【38話】リエラの報告
ビトーにヒノキノボウルグを修復してもらってから数日後、リエラが宿に戻った。
彼女は戻ってくるなり、ユウリの部屋に勢いよく飛び込んだ。
「ユウリ様!!」
両手をガバッと広げたリエラに、ユウリは強く抱きしめられる。
「ずっと会いたかったです」
「元気そうで良かった」
リエラの頭を優しく撫でる。
以前となんら変わらない様子に、ユウリは大きく安心した。
「おお、リエラ無事じゃったか!」
「おかえりなさい!」
リエラの声を聞いてか、フィアとソフィが部屋に入ってきた。
二人ともユウリと同じく、安心したような表情を浮かべていた。
「みなさん揃ったことですし、報告しますね」
重々しい雰囲気で、そう口にしたリエラ。
ほんわかしていた空気が、一気に緊張していく。
リエラ以外の三人は、ゴクリと息を呑んだ。
「あのお方の正体……それは、凶王と呼ばれている恐ろしく強力な魔族でした。その凶王こそが、すべての黒幕です」
凶王の目的。
モルデーロ王国国王ジョンとの関係。
そういったことを、リエラは細かく説明してくれた。
「国王や神官長といった上層部の人間を殺した凶王は、独裁体制に入っています。現在は、国家予算をフル動員して他国から兵器と傭兵を大量に買い集め、侵略戦争の準備を進めている最中。兵器と傭兵がそろった場合、モルデーロ王国の軍事力は大きく飛躍するでしょう」
戦争の準備が終われば、再びディアボル王国に攻めてくるかもしれない。
それだけは絶対に阻止しなくてはならない。
(モルデーロ王国との戦争が終わって、ようやく平和を取り戻せたと思ったのに。凶王め……面倒なことをしてくれるぜ)
ユウリは深いため息を吐く。
ソフィから話を聞いたときに感じた嫌な予感は正しかった。
「戦争の準備ってのは、どれくらいかかるんだ?」
「そうですね……。早くて、今から一か月ほどかと」
「まだ時間はあるな。それなら、準備が終わる前に凶王を討ちとってくるか」
トップが崩れたら計画が潰れるのは、よくあること。
軍事を掌握している凶王を討てば、侵略戦争を止められるはずだ。
ディアボル王国に住む大切な人たちを守るためにユウリは、凶王を討つ覚悟を決めた。
「じゃがどうするユウリ? ディアボル王国軍と協力して、凶王を討つか?」
「いや、大勢で動けばバレるかもしれない。それに言っちゃ悪いが、他のヤツがいても足手まといだ。だから今回は、俺一人でやる」
リエラの話を聞く限り、凶王はかなりの実力を持っている。
まず間違いなく、これまでで一番強い相手となるだろう。
そんな相手に勝てる可能性があるのは、ユウリだけだ。
他の人間がいたところで、死人が増えるだけとなるだろう。
ユウリの言葉に、他の三人は何も返さなかった。
心配そうな顔をしている彼女たちは、今にも泣きそうになっている。
「みんな、心配してくれてありがとうな。俺はお前らが大好きだ。もっとお前たちと一緒にいたい。だから、こんなところで死ぬつもりはない」
ユウリは優しい笑みを浮かべた。
それを受けた三人は、ユウリと同じように笑う。
しかし瞳からは、ポロポロと涙が流れていた。
無理して笑顔を作って、ユウリを励まそうとしてくれているのだろう。
そんな彼女たちの気遣いに、ユウリは胸が熱くなる。
「私、まだユウリさんに怒られていません。だから絶対に戻って来てくださいね!」
「わらわはまだ満足しておらん。もっともっと、お主と旅がしたいのじゃ! だから、帰ってこい!」
「ソフィ、フィア。二人ともありがとう!」
ニコリと笑ったユウリは、二人の頭を優しく撫でた。
「ユウリ様、これをお持ちください」
リエラから数枚の紙を渡される。
紙面には、建物の見取り図みたいなものが描かれていた。
「これは王宮内の見取り図です。それに加え、大広間にたどり着くための隠しルートも入っております」
「隠しルート?」
「はい。通常のルートとは違う道を発見したのです。このルートを使えば、恐らく誰にも見つかることなく凶王のいる大広間までたどり着けるはずですよ」
「助かるよ。それにしても、ここまでの情報を入手できるなんてすごいな。オーガにびびっていた女の子が、こんなに頼もしく成長するなんて驚きだ」
「ユウリ様のお力になれるよう、私はまだまだ成長しますよ! それを、ユウリ様には一番近くで見ていて欲しいです! 一生ずっと!」
「なんか重い気がするけど……分かった! ありがとうなリエラ!」
「ユウリ様、ご武運を……!」
リエラが抱きしめてきた。
頬をくっつけ、熱いハグを交わしてくる。
少しくすぐったかったが、ユウリは我慢した。
送り出してくれるリエラの気持ちを、まっすぐに受け止める。
「それじゃ、行って――」
「ちょっとユウリ! 友達である私に一言もないなんてどういうこと!」
そうして、部屋を出ていこうとしたとき。
新たに一人、ユウリの部屋に女性が入ってきた。
部屋に入ってきたのは、ディアボル王国第五王女、シャルロットだ。
「シャル、どうしてここに?」
「モルデーロ王国との戦争が終わってから、あんた何も言ってこなかったでしょ。だから心配になって……。それでここへ来たのよ」
「もしかして、今の話を聞いてたのか?」
「ええ。凶王とか言うヤツの報告を、リエラがしてるところからね」
「……全部聞いていたんだな。シャル、お前には悪いけど俺は行かなきゃ――」
「あんたを止めに来たんじゃないわ」
少し意外だった。
シャルロットは心配性の優しい少女だ。
モルデーロ王国との戦争に行くと決めたとき、ユウリの身を心配してくれた彼女は、必死になって止めてくれた。
だから今回も、同じようにしてくると思ったのだ。
「あんた、前にこう言ってくれたでしょ。私のことを大事な人、って。それは私も同じ。ユウリは私にとって、とっても大事な人よ。だから私は、あんたにこう言うの」
大きく息を吸うシャルロット。
息を吸い過ぎて、少し顔が赤くなっている。
「ユウリ、行ってらっしゃい!」
「……ああ。行ってくる!」
ニッコリ笑うシャルロットに、ユウリもまた同じような笑顔で応えた。
ドアのところまで歩いていったユウリは、ぐるっと振り返って部屋にいる四人の顔を見た。
「みんな、俺は絶対帰ってくる。この国を守るために、ちょっと勇者になってくるわ!」
四人に大きく手を振り、ユウリは部屋を出ていく。
絶対に帰ってくる、その言葉を嘘にしないようにと強く胸に誓った。




