、一度寮に戻ることにした。