【13話】討ちたい理由
ミノタウロス。
牛頭をした人型モンスターで、高い知能と大きな力を有している。
また、攻撃魔法への高い耐性を持つ。
非情に危険なモンスターとされているが、個体によって力の差が大きいとされている。
強力な個体は、アッシュオーガや、九本の尾を持つファイアフォックスを凌駕するとの噂もある。
「やつの居場所を探り当てたまでは良いが、わらわの実力では太刀打ちできないのじゃ……!」
ぐっと拳を握るフィア。
深い悔しさが、表情には刻まれている。
「無茶な願いを言っているのは承知しておる! じゃがわらわは、お主ほどの強者はみたことがない! どうか頼む!」
「構わないぞ」
必死に頼み込んでくるフィアに、ユウリは軽く返事をする。
「ミノタウロスじゃぞ! 本当によいのか!?」
一歩踏み込んできたフィアは、信じられないといった顔をしていた。
ユウリは「もちろんだ」と言って、大きく頷いた。
「フィアはさっき、ファイアフォックスから俺たちを助けようとしてくれだろ? だからこれは、そのお返しだ」
「じゃが、わらわの魔法は何の役にも立たなかったぞ……」
「そんなのは関係ない。俺たちを助けようとしてくれた、フィアのその気持ちが俺は嬉しかったんだ。だから、お前のその気持ちに報いさせてくれ」
「ありがとう……本当にありがとう!」
深く頭を下げるフィアに、ユウリは笑顔で応えた。
借りっぱなしというのは、どうも性に合わないのだ。
ケレル大森林を抜け、さらに南下した先にあるデルドロ大洞窟。
そこの最深部に、右角に傷のあるミノタウロスがいるらしい。
本来であれば、ファイアフォックス討伐依頼の完了報告を冒険者ギルドにしてから、デルドロ大洞窟へ向かうところ。
しかしここでファイロルに戻れば、再びケレル大森林まで来なければならない。
それは二度手間というものだ。
二度手間を避けたいユウリたちは、冒険者ギルドへの報告を後回しにして、デルドロ大洞窟へ向かうことにした。
その道中。
満点の星空が浮かぶ夜空の下で、ユウリたちは野営をしていた。
パチパチと燃える焚火を三人で囲みながら、食事を摂る。
「おぉ! 美味じゃ!」
ユウリお手製の鍋料理に、フィアは舌鼓を打った。
一人暮らし歴が長かったこともあってか、ユウリの家事スキルはかなり高い。
中でも料理は、得意中の得意だった。
「やはりユウリ様の作るご飯は最高ですね! いつか私も一緒に作れるように精進します!」
「……いや、リエラは料理をしない方がいいと思うぞ」
以前野営をした時、リエラが料理を作ったことがある。
だがそれは、とても料理とは呼べるものではなかった。
グロテスクな見た目に、漂う異臭。
何をしたらそうなるんだと思ってしまうほどの、異次元の酷さだった。
宿屋での部屋の散らかり具合といい、リエラは家事全般が苦手なようだ。
元々貴族のお嬢様だけあって、そういったことが不慣れなのかもしれない。
「星空の下で誰かと食事をするなど、五十年振りのことじゃのう。楽しいわい」
顔を上に向けたフィアが、ポツリと呟いた。
ユウリは訝しげな顔になる。
10歳くらいの外見をしているフィアが、五十年振りとか急に言い出したからだ。
隣を見れば、リエラも同じような顔になっていた。
ユウリとリエラは、小さな声でひそひそ話を始める。
「おい、リエラ。こういう時ってツッコんだ方がいいのか? いわゆるツッコミ待ちってヤツか?」
「お待ちくださいユウリ様。こういうのは意外とデリケートな問題です。触れない方が良いのではないでしょうか」
「なるほど。一理あるな」
「お主たち、全て聞こえておるぞ」
じとっとしたフィアの視線が、ユウリとリエラへ向く。
「わらわはお主たちの何倍も生きておる。年長者にはもっと敬意を持つべきじゃぞ」
「いや、俺と同い年くらいだろ。嘘つくなよ」
(……しまった)
つい反射的にツッコんでしまったユウリ。
せっかくのリエラの忠告を無駄にしてしまった。
「嘘はついておらん。わらわは魔法使い族の者じゃからの」
「そうだったんですね。それなら納得です」
納得したようにリエラが頷いた。
一方のユウリは、ちんぷんかんぷん。
魔法使い族、とか言われたところでまったく分からない。
どういうことだ、と聞いてみる。
「魔法使い族は、1,000年の寿命を持つといわれている長寿の種族です」
「わらわの年齢は120歳。お主らの大先輩じゃぞ」
ふふん、とフィアが誇らしげに胸を張る。
「……マジかよ。その外見で120歳とかありえないだろ」
詐欺にもほどがある。
しかし、フィアが嘘を付いているようには思えない。
(信じられないけど、信じるしかないな)
ユウリは無理矢理納得することにした。
「しかし魔法使い族といえば、外界から完全に隔離された隠れ里で暮らしていると聞いたことがあります」
外界から隔離された隠れ里で暮らしている少数民族。
それが魔法使い族。
他種族との交流を完全に断っている彼らの生活は隠れ里の中だけで完結しており、外には一歩も出てこない。
そんなリエラの説明をふんふんと聞いていたユウリは、頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「それならどうしてフィアは、里の外に出てきているんだ? 一歩も出ないんじゃないのか?」
「魔法使い族は、他種族との交流を怖がる引っ込み思案で臆病な種族。じゃが、全員が全員そうという訳ではない。わらわやエマのように外の世界に憧れ、里を抜ける者もちらほらおる」
「……エマ?」
不思議そうにしているユウリに小さく微笑んだフィアは、パチパチ燃えている焚火に視線を移した。
昔を懐かしむような、遠い目をしている。
「エマは、わらわと同年代の優しい女の子。それに、落ちこぼれのわらわと違って、魔法の才能に満ちあふれておった。そんなエマとわらわは一緒に里を抜け、ずっと二人で暮らしていたのじゃ。自給自足の生活をしながら、時々、旅に出たりしてな」
「なんだか楽しそうだな」
「あぁ、エマと過ごす日々は本当に楽しかった。……ミノタウロス、ヤツに出会うまではな」
フィアの口元から、スッと微笑みが消えた。
「その日、わらわとエマは森でキノコ狩りをしておった。そのとき、右角に傷のあるミノタウロスが襲ってきたのじゃ。ヤツの攻撃を受けて、わらわは気を失ってしまった。次に目を開けたとき最初に見たものは、血まみれになったエマの姿じゃったよ」
押し出すようして発したフィアの言葉は、非常に重苦しい。
その一言一言には、深い後悔と悲しみが刻まれていた。
「…………ミノタウロスを討つのは、その子のかたき討ちか?」
「それもある。じゃが、それだけではない。……自分のためじゃ。わらわは前に進みたい」
焚火に向けていた視線を戻したフィアが、ユウリとリエラを見つめる。
「エマが殺されてから、わらわの時間はずっと止まっておる。ヤツを討てば再び時間が動き出す……そんな気がするのじゃ」
「強いんだな、フィアは」
悲しいことがあったのに、立ち止まらず前に進もうとしているフィアは、すごく強い女の子だ。
(フィアの決意を叶えるためにも、絶対にミノタウロスを倒さなきゃな)
ミノタウロスを討ちたい理由を知ったユウリは、強く決心する。
「うぅ……フィアさん!」
フィアにガバッと抱き着いたリエラ。
大粒の涙をボロボロ流している。
「すごいです! フィアさんは、とってもすごいです!」
「これ、何をするかリエラ! くっつくな、暑苦しいぞ!」
「リエラは感動するとすぐに泣くからな。それと抱き着いてくるんだ」
笑みを浮かべながら、リエラという少女について解説する。
「ユウリ! 笑って見ていないで、さっさとリエラを引き剝がさんか!」
口ではそう言っているが、本心は真逆。
楽しそうに上がっているフィアの口角が、それを表しているような気がした。