【26話】SSランク冒険者にもっとも近かった男 ※?視点
レドリオ王国の辺境にある、廃屋敷。
人気のない場所にポツンと立っているそこには、一人の男が住んでいる。
住んでいる男の名はジェイク。
元Sランク冒険者で、SSランク冒険者に最も近い男と言われていた。
そんなジェイクの元に、ジャケットを着た男が訪ねてくる。
「ジェイク、お前に仕事を依頼したい」
「初めて見る顔だが……お前、俺が誰だか知っているのか? 時々いるんだ。俺のことをよく調べもしないで、はした金で仕事を頼みに来る馬鹿が」
「安心しろ。お前のことは事前に調べてある。国際指名手配中の重犯罪者、殺し屋ジェイク」
ジェイクが冒険者だったのは、過去の話。
今の職業は殺し屋だ。
ジェイクが冒険者になった理由は、モンスターを殺すことが好きだったからだ。
だがいつしか、モンスターだけでは物足りなくなっていった。
そこで試しに人を殺してみたのだが、これがかなりハマった。
必死の命乞いや死に際の断末魔叫びが、なんとも心地よかった。
それで冒険者を辞めて、殺し屋になったのだ。
これまでに殺してきた人間は数えきれない。
仕事で殺したこともあれば、遊びで殺したこともある。
人を殺すことが、ジェイクにとっての人生の喜びなのだ。
「報酬額は、お前の言い値で構わない」
「……ほう。これはまた、随分と気前がいい客だな。で、殺しのターゲットは?」
「ディアボル王国第五王女、シャルロットだ」
「へぇ、王女か!」
これまで数多くの殺しをしてきたジェイクだが、王女を殺したことはない。
いったいどんな断末魔をあげるのか、それを想像するだけで興奮してくる。
「二週間後、レドリオ王国王都で開かれる社交パーティーに、シャルロットが参加する。その帰り道で、シャルロットを殺してほしい。場所はレドリオ王国王都の裏路地だ」
「面白そうな依頼だな。……だが、悪いな。お断りだ」
「……分からないな。報酬金はお前の望む額だぞ?」
「金の問題じゃない。リスクの問題だ。王族の護衛には、Sランク冒険者級の力を持つ騎士が十数人つくのが通例。護衛が一人なら問題ないが、十数人のSランク冒険者を同時に相手にするのはただの自殺行為だ」
殺しを楽しんでいるジェイクだが、決して熱くなり過ぎることはない。
常に冷静にリスクを考え、危ない橋は渡らない。
ジェイクはそういう男だ。
だからこそ、国際指名手配されている今も捕まっていない。
「それは問題ない。既に俺が手を打った」
ジャケットを着た男がニヤリと笑う。
「王女の護衛につくのはBランク冒険者。しかも、10歳かそこらのガキ三人組だ」
(王女の護衛をBランク冒険者に変更させるとは……こいつ何者だ?)
ジャケットを着た男の正体が気になるジェイクだったが、口には出さない。
依頼人の素性を詮索しないのが、裏社会における暗黙のルールだ。
「ミノタウロスを討ったなんて噂もあるが、恐らく何かの間違いだ。あんなガキともに倒せるとは思えない。誰かが面白がって、嘘の噂を流したのだろう。相手がBランク冒険者のガキなら、問題ないだろう?」
「あぁ、問題ない。Bランク冒険者程度なら百人同時に相手しても、俺が負けることはないからな」
10歳そこらの歳でBランク冒険者にまで登り詰めたというのは驚きだが、所詮はBランク。
元Sランクのジェイクとは、決して埋まることのない差がある。
万が一にも負けることはありえない。
「話は成立だな。詳細はここに書いてある」
ジャケットを着た男が、一枚の紙を手渡してきた。
当日のシャルロットの行動予定や、護衛にあたるBランク冒険者のことなどが詳しく記載されている。
「それではこれで失礼する」
「ちょっと待てよ」
ジャケットを着た男を呼び止めるジェイク。
その口元は、微かに上がっている。
「今から聞くことは興味本位だ。答えたくなければ、答えなくていい」
「……言ってみろ」
「どうして王女を殺そうと思ったんだ?」
王女を殺害しようなんて考えるヤツは、どう考えてもまともじゃない。
そういうまともじゃないヤツは、一目見ただけで分かる。
しかし、ジャケットを着た男は違う。
一見まともそうに見える。
こういうタイプの人間に、ジェイクは今まで会ったことがなかった。
そんな男が何を考えているのか。
依頼人の素性を詮索しないという暗黙のルールを破ってまでも、ジェイクは知りたいと思った。
「俺はな、平和が大嫌いなんだよ」
「あ? 何を言い出すんだ?」
突拍子もない言葉に、ジェイクは訝しげな顔になった。
「今回の殺しは、レドリオ王国の王族が指示したように工作するつもりだ。すると、どうなると思う?」
「王女を殺されたら、国王が黙ってないだろ。レドリオ王国に対して、激しく怒るだろう。両国の関係は最悪になって、いつ戦争が始まってもおかしくないかもな」
「俺が望むのはそれさ。両者の争いの火種をつくり、クソッたれな平和を終わらせるんだ」
ジャケットを着た男の瞳は光り輝いている。
その姿はまるで、嬉々として夢を語る子どものようだった。
(コイツ、とんでもねぇ野郎だ!!)
ジェイクは大きな笑い声を上げる。
ジャケットを着た男は、これまで出会った人間の中で一番どうかしていた。
それがおかしくてたまらない。
「気に入った! この依頼、必ず成功させてやる!」
「期待しているぞ」
去っていくジャケットを着た男を、ジェイクは笑顔で見送った。




