【35話】新勇者の証言
気を失っている勇者を抱え、大本営に戻ったユウリ。
大本営にいる人間たちが注目する中、口を開く。
「目的は達成した」
そう言うと、大本営の人間たちが顔を輝かせた。
「さすがユウリ様だ!」
「信じておりました!」
「あなた様は救世主です!」
大本営内に響き渡る、嬉し涙と歓声。
彼らは、ユウリの活躍を大いに称えてくれた。
そんな雰囲気の中、指揮官が不思議そうな顔をした。
「して、ユウリ様。その抱えている少女は?」
「この子は勇者だ」
ユウリが答えるなり、大本営に一気にどよめきが走った。
自軍を壊滅させるほどに暴れ回っていた、恐ろしい敵である勇者。
それが大本営にいるとなれば、動揺するのも当然だろう。
「大丈夫だ。恐らくもう危険はない。この子は操られていたんだ」
ユウリは事の顛末を話した。
狂化の髪飾りを破壊した今は危険がない。
それを伝えると、大本営の緊張していた雰囲気が少し緩んだ。
「それで、この子の身柄は俺が預かろうと思うんだけどいいかな?」
もう大丈夫だとは思うが、万が一ということがある。
再び暴れ出したときに対応できるのは、ユウリだけだろう。
そんな理由を説明すると、指揮官は「それが良いかもしれませんね」と言って頷いてくれた。
「国王様には私から伝えておきます」
「ありがとう」
勇者を抱え、大本営を出ていくユウリ。
数々のありがとうの声を背中に受けながら、戦場を去った。
******
それから数日が過ぎた。
メロガ平原にて勃発した、ディアボル王国軍とモルデーロ王国軍の武力衝突。
結果は、ディアボル王国軍の勝利に終わった。
切り札である勇者をユウリに倒されたモルデーロ王国軍は、戦力が大幅にダウン。
下がったのは戦力だけでなく、兵士の士気も下がったそうだ。
反対にディアボル王国軍の士気は、大幅にアップ。
あっという間に、モルデーロ王国軍を打ち負かしてしまったとか。
その勝利の達役者であるユウリは今、ファイロルの宿泊宿にいる。
戦場から戻ったユウリはこの宿で、気を失った勇者の看病を付きっきりでしていた。
リエラとフィアも、付きっきりで看病を手伝ってくれている。
しかしながら、勇者は一向に目を覚まさない。
もしかしたらもう一生このままなのか、と暗いことを考えていたときだった。
「うぅ……う」
勇者の口から小さな声が漏れる。
声をあげたのは、この宿で看病をして以来初めてのことだ。
勇者が寝ているベッドを取り囲むようにして集まる、ユウリ、リエラ、フィアの三人。
心配そうな顔で、勇者の顔を覗き込む。
「あ、あれ……ここは」
青色の瞳を開けた勇者が、ポツリと呟いた。
ふぅ、と息を吐くユウリたち三人。
無事に目を覚ましてくれたことに、大きく安堵した。
正気を失っている様子もない。
狂化の髪飾りの呪縛からは、完全に解放されたようだ。
「あななたちは、いったい?」
ユウリたちを見た勇者が、たどたどしく口にした。
「俺はユウリ。こいつらは、冒険者の仲間のリエラとフィアだ」
「リエラと申します」
「フィアじゃ!」
「……初めまして。私はソフィです」
体を起こしたソフィが、小さく頭を下げた。
礼儀正しそうな子だ。
「それであの、ここは?」
「ここは宿屋だ。戦場で気を失ったお前を、俺がここまで運んできた」
「……戦場? どうして私はそんなところにたいのですか?」
ソフィが戸惑いの表情を見せる。
その表情からは、とても嘘をついているとは思えない。
「もしかしてお前、何も憶えていないのか?」
「いえ。何もという訳ではありません」
ソフィが首を横に振る。
「私は勇者としてモルデーロ王国に召喚されました。その直後、国王様が古びたティアラを私につけてきたんです。……覚えているのはそこまでで、そこからの記憶がありません。あの、私はどうなっていたのですか?」
「お前はそのティアラのせいでおかしくなっていたんだ」
狂化の髪飾りのこと。
それを着用したせいで、自我を失っていたこと。
モルデーロ王国の戦力として、戦争に駆り出されていたこと。
ユウリはその全てを話した。
話の間、ずっと呆然としていたソフィ。
話が終わってから少しして、ポロポロと涙を流し始める。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……! 私、たくさんの人を傷つけてしまいました!」
「いや、それは――」
それはお前のせいじゃない――そう言おうとしたユウリだが止める。
ここでそれを言っても、ソフィをさらに傷つけてしまうだけだと思ったのだ。
意識がなかったとはいえ、ディアボル王国軍の兵士を傷つけたという事実は変わらない。
他人のために泣ける優しい彼女は、そんな考え方をしてしまうのではないかと思うのだ。
(こんな心根の優しい子を……許せねえ!)
モルデーロ王国はソフィの自我を奪い、命令を聞くだけの人間兵器にした。
そんな血も涙もない行為に対する怒りが、ふつふつと湧きあがった。
「急に泣き出してすみませんでした」
しばらくして泣き止んだソフィが、ペコリと頭を下げてきた。
本当に礼儀正しい。
「気にするな。スッキリしたか?」
「はい、とっても」
涙の跡が残っている顔で、ソフィは小さく笑った。
泣いたことで、少しは元気になれたようだ。
「あの、私、憶えていたことがもう一つありました」
ソフィがポツリと口にした。
「ティアラを私につける前、国王様はこう言ったんです。『これであのお方に殺されずに済む』、と」
「あのお方?」
「はい。誰のことを指しているかは分かりませんが、確かにそう言っていました」
「気になるな」
(国王はそいつに脅されていたのか?)
あのお方、というヤツと、国王の関係性はよく分からない。
しかしユウリは、なにか嫌な予感がしていた。
「ユウリ様、私が調べて参ります」
リエラがスッと手を上げた。
「私であれば、正体を掴めるはずです」
「頼めるか、リエラ」
嫌な予感がしているユウリは、あのお方、の正体が気になっていた。
SSランク冒険者レベルの潜入スキルを持つリエラに頼めば、正体が分かるかもしれない。
「はい! ですが……一つだけお願いをしてもよろしいでしょうか?」
リエラが上目遣いで見てくる。
「これからしばらくユウリ様に会えない……そう思うと、途中で頑張れなくなってしまうかもしれません。ですから、私が頑張れるようにおまじないをかけて欲しいんです」
しゃがんだリエラが、両腕をバッと広げた。
「私のことを思い切り抱きしめてください!」
「……それでリエラが頑張れるなら、お安いもんだ」
ちょっと恥ずかしいが仕方ない。
しゃがんでいるリエラの背中に両手を回し、ガバッと抱きしめる。
うっとりした顔になるリエラ。
艶めいた声で「幸せ……」と、呟いた。
「リエラさん、とっても嬉しそうですね!」
「ああ。あいつはユウリにぞっこんじゃからのう!」
抱き合う二人に、フィアとソフィは温かい視線を送っていた。
「ユウリさんとリエラさんって、恋人どうしなんですか?」
「うーん……。まぁ、似たようなもんじゃな!」
フィアの言葉に、ソフィは大きく頷いていた。
(フィアのやつめ。適当なことを言いやがって)
嘘の解説のおかげで、ソフィが変な誤解をしてしまったようだ。
あとで誤解を解かなければならないだろう。
フィアのせいで、面倒な用事が増えてしまった。




