【36話】計画変更 ※あのお方視点
モルデーロ王国王宮、地下に広がる大広間。
その場所では今、国王のジョンが、漆黒のプレートアーマーを着た人物に頭を下げていた。
「大変申し訳ございません凶王様! まさか新勇者が敗けるなどとは――」
ゴトッ。
言葉の途中で、ジョンの首が斬り落とされる。
首を切り落としたのは、漆黒のプレートアーマーを纏う魔族――凶王だ。
「次は無い、そう言ったのを忘れたのか。低知能の使えないゴミめが」
剣を振り、刀身についた返り血を払った凶王。
首を失ったジョンの胴体に、つま先で軽く蹴りを入れる。
「ギーツ、このゴミを片付けておけ」
「承知しました」
傍らに控える人型の魔族が、深く頭を下げた。
ギーツは凶王に付き従う下僕だ。
何かと使えるヤツなので側に置いてやっている。
「凶王様はこれよりどうなさるおつもりですか?」
「面倒だが、直接俺が動く。コイツがあまりにも使えなかったせいでな」
地面に転がっているジョンの首を踏みつける。
勇者の力を使い、モルデーロ王国が全ての国を侵略。全ての国を支配下に置く。
そうなったモルデーロ王国を裏から操る。
凶王は、そんな計画を立てていた。
しかし、予想以上にジョンが使えなかった。
こうなった以上、間接的に支配するのはやめだ。
世界中の国々を侵略するため、凶王は自らが表舞台に立つことを決めた。
「まずは軍事の掌握からだ」
ジョンの頭に載っていた王冠を拾い上げた凶王は、歪んだ笑みを口元に浮かべた。
王宮の敷地内にある、モルデーロ王国軍の本部。
ギーツを連れ、凶王はその場所を訪れた。
「貴様たち何者だ!」
「魔族がここに何の用だ!」
玄関口に続々と兵士が湧いてきた。
剣を構え敵意をむき出しにしている。
「ずいぶんと手荒い歓迎をしてくれるな。……まあいい。とりあえず軍団長を呼んで来い」
「汚らわしい魔族どもめ。神聖なる王国軍本部を汚すとは許せん!」
凶王とギーツの前に、一人の男が現れた。
両手で剣を構え、凶王とギーツをまっすぐに睨みつけている。
(ほう……人間にしては中々できそうだ)
他の兵士と比べ強靭な体つきをしているその男からは、研ぎ澄まされた闘志を感じる。
構えにも隙がない。
「貴様、名は?」
「魔族に名乗る名など無いが、冥途の土産に教えてやろう。俺はゴート。モルデーロ王国軍の軍団長だ」
「軍団長だったか。なるほど、通りで雑兵とは違うわけだ」
凶王が小さく頷く。
「聞け、軍団長。我が名は凶王。モルデーロ王国軍の指揮権は、全て俺に移った。これからは俺の言うことに全て従え」
「王国軍を動かせるのは国王様のみ。貴様のような魔族の言うことには、誰も従わない。貴様が言っているのは下らん世迷言だ。馬鹿馬鹿しい」
「ククク……世迷言か!」
「何がおかしい!」
笑い声を上げる凶王を、ゴートが睨みつける。
「これを見てもそう言えるかな?」
手に持っていた王冠を、ゴートへ向かって無造作に放り投げる。
さきほど殺したモルデーロ王国国王、ジョンが頭に載せていたものだ。
王冠を見たゴートは、目を大きく見開いた。
「これは国王様の……! 貴様、国王様に何をした!」
「指揮権を譲って貰ったのさ。……力づくでな」
ニヤリと、凶王が口を歪める。
「魔族め! 生きて帰れると思うなよ!!」
ゴートの雰囲気が変わった。
激しい怒りと殺気が、体中から溢れ出している。
それを見ている兵士たちは、誰ひとりとしてゴートの勝利を疑わなかった。
ゴートはSSランク冒険者相当の実力を持つ、王国最強の剣士。
その実力は国内だけでなく、国外にも広く轟いている。
相手が誰であれ、ゴートに敵うはずない。必ず倒す。
兵士たちは、そう強く確信していた。
「待て、ギーツ」
前に出ようとしたギーツを、凶王の手が制した。
「しばらく剣を振るっていなかったからな。体がなまっていては困る。準備運動だ」
「準備運動だと! どこまでもふざけた魔族め! 俺を舐めたこと後悔して死ぬがいい! 【身体強化・上】」
身体強化の魔法を発動したゴートの体が、青白い光を纏った。
剣を振り上げ、勢いよく飛び込んでくる。
対する凶王は、なにもしなかった。
構えもせず、ただ立っているだけ。
兵士たちはニヤリと笑う。
彼らの脳裏に浮かぶのは、真っ二つに叩き斬られた凶王の姿だった。
だが、そうはならなかった。
真っ二つになっていたのは、凶王ではない。
ゴートの方だった。
上下真っ二つに分かれた胴が、ベチャリと地面に落ちる。
「弱すぎる。準備運動にすらならないではないか」
凶王がつまらなそうに鼻を鳴らした。
兵士たちは呆然。
何が起こったのか、彼らはさっぱり分からないでいた。
剣を振り上げて凶王に向かっていったゴートが、次の瞬間には真っ二つになっていた。
きっと、凶王が何かをしたのだろう。
しかしその動きを捉えられた者など、ただの一人もいなかった。
「ゴ、ゴートさんが死んだ」
兵士の一人が呟いたひとこと。
その言葉が、呆然としていた兵士たちを現実に引き戻す。
「うわあああ!」
「嫌だ! 死にたくない!」
泣きわめき、怯える兵士たち。
王国最強の剣士ゴートの死が彼らにもたらしたのは、大きな恐怖と絶望だった。
阿鼻叫喚の声が飛び交う中、凶王は楽し気な笑みを浮かべていた。
「聞け雑兵ども。俺に従うか、それとも軍団長のように無様な死を遂げるか……今すぐ選べ」
凶王の問いに、兵士たちはみな首を縦に振る。
ガクガクと首を振る彼らは一人残らず、怯えた顔をしていた。




