【12話】美少女魔法使い
アッシュオーガを討ってから、一か月。
アッシュオーガという強力なモンスターを討った実力が冒険者ギルドに評価されたことで、ユウリの冒険者ランクはFからBに急上昇した。
冒険者ギルド内には、Sランクにしてもいいのでは、という声もあったらしいのだが、Sランクになるには達成してきた依頼の数が少ないらしい。
それでもFからBへの段階飛ばしの昇格は、前例のない異例措置とのこと。
こうして実績が周囲に評価されたことを、ユウリは素直に嬉しいと感じていた。
そんな訳でBランク冒険者となったユウリは、パーティーメンバーであるリエラと依頼をこなす日々を過ごしている。
「ユウリ様、そろそろ湿地帯です」
「あぁ。警戒していこう」
ユウリとリエラは、ファイロルから南下した場所に広がるケレル大森林に来ていた。
ここへ来たのは、冒険者ギルドで受けた依頼をこなすためだ。
今回ユウリたちが受けた依頼は、ファイアフォックスの討伐依頼。
ファイアフォックスは、湿地帯に生息している大きなキツネのモンスターだ。
白色の体毛で覆われている全身は、常に炎を纏っている。
尻尾の本数は個体により異なっており、一から九まである。
尻尾の数が多いほど強力な個体とされ、九本の尻尾を持つファイアフォックスはアッシュオーガと同等の力を持つとされている。
今回討伐対象となっているファイアフォックスの尻尾の数は、五本。
レベルとしては、オーガと同程度かそれ以下だ。
ユウリの実力であれば、まず問題なく討伐することができる。
「歩きづらいな」
湿地帯に来たのは初めてだったが、地面がぬかるんでいて歩きづらい。
それに加え、高温高湿度。じとっとした不快な蒸し暑さが体を襲う。
「たくさん汗をかいちゃいますね。……そうだ、帰ったら一緒にお風呂に入りましょう! ユウリ様のお体を、隅々までじっくりと洗ってあげますね!」
「……」
リエラのセクハラ発言を華麗にスルー。
毎日のように彼女はこんなことを言ってくるので、こうして毎回スルーしている。
それでもめげずにセクハラ発言をしてくるあたり、鋼メンタルの持ち主なのだと思う。
呆れながらも湿地帯を進んでいくと、巨大な樹木の陰からモンスターが飛び出してきた。
全身に炎を纏ったキツネのモンスター。
今回の討伐対象である、ファイアフォックスだ。
「グルルルル!」
五本の尻尾をペチペチ地面に打ちつけながら、ファイアフォックスはこちらを威嚇してきた。
ファイアフォックスの倒し方には、定石というものがある。
このモンスターで一番厄介なのは、全身に纏っている炎だ。
見た目通りの高温となっており、うかつには近寄れない。
それを剥がすために、まずは水属性の魔法をぶつける。
それから攻撃を行うという流れだ。
しかしユウリは、定石通りの戦い方をする気はいっさいなかった。
「それじゃ、とっとと倒してくるわ。【勇者覚醒】」
ユウリがやろうとしていることは、いたって単純だ。
【勇者覚醒】を発動し、そのままヒノキノボウルグで攻撃する。
たった、それだけだ。
【勇者覚醒】を発動していれば、ファイアフォックスの炎など恐れるに足りない。
簡単に近づくことができるだろう。
あとはヒノキノボウルグで殴りつけるだけで、依頼は完了だ。
しかしこの方法には、小さな問題点がある。
それは、着ている服が引火してしまうということだ。
自身の体やヒノキノボウルグと違い、【勇者覚醒】を発動しても着用している服の耐久力は変わらない。
ファイアフォックスに近付いたとたん、ユウリの着ている白いワンピースは炎を上げることになるだろう。
今着ているワンピースは、結構お気に入りだった。
(ちょっともったいなぁ)
少し残念に思うが、これも依頼を達成するためだ。
仕方ないと諦め、ファイアフォックスに突撃しようとしたそのとき。
「お主たち大丈夫か!?」
後ろから声をかけられた。
そこにいたのは、水色の髪に青い瞳をした美少女だった。
身長より高い杖を持ち、黒いローブを着ている。
歳はユウリと同じく、10歳くらいだろうか。
ただし、胸はかなり大きい。
幼い外見とのギャップがすさまじかった。
「待っていろ! わらわがヤツの炎を剥がしてやる! 【ウォーターボール】」
ファイアフォックスに杖を向けた美少女は、水属性魔法【ウォーターボール】を発動した。
定石通りに、ファイアフォックスの炎を剥がしにかかったのだろう。
だが、圧倒的に火力不足だった。
【ウォーターボール】は、小さな水の球を飛ばすという、水属性の初級魔法。
威力はかなり低く、その魔法でファイアフォックスの炎の衣を剥がすのは到底無理だろう。
実際、ユウリの思った通りになる。
小さな水の球はファイアフォックスの纏う炎に触れたとたん、ジュッと小さい音を上げ蒸発してしまった。
美少女はきっと、ユウリたちを助けようとして【ウォーターボール】を撃ってくれたのだろう。
しかし、美少女には悪いがまったくの無意味だった。
「一つ質問なんだが……どうして初級魔法を使ったんだ?」
「わらわが使える魔法は、これ一つだけなのじゃ……。すまん」
「……その、残念だったな」
落胆している美少女に、ユウリは苦笑い。
当初の計画通り、突撃していこうとする。
しかしユウリは、それを取りやめた。
お気に入りの白いワンピースを犠牲にせず倒せるかもしれない方法を、ビビっと思いついたのだ。
「ちょっと手を借りるぞ」
美少女の手を取ったユウリは、【勇者覚醒】を発動。
美少女の全身が、淡い白色の光を纏う。
「お主、わらわの体にいったい何をした!?」
「説明は後だ。ファイアフォックスに、【ウォーターボール】をもう一度撃ってくれ」
「しかし、わらわの魔法では炎を剥がせぬぞ。たった今、お主も見たじゃろ」
しゅんとする美少女。
その肩に手を置いたユウリは、親指をグッと立てる。
「大丈夫だ。今のお前の【ウォーターボール】なら、きっと炎を剥がせるはずだ」
【勇者覚醒】により、美少女の魔法の威力は増している。
今の彼女の【ウォーターボール】なら、ファイアフォックスの炎を剥がせるかもしれない。
「時間がなくなる前に早く撃ってくれ!」
「そう急かすでない! ……分かった。撃てばいいんじゃろ!」
ファイアフォックスに杖を向けた美少女は、【ウォーターボール】を発動した。
「なんだこれは!? これがわらわの【ウォーターボール】か!?」
杖の先から放たれたのは、先ほどよりもずっと大きな水の球だった。
あまりの変わりように、魔法を放った本人が一番驚いていた。
大きな水球は、ファイアフォックスに直撃。
全身に纏っていた炎が消失する。
(やっぱり効果は落ちているな)
もしステータスが極限レベルまで上がっていたらなら、【ウォーターボール】一発でファイアフォックスを討てていただろう。
しかし結果は、全身に纏う炎を剥がしただけで終わった。
ファイアフォックス本体にダメージはない。
以前に立てた、【勇者覚醒】は他人に発動すると効果が落ちる、という仮説は正しかったようだ。
(まぁ、炎さえ消えれば問題ないんだけどな)
これで白いワンピースに引火する心配はなくなった。
あとは、ヒノキノボウルグを叩き込むだけだ。
「ありがとうな! 助かった!」
美少女に礼を言ったユウリは、恐るべきスピードでファイアフォックスに向かっていく。
地面を蹴って飛び上がるユウリ。
ファイアフォックスの頭部を、ヒノキノボウルグで殴りつける。
全身をぐらりと揺らしたファイアフォックスは、バランスを崩し転倒した。
体はもうピクリとも動いていない。
ファイアフォックスを討ったユーリは、元いた場所へ戻った。
「お疲れ様ですユウリ様! 今回もとっても素敵でした!」
キラキラと瞳が輝かせながら、歓喜の声を上げるリエラ。
そのすぐ後ろでは、美少女が驚いた表情をしていた。
「わらわの魔法を強化するわ、人間離れした動きをするわ……お主、いったい何者じゃ?」
「俺はユウリ。そこのリエラとパーティーを組んでいるBランク冒険者だ。お前は?」
「わらわはフィア。まぁ……旅人のようなものじゃな。ときにユウリ。わらわの【ウォーターボール】が急に強化された理由、教えてもらってもよいか?」
「あぁ、もちろんだ。説明するって約束したからな」
【勇者覚醒】について、ユウリが知っていることを全て話していく。
話の間、フィアはずっと驚いた顔をしていた。
リエラには既に話しているので、驚いている様子はない。
しかしなぜか、誇らしげな顔をしている。
「そんな強力な効果を持つスキルが、この世に実在していたとはな……」
「どうですか? ユウリ様は、とってもすごいんですよ!」
瞳を瞑ったリエラが、えっへん、と得意げに胸を張った。
どうしてお前が偉そうにしているんだよ、というツッコミは面倒なのでしない。
「ユウリ、お主に頼みがある」
ユウリをまっすぐに見るフィア。
その青い瞳には、強い覚悟のようなものを感じる。
「右角に傷のあるミノタウロス。これを討ってほしいのじゃ」